どれぐらい時間がたったであろうか。

 分からなくなるほど、2人はその場に立ち尽くしていた。

 しかしその間は、決して縮まることはなかった。



 かつて、同僚と呼ばれていたその者は、昔と変わってなどいなかった。

 変わったのは服装と、彼女が今いる場所(ポジション)だけだ。



 
短機関銃(サブ・マシンガン)を握るその手が、かすかに震える。

 この真実を認めたくないのか、それとも、彼女が招いた結果を怨んでいるのか。

 心の底に眠っていた「者」が、ゆっくりと目覚めるかのようだ。




「……許さない……」




 ようやく発せられた声は、どこかいつもと違い、刺々しい。




「あなただけは……、絶対に、許さない……!」









 銃声が、重く、深く、響き渡る。

 だがそれが不発だということを、彼女はすぐに察した。

 視線だけ動かし、相手の姿を確認しようとする。




「……お願いがあるの、シスター・




 背後から聞こえる声に、は素早く反応する。

 振り返った先に見えた顔は、いつもとは少し違う、元同僚の姿だった。




「あの子を……、妹を……」




 1つ1つの言葉が、どこか重く聞こえる。




「妹を……、を、よろしくお願いね」




 地面が一瞬、波を打つように揺れる。

 思わず視線がずれてしまい、すぐに戻そうとするが、

 その時には相手の体の半分が、黒い影へと吸い込まれていた。




「待ちなさい……」




 すぐに声を上げ、再び短機関銃を向ける。

 その目はいつものアースカラーではなく、血のように赤く染まっている。




「待ちなさい、!!!!!」




 再び放たれた銃弾は、先ほどと同じもののはずなのに、威力が全く違っていた。

 的から離れ、近くの壁へ埋め込まれた瞬間、一気にして瓦礫へと変わった時点で、

 それは明解であろう。



 気がついた時には、もう相手の姿は、そこになかった。

 それと同時に、手にしていた短機関銃が、小さく地面に落ちた。




「……どうして……」




 目から流れる涙が、地面を濡らしていく。




「どうして……、どうして、こんなことに……………………!!!!!」






 静かに降る雨の中で、はただ、立ち尽くしているだけだった。

















「……以上が、今回の任務の結果です」

「そうですか。……ありがとうございます、




 戻った早々、はその足でカテリーナが待つ執務室へと足を運んだ。

 一刻も早く、今回の任務で遭遇した相手のことを知らせたかったからだ。




「これで、が騎士団にいることが真実だと、証明されてしまったのですね」

「そのようね。……それが分かっても、ヴァーツラフが戻って来るわけじゃないけど」




 ブルノ戦役。

 アルフォンソ・デステが発足した“新教皇庁”を壊滅させたこの騒動で、

 Axは大きな人材を2人失った。

 1人は、ヴァーツラフ・ハヴェル。

 もう1人は、だった。



 この時は、別件でロンディニウムに飛んでいたため、詳細ははっきりと分かっていない。

 しかし、プログラム「スクラクト」が言うには、

 がヴァーツラフを今回の事件の手助けをしたんだと言っている。



 最初は信じてなどいなかった。

 今までAxのために動いていた、しかも、カテリーナの秘書的立場にいたが、

 そしてAxの中で一番信頼されていたハヴェルが裏切るなど、考えられなかった。

 しかし今回の一件で、その全てが事実なのだと証明された。




「それで、あなたはどうするのです?」




 真実が明らかにされた今、がすることは1つしかない。

 それが分かっているからこそ、カテリーナは聞かずにはいられなかった。



 だが、その答えを言う前に、扉を叩く音が響いた。




「アベル・ナイトロード。ただ今帰還いたしました」




 よく知る同僚の声に、は思わず小さくため息をつく。

 今回の任務のことは、あまり多くを話したくなかっただけに、彼の登場がありがたいと思ってしまう。




「今日のアベルはタイミングがいいわね」

「別に、私が呼んだわけじゃないわよ」

「分かってます。――お入りなさい」




 扉が開かれ、そこから見えたのは、同僚であるアベル・ナイトロード。

 昔からよく知る、顔なじみの人物。

 そして、自分と「繋がっている」存在だ。




「失礼します。――おや、さんも一緒だったんですね」

「報告をしに、ね」

「任務途中で、と対面したのだそうです」

「……何ですって?」




 視線をとカテリーナに向けたまま、アベルは扉を閉めようとする。

 突然飛び込んできた名前に、彼は驚きの表情を見せた。




さんと対面したって、それ、さん、本当……」

「カテリーナ様、今、って!」




 アベルの背後から聞こえた声に、はすぐに反応する。

 聞き覚えのない声だから、なおさらだった。




さん!?」

に……、に何か、あったのですか!?」




 扉とアベルの間を潜るように登場した彼女の顔に、は見覚えがあった。

 以前、プログラム「スクラクト」が送ってくれたAxのメンバーのリストに載っていたからだ。



 そして、その事実が分かった瞬間、彼女の顔は、先ほどよりも鋭さを増していた。




「……彼女が、の妹、ですか、猊下?」




 

