教皇庁からの空中戦艦が来るからなのか、滑走路には1台の飛行船もなく、ほぼ貸しきり状態になっていた。



 “アイアンメイデンU”が無事に着陸するなり、は搭乗口を大きく開け、
 外の空気を一気に戦艦内へ入れた。
 さすがに北へ向かったからか、ミラノ以上に風が強く、着込んでいたケープをしっかりと着込んだ。




「また、偉いもんに乗って登場して来たな、




 外に出るなり、目の前から歩いてくる浅黒く、体格の大きな男がに近づいてくる。
 驚きより、むしろ面白いと言いたげな表情に、は思わず笑ってしまう。




「たまにはこんな登場も悪くないでしょ?」

「まあな。……こいつが、例の輸送物か」

「ええ。“アイアンメイデンU”――ケイトの新しい空中戦艦よ」




 まるで自分の娘を紹介するかのように、浅黒い男――レオン・ガルシア・デ・アストゥリアスに言い、
 戦艦へ視線を向ける。
 プログラムしか関わっていないにしろ、自分の力でここまで無事にたどり着けたのだから、
 大きな「娘」と言ってしまってもおかしくないぐらいだった。




「そうそう、ケイトから聞いたぜ。……ローマも何だか、大変だったみたいだな」

「ま、怪我人が出なかっただけ、よかったようなもんだけどね……って、“教授”はもとから怪我人だったわ」

「ヴィエナを離れる前に、手術が成功したって聞いて、ケイトが喜んでいたな。ま、あとはこのまま、安静でいて欲
しいものだ」

「それ、言えてるわね」




 “アイアンメイデンU”に、新しい燃料を運んでいる作業員達を見つめながら、
 とレオンは空港内に入り、近くにあるカフェへと足を運んだ。
 どうやらここに、今回の空港使用の許可を頂いた人物が待機しているとのことだった。




「どーこにいたっけなあ〜。……っと、いたいた」




 奥の方で手を振っている男を発見し、レオンはいさいさとその方へ向かって歩き始める。
 もレオンの後を追って歩くが、視界の先にいる男の顔がはっきりしてくると同時に、
 彼女の表情が徐々に変わっていった。




「お待たせいたしました。こちらは俺の同僚で……」

「……あなただったのですか、ディグリス!」

「覚えていて下さったようで何よりです、大尉。……いえ、今はシスターになられたのでしたね」




 ディグリス・フェリシア――15年前まで、
特務警察(カタニピエリ)専属戦艦『ラファエル』の総艦長を勤めた人物であり、
 今現在はここ、ユーバー・ベルリン国際空港の専属チーフを務めている。
 にとっては、前聖下であるグレゴリオ30世の直属護衛時代に行動と共にした同士でもあった。




「何だ、2人は顔見知りだったのか」

「ええ。もう、かなり昔の話になるけどね」

「シスター・には、昔、大変お世話になっていましてね。まさか、こういう形で再会出来るとは思ってもいま
せんでした。――ああ、紅茶がよろしかったですよね?」

「ええ、勿論」




 近くにいたウェイトレスに用の紅茶とレオン用のコーヒーを注文すると、
 ディグリスは横に立てかけていた鞄から、何やら大きな紙を取り出し、目の前にあるテーブルに広げ始めた。
 そこに書かれていたのは、何かの断面図のようで、あちこちに細かく寸法が記載されていた。




「……これって、もしかして砲弾、ですか?」

「ええ。しかも、一般的に使われているものの2倍の威力を持つ特殊砲弾です。実は先日、“アイアンメイデンU”
の設計にあたり、ローマにいるスフォルツァ猊下より依頼があったのです」

「それで、ここまで来るように言ったわけですね。ようやく謎が解けましたわ」




 ヴィエナを通り過ぎて、ユーバー・ベルリンまで来た理由が解明され、
 は少し身が軽くなったかのように肩の力が抜け、ウェイトレスによって運ばれた紅茶を一口口に含ませた。
 たいしていい味ではないのだが、思わず安堵のため息が毀れてしまう。



