「何?」

「すまなかった」




 一呼吸置いて、の口から洩れた言葉は、謝罪だった。




「何が?」

「俺の所為で、レンが死んだからだ」




 理由が分かっていても、つい理由を聞いてしまう。

 それは、横にいるこの男が謝罪をすることなど、今までなかったからだ。
 いや、恐らくもう、一生訪れることはないだろう。




「だから謝るの? あなたらしくないわね」

「俺だから謝るんだ。 ……俺は、お前やアストみたいに、レンの『友人』じゃなかったからな」




 「友人」じゃない。

 彼のその言葉に、はすぐに反応する。



 確かに、自分はレンの「友人」だ。
 彼女の身に何かあれば、“外”にいる身であろうが駆けつけたことだろう。



 しかし、横にいる男は、「友人」などという囲みに入る者ではない。
 もっと大切で、護らなくてはならない存在のはずだ。



 その、自分より護らなくてはならない者が、

 「友人」じゃないからという理由で謝ったのだ。




「けど、あなたにとってもレンは、かけがえのない人だったんじゃないの?」

「言っただろ、お前。『レンは友を大事にする人』だって」

「確かにそう言ったわ。けど、私以上に彼女は、あなたのことを大事にしてた。そうじゃなかったら……、

……自ら命を断とうと決断するわけがない」




 大事な人を護るため、大事な人を助けるため。

 人質に囚われたアストのため、そして何より、心より愛した、のために。
 そこには、「友人」とか、「恋人」とか、そういうことは関係ない。




「よく考えて、




 が相手をフルネームで呼ぶ時。

 それは相手に、何かを強く訴える時だった。




「もし彼女が死にたくなかったら、その場から逃げる手段を考えたはずよ。なのに逃げなかったのには、それ相当の理由がある。そう思ったことはない?」

「思ってるさ。けれど……俺にはその理由は判らない。 判るのは、レンにその判断をさせるきっかけを
作ったのは、エンドレでもアストでも誰でもない。……俺が彼女をその結末に追いやった」




 自分自身を、どんどん追い詰めていく。

 そんなの姿を見るのが、辛かった。




「俺だけが、その結末を回避できたんだ」




 自分が止めていれば、この最悪な結果を生み出すことはなかった。

 自分が止めていれば、アストを、そしてを苦しめることはなかった。
 全ては自分が捲いた種。
 責められるのは当然のことなのだ。



 だがは、相手を責めようなど、これっぽっちも思っていなかった。

 それとは逆に出た言葉は、相手の気持ちを少しでも和らげるものだった。




「……そうやって、自分を追い詰めるのはやめなさい、




 溜息をつきながらも、の声はどこか柔らかかった。




「あなたがそんな状況になったら、レンが悲しむわ」




 が悲しむ顔を見たくない。

 が苦しむ姿を、見たくない。
 それが、レンの望みのはずだから。



 だが、そんなレンの想いでさえ、には伝わらない。




「かもな。でも、それでも俺は俺自身が赦せない。誰が……それがレンが俺を赦そうとも、だ」




 俯き続けるの表情はうまく読み取れない。
 でも、それでも、は自分が思っていることを、ちゃんと伝えないといけないと思った。
 それが例え、相手にとって予想外なことであっても。




「……私はレンが選んだ結末だったら、それでいいと思ってる」

「それが、彼女自身が望まないきっかけだったとしてもか?」

「望んでいなかったかどうかなんて、私達には分からないことでしょうに」




 望んでなどいない。望むはずがない。

 しかし彼女は、「友人」を、そして何より「恋人」を護るために、
 自ら命を絶つ結末を選んだ。




「きっかけは望んでいなかったかもしれない。けど、最終的にどうするのか、決めるのは彼女自身であって、アストでも私でも、勿論あなたでもない。結末は、彼女自身で決めるものよ。違う?」




 自分の考えをさらけ出すかのように言うに、

 が初めて顔を上げ、彼女の方を向く。
 その顔はどこか困っているように苦笑していた。




「……相変わらず、お前も頑固だな」

「そりゃ、頑固者で有名ですからね」




 ちょっとだけわざとらしく笑い、残っているウィスキーを飲み干すと、再びマスターへ注文する。

 そんなに、は呆れ、目を伏せて穏やかに笑う。




「そうだったな。 レンも、その度に呆れてたか」

「そういうこと」




 は、一度こうだと言ったら、なかなか引かないのは、

 彼女の周りにいる人間には有名な話だ。
 こうだと思ったら、相手が納得するまで言い続ける。
 絶対に引こうとはしないのだ。




「そして、自分の意見を貫いていく。それが私よ」

「仕方ない。 その変らないのお前らしさに、今回は譲ってやるよ」

「それはありがとうございます」




 かすかに頭を下げるの顔は笑顔だった。

 昔だったら見せることなどなかった、「天使」のような笑顔だ。




「……けど。レンは本当に、あなたのことを愛してたわよ。こっちが羨ましくなるぐらいに、ね。だから、それだけは忘れないで」

「……相変らずクサい台詞をこれまた上機嫌でよく言えるな」

「それも私だからよ。知らなかった?」

「生憎、嫌と言うほど覚えてるさ」

「なら結構」




 に初めて会ったのは、ミルカのもとを訪れた時だった。

 その時は挨拶程度で、特に何かあったわけではなかった。



 次に会ったのは、レンが恋人を紹介すると言って、馴染みの公園を訪れた時だった。

 その前から彼女は、恋人の自慢話に花を咲かせることが多かった。



 だからレンがどれだけを信頼しているのか、どれだけ好きなのかよく知っていた。

 それをどうしても、彼に伝えたかったのだ。

















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