「……これにおいて、“魔術師”が起こした失敗は重罪に等しいと思われる」
“氷の魔女”ヘルガ・フォン・フォーデルワイデが、横に聳え立つ石像を撫で下ろしながら、
部屋の中心に浮かび上がっている立体映像の者達に向かって言い放った。
その声は、まるで自分が思惑通りに進んでいることに満足しているように聞こえる。
「ここにあるのは、その張本人である“魔術師”の石像じゃ。本来ならば、自分の罪は自分で償うのが筋な
のじゃが、最後の最後まで白を切ろうとしていた故、このような仕打ちをしなくてはいけなくなってしまっ
た」
少し残念そうに言いながら、すぐにでも表に出そうになる微笑を堪える。
そして目の前にいる者達へ向けて言葉を続ける。
「“魔術師”は良き指揮官であり、すざましい力を持った者であった。しかし、それも今日で終わりじゃ」
横にある石造に向かって小杖を振りかざし、先端が妖しく発光する。
そして空気上の水蒸気が一気に凍結して、石像に向かって勢いよく襲い掛かっていく。
砕かれていく石像を見つめながら、ヘルガはかすかに満弁の笑みを浮かべるたが、すぐに正気に戻して、
再び立体映像に視線を戻した。
「これより、この“薔薇十字騎士団”の指揮は、妾が責任を持って受け継ぐこととし、今後の作戦
としてAxを……!」
遮るかのように警報が鳴り出したのは、ヘルガが最高幹部を宣言しようとした時だった。
突然の音に、部屋の中にいる者すべてが、何事かと周りを見回し始める。
「一体、何が起こったのじゃ!?」
「分かりません。とにかく、負傷個所を捜し出しましょう、伯爵夫人」
そばにいたバルタザールがそう告げると、
ヘルガは急いで、主制御室の隅にあるキーボードを素早く動かした。
“塔”内と外部に設置されている防犯カメラの映像を画面に映し出すと、
その外部映像に映る大きな物体に、メルキオールの表情が珍しく変わっていった。
「……空中戦艦!?」
「そんな馬鹿な!? やつらの戦艦は1機しかなかったはずじゃ!!」
画面に大きく映し出された白い物体――巨大空中戦艦の姿を確認すると、
ヘルガすぐにキーボードを動かし、起動ファイルから防御システムを取り出し、
必要なデータを打ち込み始めた。
これを無事に起動させれば、上空に飛び交う空中戦艦を完全に墜落させ、今度こそ邪魔者がいなくなり、
正式に目標を達成することが出来るはずだ。
キーボード上のエンターキーを押して、防御システムを起動させる。
そして逆に攻撃を仕掛けようとした時、目の前に映し出された文字が一斉に消え始めていったのだった。
「これは一体、何が起こっておるのだ!?」
「そのままの通りだよ、伯爵夫人」
焦るヘルガの耳に入ったのは、どこかで聞き覚えのある青年の声だった。
しかし、相手は自分が作り出した人工精霊――
“冬の乙女”によって凍結させていたはずだ。こんなところにいるはずがない。
ゆっくり振り返り、あり得ない光景を目の奥に映し出す。
それに驚きの顔を見せるヘルガとメルキオールとはうって違って、
相手の青年は少し飽きたような表情を見せていた。
「ねえ、あまり僕を待たせないでくれる? ものすごく暇で仕方なかったんだけどさ」
「どうして、キミがそこにいるんだい、“人形遣い”! “冬の乙女”に囚われてたんじゃ……」
「ああ、あれ? もう、最悪だったよ。やっと解放されたと思ったら、水の中だったせいで、服も全部び
しょ濡れでさ。クリーニング代、請求した気分になったよ」
埃を取るかのように手で服を払い落とすと、上着を着直すかのようにピンと伸ばすしぐさをする。
その“人形遣い”の姿を、ヘルガは額に嫌な汗を感じながら眺めていた。
「ま、着替えを持ってきていたからよかったもの、あれ1着だったら大変だったよ。裸でウロウロするわけ
にはいかなかいし。全く、“魔術師”の奴、すぐに助けに来いって言ったにも関わらず、のんびりしている
んだから参ったよ」
“魔術師”の名前が出た時、ヘルガの表情が一変し、何かを思い立ったかのようにかすかに微笑んだ。
そう、この青年はここに一緒に来た者の死を知らないのだ。
ならば、まだ十分こちらが勝利になる可能性は高い。
「その様子だと、まだ“魔術師”がどうなったのか知らないようじゃのう、“人形遣い”? ふっ、全く愚
かな男じゃ。あの忌まわしき男は、バルタザール卿によって石像化され、妾が砕いでやったわ」
「別に。イザークに何があろうと、僕にはどうでもいいことだし。そんなことで、動揺するとでも思ったの
かい?」
「私も君に心配されたらお終いだよ、“人形遣い”」
背後から聞こえてくる声は、まるで“人形遣い”の発言を返すかのようにヘルガの耳に届いた。
そしてゆっくり振り返り、声が聞こえた方へと向きを変えると、何かに怯えたように目を見開いた。
姿は確かに、良き友のであり、長年共に戦ってきた者のものだ。
しかし、その口から発せられたものは、彼のものとは全く違う。
一体、何が起こっているのか分からず、ただただ驚きの顔をするだけのヘルガの前で、
目の前にいる友の体が解け始めたのだった。
「これでも、私なりにここへ来る手段を考えたつもりだったのだが、どうやらそれが気に召さなかったよう
だ」
みるみるうちに解けた「もの」は、真っ黒な影となって床に広がっていく。
そしてそこから、何かがゆっくりと浮上し始める。
鋭い目に、きりりとした顔立ち。
膝まであるであろう長い黒髪を持つ、以前どこかで見かけたことがある姿。
――いや、今近くで、動かぬ姿にされた者の姿そのものだということに気づくのに時間はかからなかった。
それを現すかのように、ヘルガの顔がどんどん青ざめていく。
「そなた、いつからバルタザール卿になりすましておったのじゃ!?」
「シェーンブルン宮殿での、あの砲弾があった後からですよ、伯爵夫人。何とかしてここへ来る方法を
考えた結果、あなた方を驚かせるつもりはなかったのですが、このような手段を取らせて頂きました」
目の前に立ち尽くす黒髪の男――イザーク・フェルナルド・フォン・ケンプファーが、
何やら勝利を勝ち取ったかのような笑みを浮かべる。
そして、未だ立体映像で映し出されている幹部達に、身をもって体験した事実を語り始めたのだった。
「諸君、今から君達に、私が体験したことを報告しなくてはいけない。それは、ここにおいでのフォーデル
ワイデ伯爵夫人によって組まれた……、私の暗殺計画だ」
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