<導入部>
「……と、いうことだ」
「ありがとうございます、ソール。これは、今回の報酬です」
「確かに」
「それでは、今日はこれで」
「ああ。しばらく俺もこの街(ローマ)に滞在する。用があるなら、そこの角の本屋の店員に、『夜に青の
太陽という本はどこにある?』と聞いてくれ。その店員が待ち合わせを指定してくれる」
「分かりました。行きましょう、クレア」
「はい」
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<以降 会話文>
「…………相変わらずね、トランディス」
「久しぶりだな、クレア」
「何が『久しぶり』よ。さっきは会って、本当にびっくりしたんだから。いつからこんなドッキリ仕掛ける
のが得意になったのかしら?」
「さあ、それは俺に限ったことじゃないだろう? そっちこそ何時から神職なんてものに鞍替えしたんだ」
「それはこっちの台詞。いつから“外”に? 上司とはどういう関係なの?」
「質問が多いな」
「多くちゃいけないかしら?」
「いや、アンタらしいと思っただけだ。」
「で、『いつから“外”に?』だったか。 そうだな……“ソール”としては、もう何年も前からだな」
「それは、陛下からの命で?」
「なんでそこで『あの人』が出てくる?」
「そう思っただけよ。気に障ったなら、無視してくれて結構よ」
「お前が知らないだけで、俺は昔っからこうだ」
「知ってる。……で、上司とはどうやって?」
「そうだな。……普通に“もの”を売る売人と、“もの”を買う客として利害が一致した、とでも言おうか」
「何だか、意味心な回答ね」
「あのなぁ、一応こっちだって商人なんだ。 客のプライバシーくらいは護るのが普通だろう」
「一応私、上司の護衛係も兼ねてるのよ。知っておいて当然だと思わなくて?」
「そうだな。それも一理あるか。」
「……ご希望の品は?」
「マスター、同じものを。 ……クレア、お前は何時からカテリーナの護衛に?」
「いろいろと訳ありで……、と、いうだけじゃダメね、あなたの場合」
「事情があるのは、まあ、お互い様だ。 質問の仕方を変えるか。 ……ヴェニスの稼動堰襲撃事件は知っているか?」
「当然。私を誰だと思って?」
「じゃあ、その“稼動堰を襲撃した”犯人は?」
「……何が言いたいの、トランディス?」
「……そいつが俺とカテリーナの最初の商談のきっかけになった。 正確には、“ソール”の噂を聞きつけた
カテリーナが、俺に接触を図ってきたのが最初だが。」
「なるほど、ね……。……で、あなたはあいつらの情報を、一体どれぐらい持っているわけ?」
「どうだろうな。……だが、俺が“商品”としてあまり扱いたくない、と言えば分かってくれると思うが」
「十分すぎるぐらいよ。……私も半分は、それが理由で彼女の護衛をやっているようなものだし」
「そうか。まあ、どっちもどっちってところだな」
「で、別に“ソール”に会いに来たわけじゃないんだろう? クレア・キース」
「やっぱり、あなたには隠せないようね」
「どうだかな」
「そういうところが相変わらずなのよ、あなたは」
「向こうの人達は元気?」
「比較的元気にしてるヤツらが多いぞ」
「そう。ならよかった」
「……アストは、大丈夫なの?」
「直接会ってないのか?」
「会ったわ。けど彼女、私にはあまり話してくれなかったから」
「そうか。 ……俺でよかったら話してやるよ。 ― 安心しろ、“ソール”じゃないから金は取らないさ」
「それはありがたいわね」
「それでアストの事もチャラにしてやってくれ。 で、何から聞きたい?」
「分かったわ。……レンは……、レンはどうして殺されたの?」
「……レンを殺した犯人は知ってるか?」
「ええ」
「当時エンドレ・クーザを追っていたのは、俺だ。 ……生憎、隙を着かれて逃げられた」
「追い込まれたエンドレは、俺への見せしめにアストを人質に取って ………… そして、アイツを人質に
取られて動けなかったレンを……殺したんだ」
「そう……」
「最後は……、レンは最後、笑顔だった?」
「……どう、だろうな。 生憎、その時の事はきちんと覚えていないんだ。 すまない」
「……覚悟を、決めていたのかもしれないわね、彼女」
「覚悟?」
