分からなくなるほど、2人はその場に立ち尽くしていた。 しかしその間は、決して縮まることはなかった。
変わったのは服装と、彼女が今いる場所だけだ。
この真実を認めたくないのか、それとも、彼女が招いた結果を怨んでいるのか。 心の底に眠っていた「者」が、ゆっくりと目覚めるかのようだ。
だがそれが不発だということを、彼女はすぐに察した。 視線だけ動かし、相手の姿を確認しようとする。
振り返った先に見えた顔は、いつもとは少し違う、元同僚の姿だった。
思わず視線がずれてしまい、すぐに戻そうとするが、 その時には相手の体の半分が、黒い影へと吸い込まれていた。
その目はいつものアースカラーではなく、血のように赤く染まっている。
的から離れ、近くの壁へ埋め込まれた瞬間、一気にして瓦礫へと変わった時点で、
それと同時に、手にしていた短機関銃が、小さく地面に落ちた。
「そうですか。……ありがとうございます、」
一刻も早く、今回の任務で遭遇した相手のことを知らせたかったからだ。
「そのようね。……それが分かっても、ヴァーツラフが戻って来るわけじゃないけど」
アルフォンソ・デステが発足した“新教皇庁”を壊滅させたこの騒動で、 Axは大きな人材を2人失った。 1人は、ヴァーツラフ・ハヴェル。 もう1人は、・だった。
しかし、プログラム「スクラクト」が言うには、 がヴァーツラフを今回の事件の手助けをしたんだと言っている。
今までAxのために動いていた、しかも、カテリーナの秘書的立場にいたが、 そしてAxの中で一番信頼されていたハヴェルが裏切るなど、考えられなかった。 しかし今回の一件で、その全てが事実なのだと証明された。
それが分かっているからこそ、カテリーナは聞かずにはいられなかった。
今回の任務のことは、あまり多くを話したくなかっただけに、彼の登場がありがたいと思ってしまう。
「別に、私が呼んだわけじゃないわよ」 「分かってます。――お入りなさい」
昔からよく知る、顔なじみの人物。 そして、自分と「繋がっている」存在だ。
「報告をしに、ね」 「任務途中で、と対面したのだそうです」 「……何ですって?」
突然飛び込んできた名前に、彼は驚きの表情を見せた。
「カテリーナ様、今、って!」
聞き覚えのない声だから、なおさらだった。
「に……、に何か、あったのですか!?」
以前、プログラム「スクラクト」が送ってくれたAxのメンバーのリストに載っていたからだ。
調査部から派遣執行官へ移ってきたシスターで、コードネームは“ヴァルキリー”。 名前は知っていたが、任務などの関係で、なかなか対面することがなかった人物だった。 それに、もし彼女のことを知りたければ、姉であるに聞けばいいと思っていた。
「初めまして、シスター・・。・よ」 「・です。……よろしくお願いします、シスター・」
ただ、同じ派遣執行官で、初対面なのだから、握手の1つぐらいした方がいいと思ったからだ。
だが、何かを背負っているように感じたのは、気のせいだろうか。
だがとしては、彼女が第3者であることに変わりなく、 その第3者に自分の任務のことについて話す必要などないわけで、 彼女の質問にそっけなく答えるだけだった。
「は私の姉です。ですから、知る権利があります」 「だったら私ではなく、直接猊下に聞いたらどう? 私が話すことはないわ」
しかし、それ以上に、今の自分はのことを早く忘れたかった。 彼女のことを考えれば、自然と彼のことも考えてしまうからだ。
「私はあまり、彼女のことを考えたくないだけ。考えるだけ、時間の無駄よ」
きっと彼の目には、昔の、人間を信じようとしなかったの姿が移ったのであろう。
どうにかして、この場から離れなくてはならなかったからだ。
今まで冷静に見つめながらも、少々呆れたかのように溜息をつくカテリーナだった。
「猊下!」
そう、横にいる少女にとって、は姉で、無二の存在。 だからこそ真実は、直接本人に話した方がいい。 それが、カテリーナの出した結論だった。
しかし、呆れたような表情を見せる上司に、は諦めたかのように、 長く、深い溜息をついた。
「ええ、結構よ」
一体いつになったら、彼女に勝つことが出来るのだろうか。
「あ、はい。……猊下、失礼いたします」
しかし、出来るだけ静かな場所の方がいいと思い、は扉へ向かって歩き始めた。 もカテリーナに一礼してから、を追いかけるかのように走り始める。
声がした方へ視線を動かせば、そこにいたのは、どこか不安そうに、
「もしそうだとしたら、その表情をどうにかして下さい」
酷く冷たいだろうとは思っていたが、アベルが心配するとなるど、 今の自分は相当怖い顔をしているのだろうと思い、苦笑してしまう。
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