メインシステムがある主制御室に向かうには、
進入防止対策として施されているセンサーと対人レーダーを通り抜けなくてはならない。
しかし、“塔”の関係者ではないレオンとトレスは、壁に設置されている対人レーダーの餌食対象にされ、
苦戦をしいられていた。
「おい、拳銃屋! こいつはどうにかならんのか!?」
「否定。センサーのコードを変えるしか方法はない」
「ちっ、厄介なもん、取り付けやがって……」
「やむを得ん、他の手段を考えるしかない」
「そんなものなんてないよ、お2人さん」
突然聞こえて来た声に振り返った時には、頭上に大きな鋭いものがあり、
何の躊躇いもなく落ちて来ようとしていた。
すぐに左右に分かれて何とか避ければ、床に何かが突き刺さるような音が鳴り響き、地面に亀裂を入れていく。
「ちっ、またこいつかよ!」
攻撃した相手を見て、すぐに反応したのはレオンだった。
かすかに舌打ちし、目の前にいるメイド――ジーグリンデを睨みつけたが、相手は特に気にすることなく、
床に突き刺した大剣を引き抜き、再びレオン目掛けて振りかざした。
「うおっと、危ねえっ!」
床とほぼ垂直状態で振り下ろされた大剣を素早く避け、腕につけられた輪戦を投げると、
ジーグリンデの体が斜めに切断され、上半身がゴトッと床へ落ちていった。
「これで、何も起こらなきゃいいだがな」
「――避けろ、“ダンディライオン”!」
「ああ?」
体に鉛のようなものが打ち込まれたような感触に襲われたのは、
ジーグリンデの動きが止まったことを確信したときだった。
左脇腹の僧衣がみるみるうちに赤く染まっていき、床へポタポタと落ちていく。
「がはっ!」
激痛のあまり、レオンはその場に両膝をついて蹲る。
普通の銃弾よりも、何倍もの威力で体内に打ち込まれたようだ。
「一体、何が……!」
状況を飲み込もうしても、またすぐに攻撃され、レオンはとにかく傷口を抑えたまま立ち上がり、
逃げ回ることしか出来なかった。
負傷した個所からの出血によって、体力がどんどん消失してしまう。
そのせいで、いつもは避けきれるはずの銃弾をかわすことが出来ず、左太股に銃弾の跡がついてしまった。
「――ぐあっ!」
新たに襲い掛かって来た激痛に、レオンは思わずバランスを崩し、その場に倒れ込んでしまう。
床に落ちる血液の量がどんどん増え、視界が少しずつ狭くなっているような錯覚を起こしてしまう。
「お、おい! こいつはどういう意味だ、拳銃屋!?」
「理解不能。――これは俺の仕業ではない」
顔を上げ、何とかトレスに視線を向けると、
彼の両手にはしっかりと2挺のM13が握られており、銃口から白煙が上がっている。
確実に、彼が同僚に向けて発砲したことになるのだが、
相手は自分のした行動に疑問を持っているように見つめていた。
「この現象は、“アイアンメイデン”の時と同様のものだ。よって犯人は同じ者だと推測される」
「そういうこと」
忘れかけていた第3の声が廊下に響くのと同時に、M13が再び唸り声を上げる。
だが方向はレオンの方に向けられているもの、銃弾はかろうじて彼の体を外していた。
「ふーん、オタク、まだそんなことが出来たんだ」
声が聞こえる方へ視線を動かせば、
壁に施されている対人センサーの中を涼しげに歩いている人物に視線が集中し、
2人の神父の顔が少し引きつったように相手を見つめる。
その顔は、2人とももうすでに面識のある男に間違いなかった。
「なるほど、てめえが属で言う“グレムリン”ってやつだったのか」
「何だ、もう知っていたのか。それじゃ、説明しなくてもいいってことだね」
短髪の紙を靡かせる男――“薔薇十字騎士団”メルキオール・フォン・ノイマンが指を鳴らすと、
何かがゴトッと鳴り、ズリズリと引き摺るような音が鳴り響いた。
その音が徐々に近づくにつれ、レオンの表情が一気に変わり、
普通だったら絶対にあり得ない光景に絶句してしまいそうになった。
「……おい、これマジかよ……!」
目の前に現れたジーグリンデは、確かにレオンが先ほど倒したものと同じだった。
違うのは、足で立っているのではなく、先ほど斜めに切断された部分を床に引き摺るような形で移動している、
ということだ。
「うをっ!」
少し高い位置にある大剣が振り下ろされ、レオンは何とか横転してそれを避ける。
しかしすぐに、“グレムリン”によって操られているトレスが引き金を引き、
激痛を抱えながらも、何とかその場からのばれるように走り回る。
しかし大量の出血のせいで、徐々に避けることすら難しいほど、体力を消失してしまっていた。
トレスがメルキオールの命じるままに移動してしまっている今、
レオン1人でこの場を回避させるのは極めて困難だ。
しかし、アベルは他の幹部を捕らえに向かっているため動けない上、ゲルマニクス陸軍数名を呼び出しても、
ただ屍が増えていくだけで、相手にはダメージを与えることなど不可能だ。
