「で、別に“ソール”に会いに来たわけじゃないんだろう? 




 苦笑交じりにグラスを空け、マスターに次のものを注文するの表情は、

 いつも通りの笑みに戻っていた。



 がここに来た理由。

 それは彼女の上司が、どうして彼に接触を試みたかを突き止めるわけではない。
 にはそんなこと、とっくに見抜いていたようだ。




「やっぱり、あなたには隠せないようね」

「どうだかな」

「そういうところが相変わらずなのよ、あなたは」




 彼の前では、隠し事など出来ない。

 それを見抜くだけの力が、彼には備わっているからだ。
 それが分かっていても、つい隠してしまうのがなのだ。
 これも、今も昔も変わっていない。



 マスターから同じものをオーダーして、それを受け取る。

 そしてようやく、本題へ移ることにした。




「向こうの人達は元気?」

「比較的元気にしてるヤツらが多いぞ」

「そう。ならよかった」




 がグラスを傾けると、も一緒に傾ける。

 ウィスキーの入ったグラスに映ったのは、先日ヴェネツィアで会った、彼の幼馴染の顔。



 そして、もう1人の幼馴染であり、にとって“友”と呼ぶ者の顔だった。




「……アストは、大丈夫なの?」




 少しの沈黙の後、がゆっくりと口を開く。




「直接会ってないのか?」

「会ったわ。けど彼女、私にはあまり話してくれなかったから」




 ヴェネツィアでの夜、アストは“友”のことを、に長く話さなかった。

 それはお互いに、どこか遠慮していた部分があったからかもしれない。
 今思い出しても、あの時の彼女の顔が頭から離れないし、
 その顔を見て、自分も落ち込むわけにはいかないと思い、ブレーキをかけていた部分があった。




「そうか。 ……俺でよかったら話してやるよ。 ― 安心しろ、“ソール”じゃないから金は取らないさ」

「それはありがたいわね」

「それでアストの事もチャラにしてやってくれ。で、何から聞きたい?」

「分かったわ」




 ふと笑うに、もわざとらしく笑う。
 だが、それでもやはり、本当のことを聞いていいのか、少し抵抗しながら、

 に、一番知りたいことを聞いた。




「……レンは……、レンはどうして殺されたの?」




 レン・ヤノーシュ。

 が初めて会った帝国貴族で、“(トヴァラシュ)”と飛び合う存在。
 そして横にいるの、大事な存在だ。




「……レンを殺した犯人は知ってるか?」

「ええ」




 ザグレブ伯エンドレ・クーザ。

 帝国で100人以上の短生種を殺害し、“帝国最悪の大量殺戮者”として追放されるが、
 ヴェネツィアにて、教皇を暗殺しようとした人物であり、
 彼こそが、の友人であるレンを暗殺した張本人である。




「当時エンドレ・クーザを追っていたのは、俺だ。……生憎、隙を着かれて逃げられた」




 酒を一口飲むを横目で見ながら、彼は一連の事件について語り始める。




「追い込まれたエンドレは、俺への見せしめにアストを人質に取って ………… そして、アイツを人質に取られて動けなかったレンを……殺したんだ」

「そう……」




 の話を聞きながら、は俯く。

 脳裏にその時の光景が浮かびあがり、それに目を伏せたくなりそうだったが、
 そこに移る友人の顔を見た瞬間、背をそむくのをやめてしまった。



 そこに移った彼女の顔は……、何かを決意したかのように、穏やかだった。




「最後は……、レンは最後、笑顔だった?」

「……どう、だろうな。生憎、その時の事はきちんと覚えていないんだ。すまない」




 が申し訳ないような表情を見せ、酒を一口飲む。

 今日の彼は、いつもよりも酒の進み具合が早いような気がしたが、
 もとから強いので、特に心配はしていなかったし、
 この時のの脳裏には、自分の想像の中にいるレンの姿が大きかった。



 何かを決意したかのような、あの顔が。




「……覚悟を、決めていたのかもしれないわね、彼女」

「覚悟?」




 の言葉に、が不思議そうな顔をする。




「あんな事故みたいな事だったんだぞ? 覚悟も何も……」

「友のためなら、命を落としても構わない。……最初に会った時から、彼女はそうだったわ」




 再び脳裏に横切ったのは、逃げ遅れそうになったを庇う、レンの姿。



 胸に大きな切り傷を負い、それでもなお、に笑顔を向ける。

 その姿は、まるでこうするのが当たり前とでも言うかのように、穏やかなものだった。









レン! あなた、どうして……!

私のことは気にしないで! あなたはそのまま、アストとともに行って!

『しかし

私は大丈夫。これぐらいの傷で、うろたえるわけにはいかない! 早く!!









 銀ではなかったため、レンの傷はすぐに消えた。

 それでもは、彼女に謝罪をし続けた。
 そんな彼女に、レンは苦笑しながらも、にそっと微笑み、こう言った。









『あなたは大事な“
(トヴァラシュ)”だもの。これぐらい、大したことないわ』









「……」

「彼女は昔からそうだった。あなたほどよく知らないけど、私の中にいるレンは、そういう人だったのよ」




 の話に、は黙ったまま、酒を口に運ぶ。

 もウィスキーを口に運びながら、レンの顔を思い出す。



 人間不信で、無表情で、あまり多くを語らなかったに対し、レンはいつも明るかった。

 短生種であるのに、“友”と言ってくれた。



 そして、そんな彼女を誰よりも大事にしているという存在が、

 少し羨ましいと思ったこともあった。



 そのが、今、同じ者のことを想い、苦しんでいる。

















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