「よし、ケイト。そろそろ砲撃の準備をしてくれ。とっとと突入して、とっとと片付けるか!」
<了解しましたわ、レオンさん。トレスさん、この位置で大丈夫なんですのね?>
「肯定。角度、位置、すべて正確だ、シスター・ケイト」
耳元から聞こえた声に、レオンが指示を送ると、
搭乗口付近にいるゲルマニクス陸軍隊達の顔が一気に引き締まった。
いくつもの戦場を体験している彼らでも、
毎回のごとく襲い掛かってくるこの緊張感に勝てるものなど1人もいない。
それを承知の上で、レオンが彼らに檄を飛ばした。
「いいか。中に入ったら、お前らは中にある武器やら兵器やら、やばいものを全部回収するんだ。なあに、
心配するこたあねえ。手強い奴らは俺達に任せちまっていいから、無理だと思う奴らは無視して、どんどん突
っ込んでくれ。いいな!」
「「「は、はい!!」」」
硬直していた者達の腰が真っ直ぐ伸ばして返事をすると、レオンは満足そうに、1人1人の頭を叩いていく。
その姿を見ながら、アベルは顔を少しだけ緩め、そして下に浮かんでいる標的を見つめた。
がいつ戻ってくるのか分からない今、自分がやれる限りのことをやり遂げなくてはならない。
そして少しでも、彼女の負担を減らしておきたい。彼女も今、1人で戦っているのだ。
自分が怠けるわけにはいかない。
「……ナイトロード神父」
耳元に届いた声に、アベルはすぐに我に返ると、横にいるもう1人の小柄な神父に顔を向ける。
相変わらずな無表情さに、思わず陸軍隊達と比較してしまいそうなぐらい、彼には緊張の色が見えなかった。
「卿はシスター・の死亡で、最も大きなダメージを受けている。しかしそのままの状態が続けば、今後の作戦が
失敗に終わる可能性が高くなる。もしまだそのような感情があるのであれば、今からすぐにでも、作戦から離脱する
ことを推奨する」
「ありがとう、トレス君。でも、もう大丈夫です。私は彼女の意思を、果たさなくてはいけませんから」
「……了解。もし卿の身に起こった際の処理に関して、俺は関与しないことをここで伝えておく」
「分かりました。……本当にありがとうございます、トレス君。心配、していて下さったんですね」
「否定。俺はただ、障害物を排除したかっただけだ」
表情1つ変えずに述べるトレスに、アベルは少しだけ微笑み、再び視線を“塔”へ戻した。
少しだけ、先ほどより距離が縮まっているようにも見えるそれに、ゆっくりと息を吸い、
そして心を落ち着かせるかのようにゆっくり吐いた。
<砲撃準備が整いました。皆さん、そこから動かないで下さい!>
「了解、ケイト! やっちまいな!」
レオンがサインを出すかのように叫ぶと、“アイアンメイデンU”の砲口が“塔”の斜め正面上に狙いを定める。
どこの部屋に繋がっているかどうかは分からない。
外装からして、普通の飛行船でいうラウンジ部分ではないかと推測した上で決定したものだった。
“アイアンメイデンU”の砲口の奥から、太く、低い音とともに機体が振動する。
それと同時に、“塔”から何かが破壊される音が鳴り響く。
一瞬、視界を標的から外し、再びゆっくりと覗いてみれば、目標部分には見事なまでに大きく穴が開いていた。
「……くう〜、さすがにが認めた奴が作っただけのことがあるな。すげえ威力だぜ」
「感心する前に、任務を遂行させることを要求する、ガルシア神父」
「分かっているって、拳銃屋。そう焦るな。……ケイト、搭乗口を敵地に近づけろ!」
<了解しました>
ケイトの言葉と同時に、ブリッジ部分が“塔”へと近づき始める。
少し外壁に当たったようだが、得に気にすることなく、どんどん高度が落ちていく。
しかし、砲弾によって開けられた穴の数メートル地点で、機体は急にゆっくりになっていった。
「どうしましたか、ケイトさん?」
<どうやら、予想以上に機体が“塔”に当たりすぎて、降りにくくて……>
「問題ない。あと数メートル降りたのち、飛び降りればいいだけのことだ」
「……おおっ、向こうも準備万端みたいだぜ」
レオンの視線の先には、メイド服に身を包んだ者――ジーグリンデが空中戦艦に向けて顔を上げている。
まるで、敵が降りてくるのを、今か今かと待ち構えているようだ。
「数は――、結構いますね」