だが、ここを突破しない限り、目の前にあると思われる主制御室までたどり着くことが出来ない。
「――逃げろ、“ダンディライオン”!」
意識が朦朧としている頭に、鼓膜を突き破るかのようなトレスの声が突き刺さり、レオンは急いで我に返った。
だがその時には、すでにジーグリンデの大剣が一気に振り下ろし始めている最中だった。
レオンはすぐに避けようとしたが、脇腹に抱えた傷が急に痛み出し、身動きが取れなくなってしまう。
しかしこれを避けなければ、自分の体が真っ二つになるのは目に見えている。
「……ぐおおおおおおおっ!!」
ここで今、自分は死ぬわけにはいかない。
レオンは力を振り絞って、体を何とか横に転がし、それと同時に、
大きな地響きにも似た音が耳元に飛び込んできた。大剣が床に見事に嵌り、新たな亀裂を残したまま、
再び大剣を引き抜く。
上半身しかない今、ジーグリンデの身長は、床に転がり込んでいるレオンよりも高く、その分威力も大きい。
そして攻撃も繰り返しやすいため、攻撃と攻撃との間が空かないまま、再び大剣を頭上へ持ち上げた。
一方レオンは、力を完全に使い果たしてしまったのか、体が思ったように動かせなくなっていた。
「くそっ、もう駄目か――!」
今の状況から回避する方法など、もう残っていない。
レオンは諦め、今から起こる衝撃に耐えるかのように目をつぶり、身を難くした。
そして大剣が振り下ろされ、彼の体が切断される――はずだった。
衝撃は、どれだけ待っても起こることはなかった。
それとは逆に、もとからどこも怪我などしていないかのように、体力がどんどん回復していく。
ゆっくり目を開けてみれば、目の前に透明な壁のようなものが広がっており、そこに大剣が嵌っている。
そして次の瞬間、嵌っている先から炎が上がり、一気にジーグリンデごと燃やしていったのだった。
「……何だ、こりゃ……?」
透明な壁は、まるでガラスのように固く、そして紙のように薄かった。
が所有しているプログラム「フェリス」の抵抗バリアかと思ったのだが、
主亡き今、プログラムだけで勝手に行動できる状況ではないことは、彼自身が一番よく知っていた。
では、この壁は一体どこから?
「……へえ、オタク、そんなことも出来たんだ」
「違う! これは俺じゃなくて……」
少し驚きながらも、感心したような発言をするメルキオールを指摘しようとしたその時、
奥から何かが起動するような音が鳴り響き、思わず発言を中断してしまった。
今まで無反応だったセンサーが起動を始めた音である。
「ん? 一体、何が……!」
メルキオールが疑問を投げかけようとしたのと同時に、作動しなかったはずの対人レーダーが発射されると、
いくつもの光の線が彼の体を撃ち抜いていく。
彼は何とかしてその場から離れようと、廊下の外へ身を投げ出したが、レーダーによって負った傷が、
彼の体を苦しめていた。
「な、何でボクが攻撃を……!」
『それは、すべてのコードを変更したからよ、“傀儡の王”メルキオール・フォン・ノイマン』
突然聞こえた声に、その場にいた者が一気に声の行方を捜し始める。
しかし、その場には彼ら以外の姿は見当たらない。
『センサーと対人レーダーをはじめとするプログラムを、すべて我々のコードに書換えたのよ。いくら“グレム
リン”と言えど、書換えシステムまでは動かせなかったみたい楽だったわ』
3人の中心部に、突然1つの光の塊が出現し、ゆっくりと人型へと変形していく。
体は白いが、髪は上にあげられ、薄紫のワンピースのようなものを身に纏った女性のように見える。
「お、お前はまさか……!」
『初めてお目にかかるわね、教皇庁国務聖省特務分室派遣執行官、“ダンディライン”レオン・ガルシア・デ・
アストゥリアス、“ガンスリンガー”HC−]V』
すぐに空気に溶け込んでしまうぐらいに透き通った声が、その場にいる者達の耳に入り込んでいく。
どこか優しく、しかしどこか鋭さを持つそれに、思わず体がビクッとなってしまいそうになる。
『私の名は“ステイジア”。オペレーティング・システム“TNL”専属の戦闘プログラム・サーバです』
「……TNLだって!?」
「彼女」の口から発せられた言葉に、真っ先に顔色が変わったのはメルキオールだった。
すでに消滅されたと思われていたものが、自分の目の前に映し出されているのだから、
驚くのも当然のことだった。
「そんな……、TNLが生きているわけがない!」
『それもそうね。あの子は今まで、このこと、一言も言っていなかったのだから』
「あの子って……、ひょっとして、お前もの!」
『そういうことよ』
笑顔を見せる彼女――戦闘プログラム「ステイジア」は指を鳴らすと、
レオンの前にある透明な壁が粉々に割れ、地面に落ちていく。
それがゆっくりと姿を消すと、レオンはゆっくりとその場に立ち上がった。
トレスに撃たれた個所は知らない間になくなっており、