 その後、ディグリスは他の砲弾の断面図を広げ始め、それぞれ事細かに説明していった。
 特注で作り上げた
墳進爆弾(ミサイル)や主砲、75ミリ砲など、1つ1つ丁寧に説明していく彼の言葉を、
 もレオンも真剣に、そして面白そうな顔で聞いていた。
 改造癖などがあるこの2人が、彼の話に興味がないはずがない。
 知らない間に、目がきらきらと輝いているのは気のせいだろうか。




「もうじき、すべての砲弾が積み込み終わります。それまでの間、ここでゆっくり温まって下さい。特に、シスター
は寒がりですから」

「そんなことまで覚えていたのですね、ディグリス」

「忘れるわけがありませんよ。――それでは私は、倉庫の物を確認してきますので、これで」

「ああ、はい。準備が出来次第、こちらに知らせて下さい」

「はい、ガルシア神父。――失礼いたします」




 ディグリスはその場に立ち上がると、丁寧に一礼して、スタスタとカフェを後にしていった。
 その姿を見ながら、は何かを思い出したかのようにくすりと笑い、その顔を不思議そうにレオンが眺めた。




「どうしたんだ、?」

「ああ、ううん。ただ、思い出しただけよ」

「思い出しただけ?」

「私がグレゴリオ前聖下の護衛役になったばかりの頃、当時、よく通っていたカフェに挨拶しに来たことがあった
の。その時、緊張していたのか何なのか分からないんだけど、退出する途中でテーブルの脚に躓いてね。ものすご
い物音を立てて倒れるもんだから、顔を真っ赤にして退出していってね。本当、あれはいい見せ物だったわ」

「へえ、あんな真面目な奴がねえ……」




 レオンが意外そうな顔をしながら、話題に上がっている男が去った扉を眺めていると、
 は再び紅茶を一口飲み、意味もなくため息をついた。
 どうやら、部屋も温かいため、少し満足しているらしい。




「しかし、“教授”もすごいもん設計したもんだな。それを、約1週間で完成させたお前らもお前らだがな」

「ケイトの生命プログラムも、“アイアンメイデン”よりも性能がいいものを搭載したからね。接続環境は、以前と
同仕様にしてあるから問題ないはずよ」

「その辺は、拳銃屋も知っているのか?」

「昔、一通りだけど説明してあるからね。大丈夫よ」




 ケイトの本来の体は、現在“アイアンメイデン”の奥深くにある透明な棺に収められている。
 そこから伸びる数百本のケーブルを介して“アイアンメイデン”本体の機械に接続され、
 それによって生命を確保している。
 今回はそれに、“アイアンメイデンU”専用起動プログラム「ルフェリク」も追加してあるため、
 性能は以前のものより比べ物にならないぐらい上がっていた。




「そういえば俺、実物のケイトに合ったことってねえんだよな。あのまんまの姿なのか?」

「ええ。……少し、やつれちゃったけどね」




 ケイトの姿を
立体映像(ポログラム)でしか見たことがないレオンにとって、実際の姿がどうなっているのか、
 興味があるのは当たり前のことだ。
 しかしとして見てれば、その姿を思い出すたびに、胸元が強く締めて付けられてしまう。
 それは10年前に起こった事件が、毎回のように彼女の脳裏を横切るからだった。



 もう少し早く到着して、「相手」を倒していたら、どこでも自由に動き回ることが出来たはずなのに。
 の心の中に、あの時と同じ後悔の渦が回り始めようとしたが、
 横から聞こえるレオンの声によって止められた。




「ま、俺にとっちゃあ、どっちでもいいけどよ。立体映像であろうとなかろうと、ケイトには間違ない。クヨクヨ
考えても、仕方ねえよ」




 まるで励ますかのような発言に、は一瞬目を見開いた。
 しかし当の本人はというと、何もなかったかのように、ブラックのコーヒーを啜っていた。
 きっと、特に深い意味などなく、ただ自分が思ったことを口にしただけだったのかもしれない。