「全体で20体以上はいると思われる。だが、ここにいる者全員で乗り組めば、ここは突破出来ると推測される」
「まあ、そんだったら、この前みたいに髪に首締められたりっていうこともなさそうだな」
ミラノで初めて遭遇した時のことを思い出しながら、
レオンはあの時の感触を思い出したかのように首元に手を当てる。
その横で、アベルが懐から銃を取り出すと、いつでも飛び出せるかのように体勢を整えた。
「ケイトさん、あとはよろしくお願いします!」
<分かりましたわ……って、この高さから飛び降りるのは危険すぎます!>
「そうだぜ、へっぽこ! いくら何でも高すぎ……」
レオンが言葉を発している間に、すでにアベルの姿は搭乗口から消えていた。
慌てて覗いてみれば、体は穴の真ん中付近を華麗に降下していっていた。
このまま行けば、問題なく“塔”に突入することは出来る。
が、その考えを崩すかのような衝撃が突然やって来た。
横からやって来た突風に、体が吹き飛ばされてしまったからだ。
「あわ、あわわわわわわっ!!」
絶叫しながらも、アベルの体はどんどん飛ばされ、ついには穴の端まで体を奪われてしまう。
しかし、落下をうまく利用し、何とかかけている壁――床とも言えるかもしれないが――に手をかけ、
何とか突風から逃れようとした。
「シスター・ケイト、可及的速やかにナイトロード神父を救出しろ」
<言われなくてもそうします!>
何とか助かったかのように見えるアベルの姿を確認し、“アイアンメイデンU”が再び降り始める。
ゆっくりであるが、確実に“塔”へ向かい、アベルの手が届く時点まで移動する。
一方アベルは、何とかして体制を整えようと、両腕を折り曲げ、“塔”の方へ身を乗り出そうとしていた。
うまく腕を内側へ押し込んでしがみつけば、どんな体勢になろうと、
無事に中へ進入出来ると考えていたからだ。
「このまま……、このまま、うまく中へ入れれば……、……うわわっ!?」
しかし、それを邪魔するような出来事が再びアベルを襲った。
先ほどとは違う方向から突風が吹き、その勢いで腕を外してしまったのだ。
「へっぽこ!!」「ナイトロード神父!!」<アベルさん!!>
上空にいる派遣執行官がそれぞれの呼び方でアベルに向かって叫ぶが、
そのあと、目の前で起こった出来事に、思わず声を失いそうになった。
アベルの体が、何かにバウンドしたかのように跳ね返されたからだ。
「うおおおおおおおっ!!」
アベルの体が穴へ向かって飛び出していくと、
目的地の前で、今度は背後から強く押され、そのまま中へと入っていく。
目の前に地面があることを察知したアベルが、頭から落ちるのを避けるかのように頭を後ろへ向けると、
そのまま腰から地面におもいっきり叩き付けられる格好で到着したのだった。
「いてててて……、……一体、何が起こった……!」
腰をさすりながらも原因追求をしようとしたアベルだったのだが、
前方から襲い掛かってきた光に反応し、すばやく横へ移動した。
見てみれば、地面に少し亀裂が入るほどの大剣が刺さっており、振り下ろしたメイド服を身に纏った女が、
表情を変えることなく引き抜いたのだ。
「考えている暇はない、ということですね」
懐から旧式回転拳銃を取り出して構えると、後ろから更なる突風が吹き始め、
体が再び吹き飛ばされないように体を前屈みにする。
しかし後ろから聞こえる声が、アベルの不安を取っ払うかのように“塔”へ向かって入り込んでいく。
「損害評価報告を、ナイトロード神父」
「な、何とか大丈夫です。……少し、腰を打ちましたが」
「お前も相変わらず、無茶が多い奴だなあ。……おおっと!」
レオンの言葉を遮るかのように、再びジーグリンデの攻撃が襲い掛かる。
何とか腕輪代わりにつけていた戦輪を投げつけ、メイド姿の集団へ紛れ込ませた。
中で何かが切り取られるかのような音を確認しながら、レオン自身も中へ突進していく。
「俺達も行くぞ、ナイトロード神父」
「ああ、はい! ……ん?」
トレスとともにジーグリンデの中へ飛び込んでいこうとした時、
アベルは何かに気づいたかのように、足を前に出すことを止めてしまった。
振り返り、穴が空いている部分から外を見てみれば、雲が先ほどとは違う位置にある。