まるで何も怪我をしていなかったかのように身が軽くなっていることに、レオンは不思議がりながらも、
調子が戻ったのを確認するかのように左太股を上に持ち上げてみた。
どうやら、完璧に完治してしまっているらしい。
『メルキオール・フォン・ノイマン。あなたの力は確かに強く、そして私達にとっては天敵よ。けど――』
プログラム“ステイジア”がレーダーによって負傷しているメルキオールの前に手を翳し、
鋭い視線をそちらに向ける。
手元に1つの光が現れ、それが徐々に凍っていく。
『――けど何かしらの負傷をすれば、全てが回復しない限り、能力を使うことが出来ない。だから、少々乱暴だと
は思ったんだけど、システムコードを全部変更させてもらったわ』
「……なるほど、そういうこと。でも……、本当に能力が使えなくなったと思うのかい?」
力なく手を上げれば、未だM13を握り締めていたトレスが方向を変え、
プログラム「ステイジア」に向けられる。
まだ自分の手で動かせれることに安心したのか、メルキオールの顔からかすかに笑みが毀れる。
「ほら、まだこうやって動かせれるよ。このまま撃ち込めば、キミもボロボロになると思うけど?」
『さあ、それはどうかしらね』
プログラム「ステイジア」の声と、「彼女」の手元にある光の塊が発射されたのはほぼ同時だった。
細かな槍のような光は、床にへばりついているメルキオールの衣服に突き刺さり、固定される。
まるで標本にでもされたかのようだ。
『今よ、トレス・イクス。発射しなさい』
「了解」
「何っ!?」
固定されたメルキオールの体に襲い掛かったのは、予想もしていなかった無数の激痛だった。
それを表すかのように、体中から大量の出血を起こし、床に大きな赤い水黙りを作っていった。
一体、どれぐらい撃ち混んだのだろうか。
トレスがようやく銃口を下ろした時には、彼の服は全身赤く濡れていた。
先ほどまでは白だったシャツも、真っ赤に染まっている。
「おいおい、拳銃屋。俺の分ぐらい取っておいてくれてもよかったんじゃねえか?」
「否定。いくら傷口が回復しているとは言え、大量出血による貧血までは治っていないはずだ」
「それがよ、不思議なもんで、全然そんな症状がねえんだよ。一体、あのバリアは何なんだ?」
『No.105“サフィストファー”。空気を防弾ガラス状に固めてバリアを貼り、負傷者を完全回復させている
間に、攻撃を仕掛けた敵の逆転を推測して攻撃を仕掛ける、一石三鳥な戦闘プログラムよ』
「うわお、そいつはすげえ」
腕をグルグル回し、体の調子が戻ったのを確認しながら聞くと、赤い水溜りが波を打つように動いた。
もう命を絶ったと思ったメルキオールの姿が、かすかに動いたのだ。
「……ボクを騙すなんて……。人形なくせに、よくやってくれたね……」
「お前がレーダーで攻撃された直後、俺の体はもうすでに“グレムリン”から解放されていた」
「ちっ、本当、手の込んだことしちゃってさ……」
どことなく悲しそうに聞こえるのは気のせいだろうか。
しかし、こんなところで情にふけっている場合ではない。
レオンが懐から対戦車拳銃を取り出すと、相手の額に銃口を向けて、引き金に手をかけた。
「お話の相手をしてやりたいところだが、もう時間だ。大人しくお寝んねしろや」
「そんなことしなくても眠ってやるよ、ガルシア神父。……天使様の言いたかったこと、今になってようやく分か
ったよ」
「天使様? 何だ、そりゃ?」
「キミに言っても、分からない話だよ。……そう、キミに言っても、一生分からないこと……」
瞼が閉じた顔は、まるで眠ったかのように安らかな表情をしていた。
今まで自分がしてきたことを、まるで懺悔するかのようにも見えるメルキオールに、
レオンはゆっくりと引き金に手を添えた。
「ゆっくり眠れや、メルキオール。……天使様に、会えるといいな」
銃口からもれる音と共に、今度こそメルキオールの体が動かなくなった。
それを確認するなり、レオンは横にいる白い光を発する「女性」の方へ視線を動かした。
「さて、ステイジア。1つ、聞きたいことがある」
『なら無事よ、レオン・ガルシア・デ・アストゥリアス。……私が確保したのだから』
「……へっぽこの言うことは当たっていたのか……」
「だが、未だシスター・の姿を確認することが出来ない。居場所の提示を要請する、プログラム『ステイジア』」
「そう焦ることないわ、トレス・イクス。……彼女はもう、『ここ』にいるのだから」
プログラム「ステイジア」の体が強く光り出し、再び光の塊へと戻っていく。
まるで、元の場所に戻るかのように。
『彼女のことは心配しなくていいから、すぐにメインシステムを確保しなさい。それが今の、あなた達がしなくて
はいけないことだから』
光がゆっくりと消え、その場には物音1つ聞こえないほどの静寂が包み込んでいく。
そして残された2人の神父は、何かに駆り立てられたかのように主制御室へと走っていったのだった。
|