「……ヴァーツラフは私にとって、大事な存在だった」




 クレアが上げた名前に、が頭を上げる。

 それは彼女にとっても、その者は大事な存在だからだ。




「……師匠が、ですか……?」

「スフォルツァ猊下にお会いする前から、彼と私は知り合いだった。どんなことがあっても、彼は優しく、温かく見守ってくれた」

「……そう、だったんですね。」




 まだ教皇庁へ足を踏み入れたばかりの時、堅苦しい趣だった彼女に、

 最初に手を差し伸べたのは、

 当時、彼女の上司でもあったヴァーツラフだった。

 その後、何度も意見の食い違いを繰り返してきてたが、彼の心の広さと温かさに、

 徐々に心を開き始めていた。




「Axに入ってからも、彼は何かと私を助けてくれた。見守ってくれた。いつしか私は、彼を尊敬の眼差しで見つめるようになっていった。彼は、彼だけは守りたいと……、本気で思ったことがあった」




 辛いことや苦しいこと、悲しいことがあっても、ヴァーツラフはクレアを慰め、

 見守ってくれた。

 彼と共にいる時間を、大事にしたい。

 そして、もっといろいろなことを教えて欲しい。

 だがもう、その優しい笑みも、温かな手も、何もない。




「だから……、だから彼を、彼をこんな目に合わせたヤツを許さない。この結果が彼の意志だとしても、私は許さない」




 彼がどんな顔で、この世を後にしたのか、クレアは知らない。

 きっと穏やかで、安らいでいたに違いない。

 きっと満足な死を、迎えたに違いない。

 もしそうだとしても、クレアはヴァーツラフを惨劇へと向かわせた相手を許すことが出来なかった。




「……クレアさんが――そう思うのは、仕方がないと思います」




 が静かに、口を開く。




「それだけのことを“騎士団”はしましたし、彼らの元に行ったルシアの事を、……怨むのも、仕方ないことだと思います。でも、だからと言って、私は、クレアさんにルシアを……責めたりは、しないで欲しいんです」




 の言葉を、クレアはただ黙って、それを聞くだけだった。




「確かにルシアはAxを離反して、“騎士団”に寝返りました。師匠は、新・教皇庁の元へ行かれました。師匠の離反を手伝ったのはルシアだったと、“騎士団”だったと思うのも自然だと思います。けれど、ルシアは……師匠を……ハヴェル師匠を好んで連れて行ったわけじゃないんです!」




 の言葉を、一語一句漏らさずに聞き入る。

 心の中に、響き渡る。



 分かっている。

 ルシアが決して、好き好んでこの結果を選んだことなど、

 とうに分かっているつもりだった。

 しかし、それでも、ヴァーツラフがいなくなったことには変わりはない。

 それも彼女が“騎士団”の1人だったとなると、「裏切られた」という想いはさらに強くなる。




「ハヴェル師匠も……私が関わらなければ……」




 一方、目の前にいるは、全てが自分が招いだ種だと思い、1人思いつめている。

 そんな彼女を見て、クレアも思わず呟いてしまう。




「……確かに、あなたが関わらなかったら、こんなことにはならなかったでしょうね」

「……そう、ですね。だから、ルシアは……完全にとは言いませんが、悪くは無いんです。悪いのは、“騎士団”に抵抗する術も持たなかったのに、Axに……いえ、ルシアと、ハヴェル師匠の優しさに甘えて、何もしなかった私の所為なんです」




 自分責め続けるを、クレアは見ることが出来なかった。

 追い込めば追い込むほど、全てわが身に跳ね返っていく。

 それをよく知っているのは、クレア本人だった。




「……確かに、今回のことはあなたのせいかもしれない。でも、もしそうなら、あなたに後悔している時間なんてないはずよ」

「……はい。でも、だから、カテリーナ様や、アベル、それから、クレアさん達にも、ルシアを……許して欲しいなんて言いません。けれど……怨まないで、欲しいんです。怨む原因は……私にあるのですから」




 深く頭を下げるに、クレアは呆れたように、小さくため息をつく。

 全てを自分のせいにしようとしているに、クレア自身が耐えきれなくなったからだ。




「変な勘違いをしているわね」

「……勘違い?」




 顔を上げたは、一瞬驚いているようにも見える。




「私はあなたを怨んでなどいない。私に怨む理由など、ないもの」

「でも、ルシアの事は……」

「ええ、怨んでいるわ。次に会った時には、絶対に許さないと思う」




 一度裏切った者を許せるほど、クレアは甘い人間ではない。

 かといって、すぐに無視出来るほど冷たい人間でもない。

 そして、1人で全て背負おうとしている人物を放っておけるほど無責任な人間でもない。




「だから……、……だから私を、全力で止めてみなさい」




 今度ルシアに会った時、クレアは内に秘めた力を全開にして、

 彼女に対抗するかもしれない。

 しかし、この目の前にいる少女が止めてくれるのであれば、

 その力を抑え込むことが出来るかもしれない。

 だからこそ、なおさら、にこれ以上、苦しんで欲しくなかった。




「クレアさん…………ありがとう、ございます……」

「私は別に、お礼を言われるようなことは言ってないわよ」

「いえ……その言葉だけでも十分です。 ……分かりました。私、頑張ってルシアを連れ帰ります。それで、クレアさんも、止めて……みせます」

「期待しているわよ……、

「はい」




 何かに解放されたかのようなの笑顔が嬉しかった。

 その笑顔をずっと見ていたいと、心の底から思う。

 そしてその笑顔がある限り、クレア自身も、ずっと笑顔でいたいと思う。






(あなたのお弟子さんは、とても素敵な子よ、ヴァーツラフ)






 心の中で呟いたこの声が、相手には聞こえていたであろうか。

 そう思いながら、クレアはゆっくりと立ち上がった。




「紅茶が冷めてしまったわね。新しいのを淹れてくるわ。よかったら、手伝ってくれる?」

「私でよろしかったら。 ……クレアさん……改めて、よろしくお願いします」




 再び差し出された手は、見た目は先ほどと変わりはなかった。

 しかし、その手を取ると、どことなく大きく、そして力強く感じた。




「こちらこそ、よろしく、









 この手を守りたい。助けたい。

 クレアは心の底で、そう誓ったのだった。

















少しだけ補足を。

今回のこの話は、幸里さんサイトのRAM3後の話になっていて、
クレアはプラーク戦役とは別の任務に就いていることになっています。
ご了承くださいませ。

クレアはあまり仲間意識をしたことがないんだけど、それでも裏切られた衝撃は大きく、
その妹であるちゃんに対して、どう接すればいいのか、
彼女自身の中で葛藤があったんじゃないかと、今考えてみると思います。
相手の気持ちや考えを知った上で、ようやく笑顔を見せたのは、その葛藤が解かれたからでしょう。
そうなってしまえば、クレアは全力でちゃんを大切にすると思います。

ということで、クレア編は以上で。
ちゃん編の感想は、その時にでも。





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