横に動くことはあり得ても、縦に動くことなどまずあり得ない話だ。
となると、考えられることは1つしかない。
「やばい。このままじゃ、ヴィエナ市内に墜ちる!!」
すべてが繋がった時には、アベルの足はジーグリンデの中へ入っていき、先に突入した同僚達を捜し始めた。
途中、攻撃されながらも、何とか交わしながら前へ進んでいくと、
その姿をいち早く捉えたレオンが、相手の大剣を避けながら呆れたように叫んだ。
「おお、ようやく来たか、へっぽこ! 同僚が戦っているっていうのに、何やって……」
「大変です! この“塔”は今、墜落しています!!」
「……何だって!?」
レオンの声を合図にするかのように、地面が突然がくりと下がったような感覚に襲われ、
思わずその場にしゃがみ込みそうになった。
しかし、そんなに大きなダメージがなかったようで、ゆっくりと体勢を整える。
「今の状況から推察して、システムダウンが原因だと推測される」
「となると、それを取り戻すかしないと無理だな。……全く、どうしてこういう時にあいつが……」
口から毀れた言葉に、レオンがはっとしたように口を塞ぐ。
だが気をかけた銀髪の神父の表情は変わることなく、むしろ何かを決断したかのように指示を出した。
「さんがいないのは仕方ありません。それに、私達でやれないこともありません」
「何か策でもあるのか、ナイトロード神父?」
「ヴィエナに被害が及ぶ前に、ここを爆発させるのです」
「……そう言うと思ったぜ」
全て読み取っていたかのように言いながらも、
レオンは再び襲い掛かってきたジーグリンデ達をどんどん倒していく。
数も先ほどよりも少なくなったことにより、多少余裕にもなって来ていた。
「レオンさんとトレス君は、メインシステムを確保して下さい。その後、ここを自爆させます」
「卿はどうするのだ、ナイトロード神父?」
「先ほど、シェーンブルン宮殿にて、スフォルツァ城での1件での関係者に再会しました。たぶん、この中のどこか
に潜伏していると予想されます」
「なるほど、そいつを捕らえに行くってことか」
「はい。ですので、私が彼を確保している間に、お2人はシステムを確保しておいて下さい。私も用が済んだら、
すぐに合流します」
「分かった。ここはあと、陸軍隊だけでも十分に倒せる量だから、心配するこたあねえしな。さすが、ゲルマニクス
が誇るだけのことはあるぜ」
未だ、ジーグリンデ相手に銃を向ける軍服姿の集団を見ながら、レオンが納得するかのように何度も頷く。
ミラノでは1人でも苦戦したもの、今回はその時よりも装備が弱く、そう難しく考える必要もないようだ。
「よし、それじゃ行くか、拳銃屋」
「了解。ナイトロード神父、可及的速やかに合流することを要求する」
レオンとトレスが背を向けて目的地へ向かって走り出すと、
アベルは確保しなくてはいけない人物を捜しに、彼らとは違う方向へ向かって走り出した。
出来ることなら、誰も殺したくない。
それがたとえ、自分達を今まで苦しめてきた相手だとしても、命を奪うようなことだけはしたくない。
それは、彼女達と約束したことを破ってしまうことにもなるからだ。
『俺はもう、誰も殺さないし、死なせない。自分の罪を、償うんだ……』
「……あれは……」
天井付近に、大きな窓が壁のように広がる大広間へ続く道の先に、何者かが身動きしているのが見える。
太陽が沈み、月の光が入るその部屋を照らし、その中にいる人物を照らし出していく。
ここにも、まだジーグリンデがいたのであろうか。
しかし、明らかに服装が違う。どことなく、軍服っぽくも見えるその格好に、
アベルの目が徐々に鋭くなっていく。
(もしかして……)
視界の先にいる人物が大きくなるにつれて、アベルの脳裏に、ある人物の姿が浮かび上がってきた。
そして、大広間に入ると同時に、それは確信へと変わっていったのだった。
「そこを動かないで下さい、ヘルガさん!」
貴婦人――“薔薇十字騎士団”ヘルガ・フォン・フォーデルワイデ伯爵夫人が振り返った時には、
すでにアベルの銃口が彼女に突きつけられていたのだった。
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