「あんな事故みたいな事だったんだぞ? 覚悟も何も……」
「そうかもしれない。けど、友のためなら、命を落としても構わない。……最初に会った時から、彼女はそ
うだったのよ」
「……」
「彼女は昔からそうだった。あなたほどよく知らないけど、私の中にいるレンは、そういう人だったのよ」
「クレア」
「何?」
「すまなかった」
「何が?」
「俺の所為で、レンが死んだからだ」
「だから謝るの? あなたらしくないわね」
「俺だから謝るんだ。 ……俺は、お前やアストみたいに、レンの『友人』じゃなかったからな」
「けど、あなたにとってもレンは、かけがえのない人だったんじゃないの?」
「言っただろ、お前。 『レンは友を大事にする人』だって」
「確かにそう言ったわ。けど、私以上に彼女は、あなたのことを大事にしてた。そうじゃなかったら……、
……自ら命を断とうと決断するわけがない」
「よく考えて、トランディス・ハザヴェルド。もし彼女が死にたくなかったら、その場から逃げる手段を考
えるはずよ。なのに逃げなかったのには、それ相当の理由がある。そう思ったことはない?」
「思ってるさ。けれど……俺にはその理由は判らない。 判るのは、レンにその判断をさせるきっかけを作
ったのは、エンドレでもアストでも誰でもない。……俺が彼女をその結末に追いやった」
「俺だけが、その結末を回避できたんだ」
「……そうやって、自分を追い詰めるのはやめなさい、トランディス」
「あなたがそんな状況になったら、レンが、悲しむわ」
「かもな。 でも、それでも俺は俺自身が赦せない。誰が……それがレンが俺を赦そうとも、だ」
「……私はレンが選んだ結末だったら、それでいいと思ってる」
「それが、彼女自身が望まないきっかけだったとしてもか?」
「望んでいなかったかどうかなんて、私達には分からないことでしょうに」
「きっかけは望んでいなかったかもしれない。けど、最終的にどうするのか、決めるのは彼女自身であって、
アストでも私でも、勿論あなたでもない。結末は、彼女自身で決めるものよ。違う?」
「……相変らず、お前も頑固だな」
「そりゃ、頑固者で有名ですからね」
「そうだったな。 レンも、その度に呆れてたか」
「そういうこと。そして、自分の意見を貫いていく」
「それが私よ」
「仕方ない。 その変らないクレアのお前らしさに、今回は譲ってやるよ」
「それはありがとうございます。……けどトランディス。レンは本当に、あなたのことを愛してたわよ。こ
っちが羨ましくなるぐらいに、ね。だから、それだけは忘れないで」
「……相変らずクサい台詞をこれまた上機嫌でよく言えるな」
「それも私だからよ。知らなかった?」
「生憎、嫌と言うほど覚えてるさ」
「なら結構。……さっきから思ったんだけど、あなた、それ、高くない?」
「まあ、少々値は張るだろうな」
「……仕方ない。約束した手前だし、あの貧乏神父じゃないんだから、ちゃんと報酬は支払うわ」
「報酬? 何言ってるんだ、クレア」
「あら、情報料は支払わなくてもいいのかしら? 安上がりで助かるわ」
「お前は情報屋“ソール”に会いに来たんじゃなくて、俺に会いに来たんだろう?」
「ああ、釣りはいらない」
「それじゃ逆に、奢ってくれるのかしら?」
「生憎、女に払わせるような野暮じゃないんでな」
「知ってるわ。 それじゃ、私はそろそろ行くわ」
「いつまでこっちにいるの?」
「そうだな。しばらくは居るだろうが……用があればあの本屋の爺さんにでも言えばいい。」
「そうさせていただくわ。それに、今度は私の愚痴も聞いてもらいたいし」
「聞いてくれる相手がいるんじゃないか?」
「どうしてそう思うのか、理由を聞きたいわね」
「こちらとこれで商売してるものでね」
「そ。……ま、気が向いたら話すわ」
「そうしてやるといい。お前はもう少し相手を頼ることを覚えた方がいいぞ」
「がんばって学習してみるわ。それじゃ、トランディス。いい夜を」
「ああ、そうそう。言い忘れたことがあったわ」
「何だ?」
「煙草、やめた方がいいわよ。それがたとえ、薬草でもね。じゃね」
「……まったく、よく覚えてるよな」
「なあ、レン」
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