<ヴィエナの上空にあった“塔”は、市民の害に遭遇することなく無事に自爆させました。ヴァトー神父も手術
が成功し、明日にでもローマ大学総合病院に転院出来るそうです>

「そうですか。本当に、ご苦労様でした」




 あれから2日後、ヴィエナに向かっていた派遣執行官達が、
 上司であるカテリーナへの報告書を提出すべく執務室へと足を運んでいた。
 しかしその中に、彼女が一番会いたい者達の姿はなかった。




「ナイトロード神父とシスター・が、ヴィエナでまだやることがあると言っていた。理由を知っているので
あれば提示を、ミラノ公」

「詳しいことは知りませんが、大体の予想はつきます。2人とも、今回の任務でかなりの体力を消耗させたと
思いますからね。ついでに、ゆっくり休んでくることでしょう。もちろんあなた達も、しばらくはゆっくり休み
なさい」

「ありがとうございます、猊下」




 しっかりと僧衣を身に纏ったレオンが直角にお辞儀をすると、それを見たケイトがくすくすと笑いながら、
 その場にいる者にハーブティを振舞った。


 “アイアンメイデンU”に戻った直後、死んだと思っていたの顔を見て、真っ先に喜んだのはケイトだった。
 泣きながらも、念願のハーブティの試作品を飲んでもらい、
 満足な顔を浮かべながら絶賛してくれたことが、今でも鮮明に浮かんでくる。




「しかしまあ、にも参りました。というか、彼女のプログラムに参った、と言った方が正しいのかもしれま
せんが」

「以前、何らかの不祥事が起きた時に、攻撃手段として向かわせたプログラムを、不良品扱いで消去したという
話は伺っていましたが、復活することもあるのですね」

「だがシスター・の居場所を、プログラム『ステイジア』はすぐに伝えなかった。もしすぐに伝えてれば、
もっと効率よく任務が遂行出来たと推測されるが」

「まあ、いいじゃねえか、拳銃屋。第一俺達は、その復活したプログラムのお陰で救われたんだぜ? 今回は
多めに見てやろうや」




 厳しい言葉を飛ばすトレスを宥めるように言うレオンだったが、
 正直、が主制御室に戻ってきた時は驚きを隠せないでいた。
 プログラム「ステイジア」によって助けられたのは知っていたが、
 それでも死人だと思っていた人物が復活してきたのだから、彼の反応は決して間違ってはいない。




<カテリーナ様、シスター・モニカの方はどうなさるおつもりですか?>

「彼女にはしばらく、ここへの立ち入りを禁止させるつもりです。謹慎を与えたとしても、彼女のことですか
ら、すぐに脱走しかねませんしね。溜まっている任務もたくさんあることですから、休みなく働かせることが、
彼女にとって一番効果的な罰かもしれません」




 “塔”の破壊後、シスター・モニカ・アンジェントは、
 が放ったプログラム「セフィリア」によって無事に発見された。
 誰が捕えに行くかで口論になったが、結局、が連絡不届きの罰として、
 天敵である彼女を捕えに行く羽目になった。
 しかし力を多少取り戻したことにより、特に苦労もせずに彼女を無事確保したのだった。




「そうそう、ガルシア神父。あなたにお渡ししなくてはいけないものがありました」

「私に、ですか?」

「はい。――昨日、私のもとにこのような封書が届きました」




 執務卓の上に出された封書を受け取ると、レオンはカテリーナの了解を得て、
 中に入っている便箋を取り出そうと、封筒を裏返した。
 真っ先に目に飛び込んで来たのは、ゲルマニクスの国章である“
双頭の鷲(ドッペルアドラー)”の印章だった。




「……これは?」

「ゲルマニクス国王陛下、ルードヴィッヒ2世からの手紙です」




 国王陛下が上司ではなく、その部下に手紙を宛てることは尋常ではない。
 いや、そんなことなど起こり得ないことである。
 レオンは驚きながらも封を開けると、中に入っている便箋を取り出し、
 優雅に書かれている文字を1つ1つ読み始めた。




「何々……、この度は、我々の民を救っていただき、真にありがとうございました。さて、今回手紙を送ったの
は、あなたにぜひ、私の直属の護衛係をお願いしたく……って、はっ!?」

「昨日、私宛にも同じような封書が送られて来ました。――あなたを、国王陛下直属親衛隊の隊長として任命し
たいとのことです」




 突然の手紙に書かれた内容に、レオンは驚きの表情を隠せず、さらにカテリーナの発言に、
 思わず自分の耳を疑ってしまった。




「国王陛下は以前より、独自の親衛隊組織を組んでいたそうです。その経緯などは明らかにされていませんが、
どうやら王国軍に対抗するために作られたものだと言われています」