「……ありがとう、レオン」

「んあ? 何が?」

「特に深い意味はないわ」




 意味が理解出来ないように、少し困ったような表情を見せるレオンに、はそっと微笑んだ。
 そんなに、頭を右手で掻くと、浅黒い神父は何かを無理やり思い出させ、席を立った。




「ああ、俺、合流したら、ケイトに連絡しなきゃあいけなかったんだっけなあ。ちょっくら行ってくるわ」

「いってらっしゃい。……ああ、空中戦艦のことは内緒よ。おもいっきり驚かそうと思っているんだから」

「了解」




 手元にあるコーヒーを一気に飲み干し、その場に立ち上がると、
 レオンはに背を向け、せかせかと扉に向かって歩き出した。
 途中、テーブルの脚に躓きかけ、こけそうになったが、さっきのディグリスの出来事を思い出してか必死に堪え、
 引っかかった足を少し引き摺りながら退席していった。
 その姿を見ながら、は一通り笑い終えると、近くにあるティーポットから紅茶を注ぎ入れ、
 本日3杯目の紅茶を堪能し始めた。



 しかし、それも長くは続かなかった。ティーカップを落としそうなぐらいの衝撃が、
 彼女の両腕に打ち付けたからだった。




「――つっ!」




 ティーカップは落とさなかったもの、少しだけ中身が毀れてしまい、
 は慌てて持っているものをソーサーに戻し、僧衣の袖を巻き上げた。
 傷はついていないが、少しだけ赤くはれ上がっているように見える。




 一体、何があったのだろうか。
 事情を調べようと、ケープの内側にしまってある
小型電脳情報機(サブクロスケイグス)を取り出そうとした時、
 腕時計式リストバンドが黄色の光を発しながら、高々と鳴り出した。
 まるで、タイミングを図ったかのようになり始めたそれの中心を、急いで「3」にあわせてスイッチを押すと、
 そこからとは正反対に落ち着いた声が流れ出す。




『心配するな、わが主よ。それは、“クルースニク02”が自分で負ったものだ』

「自分で負ったもの? それ、どういう意味?」

『プラーター公園内にある工事中の大観覧車内に設置されている“サイレント・ノイズ”を撤去するために、イザー
ク・フェルナルド・フォン・ケンプファーと同行している“クルースニク02”が管理棟に乗り込んだのだ』

「……まさか、あの馬鹿、窓ガラスを突き破ったとか言うんじゃないでしょうね!?」

『残念ながら、その通りだ、わが主よ』




 予想してた答えだとは言え、望んでいなかった発言だっただけに、
 は遥か遠くにいる銀髪の神父に鋭い視線を向けた。
 きっと、に何かしらの衝撃が来ているだろうと分かってはいるかもしれないが、
 ここまで酷いとは思っていないだろうし、今はそれを気にしている暇すらないであろう。
 しかし、その被害にあった本人は、相変わらず無茶をする相手に、思わず頭を抱えてしまった。




「で、取り外せそうなの?」

『今、“ソードダンサー”が介入し、無事にイザーク・フェルナルド・フォン・ケンプファーによって、“サイレン
ト・ノイズ”の中枢部分が撤去されたところだ』

「そう。……それだったら、今回のことは大目に見てあげましょう」




 は半分呆れた表情を見せながら、両腕に白いオーラを出現させ、赤くはれた部分を一気に治していく。
 これぐらいのことなら、そんな時間もかかることではないため、奥から再びレオンがカフェに入って来た時には、
 すっかり跡がなくなっていた。




「ディグリス艦長が、出発の準備が出来たとよ。行けるか?」

「ええ、大丈夫よ。すぐ行くわ」




 何事もなかったようにその場に立ち上がると、飲みかけの紅茶を一気に喉に通し、レオンの方へ向かって走り出す。
 しかし途中、椅子の脚に引っかかりそうになり、それを避けようとして体をふら付かせたが、
 何とか体制を整えて、慌ててカフェを出て行った。






 これで、人のことが言えなくなってしまった。

 はそう思いながら、心の底で舌打ちをしてしまったのだった。
















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