「……と、いうことだ」
「ありがとうございます、ソール。これは、今回の報酬です」
「確かに」
情報のやり取りを、は黙って見つめている。
正確に言えば、目の前にいる男の存在に疑問を感じていたからだ。
突然カテリーナに呼ばれることはいつものことで、としては何の苦にもなっていない。
今日も、あるカフェへ行く用があるので、車を出して欲しいと言われ、
その要求に応えたまでのことだ。
それがまさか、思いもよらない人物との再会になるとは。
「それでは、今日はこれで」
「ああ。しばらく俺もこの街に滞在する。用があるなら、そこの角の本屋の店員に、『夜に青の太陽という本はどこにある?』と聞いてくれ。その店員が待ち合わせを指定してくれる」
「分かりました。行きましょう、」
「はい」
カテリーナに促され、はその場に立ち上がる。
残っている紅茶をしっかりと飲み干すあたりは彼女らしい。
上司の後を追うように、は足を進める。
一瞬、後ろを振り返ったが、すぐにやめて車へ向かった。
あの顔は見間違えなどではない。
ほぼ毎日のように一緒にいたのだから、間違えるはずなどない。
これは、直接確かめる必要があるかもしれない。
「どうかしましたか、?」
「……いいえ、何も。行きましょう。午後から会議が入っておりますので」
後部座席の扉を開き、カテリーナを車に乗せる。
扉を閉めながら、は一度カフェへ視線を動かし、すぐに車へ乗り込んだのだった。

アベルが任務に出ていてよかったと、は思う。
そうでなければ、簡単に外へ出ることなど出来なかったからだ。
自動二輪車をカフェの近くへ止めて、指定されている本屋へ向かう。
扉をゆっくり開けると、棚には数えきれない量の古書が、ぎっしりと陳列されていた。
奥へ進むと、机の前に腰掛ける、白髪交じりの初老の男の姿が見える。
どうやら、ここの店主らしい。
「すみません」
声をかけると、男は本から視線を上げる。
老眼鏡をはずし、の顔を見るその顔は、どこか温かそうな人相をしていた。
「何か、お探し物ですか?」
「ええ。……夜に青の太陽という本はどこにありますか?」
の質問に、店主は一瞬顔を顰めたが、すぐに事情が分かったらしく、
柔らかに微笑んだ。
「それなら今、裏にあるバーに持ち出されてしまいましたよ。お客さんで読みたい人がいるとかでね」
「そうですか……。……ありがとうございます」
小さく微笑み、は店主に背を向けて、店を後にしようとした。
が、ある1つの本に目が止まり、それをそっと棚から取り出した。
軽く数ページ捲り、棚へ戻そうとする。
しかし、横から声が聞こえ、その手を止めた。
「その本が気になるようなら、持って行って下さい」
「え、でも……」
「ここの本はもう古くて、売り物にならないものばかりです。興味がおありでしたら、どうぞ、お持ち下さい」
そこまで言われると、も断りたくても断りにくくなる。
その上、この店主の笑顔には負けてしまう。
「それじゃ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
礼を言うように微笑み返し、再び店主に背を向けると、
は彼が言っていたバーへ足を進めた。
目的地は案外楽に見つけられ、は店の扉をゆっくりと開ける。
鼓膜を打ち抜けるかのような賑やかな声が、少し懐かしく感じる。
特警時代に、よくバーへ通っていたことがあったからだ。
店に入るなり、店内を見回す。
目的の人物に会うのに少々時間がかかるかと思ったのだが、
その予想は見事に外れることとなった。
カウンターの1角に人だかりが出来ていて、そこから声が漏れている。
どうやら、飲み比べでもしているかのようだ。
「何だ、もう終わりか?」
中から洩れる声に、はすぐに反応する。
足を進め、その人だかりの中へと入っていくと、目の前に広がる光景に、思わず息をこぼした。
カウンターには2人の男が座っている。
1人はフラフラになりながらグラスを抱えていて、
もう1人はアルコールなど飲んでいないかのように、平然としている。
そして、目の前には数えきれないほどの瓶の数が並んでいる。
どうやら、この男の酒豪ぶりは健在らしい。
「…………相変わらずね、」
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