「で、その親衛隊隊長に、自分が命じられた、ということですか?」

「その通りです。確かに急な頼みではありますが、ちゃんとした保証もつけてくれるとのことです」




 カテリーナは執務卓にもう1つの封書を取り出すと、そこから便箋を出し、ゆっくりと広げた。
 そして1つ1つを確認するように、丁寧に読み上げ始めた。




「まず、あなたが背負っている刑期ですが、今後、1つの任務につき50年縮めるとのこと。勿論内容によっては、
それ以上の刑期削減も考えているそうです」

「刑期のことはどうでもいいんです、猊下。私が一番心配しているのは、その……」

<ファナちゃんのこと、ですわね?>




 親であるが故に一番気になることなのが分かってか、レオンが詰まった先の言葉をケイトが続ける。
 その声は、レオンの今後の行き先を少し心配しているようにも聞こえる。




「彼女のことは、引き続き、ミラノで診察を受けてもらいます。もちろん治療費も、今まで通りこちらで負担し
ます。しかし」

「しかし?」

「――しかし状況によっては、あなたと一緒に暮らせる場所を提供してくれるとのことです」

「……それ、本当なのですか!?」

「手紙にはそう書かれてありますよ、ガルシア神父」




 カテリーナの言葉に、レオンが慌てながら手紙を読み返してみると、
 確かに彼女が言ったことと同じ内容のことがしっかりと記載されていた。
 どうやら、嘘ではないらしい。




「刑期を終えていない者が、実の娘とはいえ、一緒に暮らすことは不可能なのではないのか、ミラノ公?」

「その通りよ、イクス神父。だからこそ、『状況によっては』なのです」

<つまり言い直すと、刑期が終われば、一緒に住めるということですか?>

「そうなるわね」




 上司と同僚の会話を耳にしながら、
 レオンは自分の目の前で展開されている事柄をまとめるかのように黙り始めた。
 確かに刑期がちゃんと削減出来ることは嬉しいのだが、
 ミラノにいるファナに会う距離がまた開いてしまうのも事実にある。
 それに、刑期が終われば一緒に住めることは嬉しいことではあるが、それもいつになるかなど分からない。




「それと……、これは国王陛下からではなく、別の方からなですが……」




 黙ってしまったレオンの前で、再びカテリーナが口を開くと、
 そこに1つの小さな小型画面を置き、ボタンを押した。
 そこに映し出されたのは、見覚えのある飛行船の姿だった。




「これは……、“タクティクス”!」

「シスター・から、あなたへのお詫びの品だそうです」

「お詫びの品って、そいつは一体……?」

「実はこの提案、最初に奨めたのは彼女なのです」




 新たな発言に、レオンはもちろんのこと、その場に居合わせたケイトもトレスも驚いたように、
 目の前に座る上司へ視線を注いだ。




「前国王陛下がローマに訪問した際、は彼と、幼き後継者であるルードヴィッヒ2世の護衛役兼ローマ案内人の
命を前教皇聖下から受けていました。その時、あるテロ事件に巻き込まれそうになりましてね。それを1人で、
すべて解決させたのだそうです」




 今から7年も前、当時聖職者としてカテリーナの側近だったが、
 前教皇聖下グレゴリオ30世に、前国王陛下と彼の息子の観光案内と表した護衛係を命じられていた。
 来日する1週間ほど前から、テロ予告らしき封書が何通も教皇庁に届いたからである。



 そして予告通りに、テロだと思われる攻撃が始まったのが、訪問して2日後に起こった。
 しかしが速やかに爆弾場所を発見して解体し、居所まで発見したことにより、
 誰1人として被害に遭うことなく、テロリスト犯全員を逮捕することに成功したのだった。




「本来なら彼女を派遣したかったそうなのですが、聖職についたばかりの彼女は、それに代わる人材を提供すると
いう条件で辞退したのだそうです。私も詳しいことは、よく分かりませんけどね」

「それでは、私を現国王陛下に推薦した、ということですか?」

「そういうなります。もちろん、あなたの経歴をすべて考慮した上での決断でもありますし、シスター・も、
あなたなら自信を持って推薦することが出来ると言っていました」




 確かにとレオンの間では、爆弾の解体技術、銃弾の改造など、似たような得意分野を持ち備えている。
 それに女性が隊長につくより、男性がついた方が部下も反発することなく指示に従うに決まっている。
 そう考えると、が自分を推薦した理由を納得せざるを得なくなる。



 ここから離れるのは、確かに名残惜しい。
 しかしそれ以上に、彼にかかる保証が大きすぎる。
 そして何より、目の前に映し出されている飛行船に心を奪われそうになってしまう。




「あなたは私にとっても、優秀な部下であり、自慢の部下でもあります。だからこそ、こうして申し出を断らず、
あなたに奨めているのです」




 本当は、大事な人材を失うのは辛いのだが、レオンの力が他者に認められることは光栄なことであり、
 それはこの場にいる2人の派遣執行官――トレスはどう感じているのか分からないが――も同じだった。
 別れるのは辛い。
 だが、こんなチャンスはもう訪れないかもしれない。






「さあ、あなたはどちらの道を選びますか? ゲルマニクス親衛隊へ入隊しますか? それともこのままローマに
残って、今まで通りの生活を続けますか?」

















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