 調査部から派遣執行官へ移ってきたシスターで、コードネームは“ヴァルキリー”。

 名前は知っていたが、任務などの関係で、なかなか対面することがなかった人物だった。

 それに、もし彼女のことを知りたければ、姉であるに聞けばいいと思っていた。



 だが、そのは、もうここにはいない。




「ええ。……そう言えば、対面するのは初めてでしたね。、こちらはAx派遣執行官“フローリスト”、
シスター・です」

「初めまして、シスター・よ」

です。……よろしくお願いします、シスター・




 右手を前に出したのには、特に理由はなかった。

 ただ、同じ派遣執行官で、初対面なのだから、握手の1つぐらいした方がいいと思ったからだ。



 差し出された手は予想以上に小さかった。

 だが、何かを背負っているように感じたのは、気のせいだろうか。




「それで、がどうしたのですか? どこかで会ったのですか?」




 一方、と名乗る少女は、今ここに上がった人物のことを、必死になって聞き出そうとする。

 だがとしては、彼女が第3者であることに変わりなく、

 その第3者に自分の任務のことについて話す必要などないわけで、

 彼女の質問にそっけなく答えるだけだった。




「あなたには関係のないことよ。話す必要なんてないわ」

は私の姉です。ですから、知る権利があります」

「だったら私ではなく、直接猊下に聞いたらどう? 私が話すことはないわ」




 冷たい態度を取っていることは分かっている。

 しかし、それ以上に、今の自分はのことを早く忘れたかった。

 彼女のことを考えれば、自然と彼のことも考えてしまうからだ。



 恩人とも呼べる存在、ヴァーツラフ・ハヴェルのことを。




さん! 何も、そんな冷たい言い方しなくても……」

「私はあまり、彼女のことを考えたくないだけ。考えるだけ、時間の無駄よ」




 焦るアベルが何を言いたいのか、には分かっている。

 きっと彼の目には、昔の、人間を信じようとしなかったの姿が移ったのであろう。



 だが今のは、そんなことを気にしている暇も余裕もなかった。

 どうにかして、この場から離れなくてはならなかったからだ。




「……分かりました」




 そんな、凍りついた空気を溶かすように聞こえたのは、

 今まで冷静に見つめながらも、少々呆れたかのように溜息をつくカテリーナだった。




「私が説明しろと言うのであれば、私がします。しかし、今回の件に関しては、シスター・、あなたが直接、
シスター・に話した方がいいでしょう」

「猊下!」




 カテリーナが下した結論に、はすぐに反応し、鋭い視線を向ける。




「あなたが彼女のことで、どんなに苦しんでいるのか、どんなに辛いのか、よく知っています。しかしあなたよりも、肉親であるはもっと苦しんでいるのです。それなら、直接対面したあなたが、直接伝えるのが筋というものではありませんか?」




 「肉親」。

 そう、横にいる少女にとって、は姉で、無二の存在。

 だからこそ真実は、直接本人に話した方がいい。

 それが、カテリーナの出した結論だった。



 反論することは出来た。

 しかし、呆れたような表情を見せる上司に、は諦めたかのように、

 長く、深い溜息をついた。




「………………………承知いたしました。件のことは、私が彼女に報告します。……それでよろしいですか?」

「ええ、結構よ」




 満足したようなカテリーナの顔に、は思わず呆れてしまう。

 一体いつになったら、彼女に勝つことが出来るのだろうか。




「それでは、場所を変えましょう。ここでは、人が多すぎるわ」

「あ、はい。……猊下、失礼いたします」




 人が多いと言えど、この場には彼女と以外には2人しかいない。

 しかし、出来るだけ静かな場所の方がいいと思い、は扉へ向かって歩き始めた。

 もカテリーナに一礼してから、を追いかけるかのように走り始める。




さん」




 突然呼ばれた声に、はすぐに反応する。

声がした方へ視線を動かせば、そこにいたのは、どこか不安そうに、

 今まで彼女と会話を見守っていたアベルだ。




「そんな不安そうな顔をしないで。別に私、彼女をいじめるわけじゃないんだから」

「もしそうだとしたら、その表情をどうにかして下さい」




 自分の表情のことなど、は気にしていなかった。

 酷く冷たいだろうとは思っていたが、アベルが心配するとなるど、

 今の自分は相当怖い顔をしているのだろうと思い、苦笑してしまう。




「努力するわ」






 かすかに、だが、あまり表情を変えることなく、 はアベルに、そっと微笑んだのだった。

















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