「いや〜、このソファもなかなかいいじゃねえか。これも、が選んだのか?」

「いいえ。私が来た時には、もうすでにそのソファは置いてあったわよ」




 無事、ユーバー・ベルリン国際空港から離陸した“アイアンメイデンU”は、
 一路、最終目的地であるヴィエナに向かって飛行を開始した。
 その飛行中、レオンはラウンジにあるソファが偉くお気に召したようで、
 まるで金持ちになったような気分で座っていた。




「居心地はいいし、の紅茶はうまいし、快適だなあ、ここは。離れたくなくなるぜ」

「そんなことしたら、“アイアンメイデン”にいるケイト達に殺されるわよ。……それより、昨夜は大変そうだった
けど、よくあの“サイレント・ノイズ”を止める方法を思いついたわね」

「……まさか、お前、全部見ていたのか?」

「この私が、何も知らないとでも思って?」

「それもそうだ」




 本当の理由は言えないとしても、が少なからず情報を持っていてもおかしくない。
 レオンは答えに納得し、はそれにほっとしながらも、詳しい事情を聞くことにした。




「オペラ座についた俺と拳銃屋、あとあの乳デカねーちゃんは……」

「ちょっと、乳デカねーちゃんって、いくら何でも、モニカに失礼よ」

「おっ? 珍しく味方するってか?」

「味方するも何も、そんな風に言われたら、誰だって反論したくなるって」




 確かに、モニカは胸が大きい。
 しかし、それをだしにそのニックネームを付けられては、世の中の女性から非難轟々である。
 これでは、単なる変体野郎と思われてしまうだろう。




「それはいいとして、まあ、3人でミラノ公の命令通り、オペラ座の中に潜入したわけよ。乳デカ……、もとい、
モニカにゲルマニクス王宛の書簡を届けてもらうことにして、俺と拳銃屋は観客席の状況を確認することにした」

「モニカに、国王陛下(ケーリッヒ)宛の封書を託したの!? ちゃんと届けたわけ!?」

「俺とサムライを発見した時、国務聖省の人間だって分かったところによると、ちゃんと届けてくれたんじゃねえの
か? 確認してないから分からんがな」




 確認したくても、モニカの耳元についている通信機は、
 その役割を果たすことなくぶら下がっているだけであろう。
 獲物を見つけたら離さないのが彼女だ。
 そんな彼女に、今何を言っても意味がないことは、が一番よく知っていた。




「んでよ、俺と拳銃屋が客席を見ていたら、例の“サイレント・ノイズ”の1件に関わっていた“騎士団”の長髪
野郎がいやがってさ。
一般客進入禁止(スタッフオンリー)の扉から楽屋への渡り廊下に向かおうとした所を止めて、交戦を仕掛けた
んだ。だが、とんだ邪魔が入っちまって、まんまと逃がしてしまった」

「邪魔?」

「ああ。奴らの襟には“双頭の鷹(ドッペルアドラー)”の徽章がついているもんだから、すぐにゲルマニクス軍の奴らだって分かった
ぜ。しかも奴ら、国王陛下まで連れていたんだ。あん時ゃ、マジで焦ったぜ」




 たぶん、出演者に挨拶へしに行こうとした途中で、この惨劇を目撃したのであろう。
 はすぐにそう推測し、話の続きを聞こうと、レオンの前に置かれた空っぽのティーカップに紅茶を注いだ。




「……で、長髪野郎、じゃなかった、イザーク・フェルナルド・フォン・ケンプファーはそのまま逃げて、劇場の外
に出た時に、アベルと鉢合わせになった、ということでいいのかしら?」

「たぶんな。とりあえず、拳銃屋に奴のあとを追わせて、俺はその場を凌ごうか考えたんだが、その時、長髪野郎が
逃げ際に放った変なウニョウニョした物体が攻撃を仕掛けてきてな」

「ウニョウニョした物体?」

「おうよ。確か、“火精(サラマンテル)”とか言っていたな。まあ、そいつを倒すために、俺は国王を抱えて、折り返した先にある工事
現場まで逃げ込んだんだ。そこで、タイミングよくサムライが来て、何とかその場を凌いだ、というわけだ」

「なるほど。ようやく話が繋がったわ」



 その後、ユーグがレオンに“サイレント・ノイズ”のことを聞いて、それを無効化するために、
 劇場だからこそ可能な手段で防いだのであろう。
 はようやく話の先が見えてほっとしたのか、紅茶を口に運ぶなり、1つため息を漏らした。
 それからのことは、プログラム「セフィリア」の協力ですべて把握しているため、
 特に疑問に思う点がなかったからだ。




 そういえば、その後、アベルとユーグの様子はどうなったのだろうか。
 “サイレント・ノイズ”の中枢部分を無事撤去したのは知っているが、その後のことはまだ知らされていない。
 連絡がないということは、特に大きなことが起こっていないと解釈してもいいのかもしれないが、
 それでも何
1つとして情報が入らないことに、少しだけ心配になってしまう。




「それより、……」

「何? まだ、言い残したこととかあるの?」

「いや、そうじゃねえんだけどさあ……」




 真剣な顔立ちで言うレオンに、の表情に不安の色が見え始める。
 どこか、具合でも悪いのであろうか。乗り物酔いとかするような人間じゃないだけに心配になる。




「レオン、体調が優れないんなら、ブリッジで外の空気吸ってきたらどう?」

「いや、体調はいいんだがな、その……、……腹、空いたから、何か作って欲しいなあ〜、なんて……」

「それだけで、真面目な顔をするのはやめなさい、このおふざけ神父!!」

「ウゴッ!!」




 炸裂するのどっ突きに、レオンは頭を抱え、思わず前屈みになる。
 毎回のことながら、のどっ突きはかなりきついらしく、しばらくそこから動くことはなかった。




「お前、その華奢な体のどこにその馬鹿力が潜んで嫌がるんだよ、全く〜……」

「その一言は余分よ!」

「ウガッ! ……2発も仕掛けるこたあ、ねえじゃねえかよ!!」

「そんなことを言うレオンが悪いんじゃない。何も作ってあげないわよ

「あー、悪かったって! もう何も言わねえから!!」

「よろしい。それじゃ、何か適当に作ってくるから、そこで待ってなさい」

「へいへい」




 頭を抱えながら、謝るように頭を下げると、が満足したようにその場に立ち上がり、
 空になったティーポットを持ち上げ、扉に向かって歩き出した。
 その姿を、少々呆れながら見つめているレオンの姿があったが、それを知ってか知らずか、
 特に気にすることなく、彼女はラウンジの外へ出たのだった。



 調理室は、ラウンジから少し離れた場所に設置されており、
 は入るなり、冷蔵庫の中からレタスとトマト、そしてベーコンを取り出し、
 少し離れた位置に置かれている食パンをトースターに入れた。
 普段はお菓子しか作らない彼女だが、昔はよく料理もしており、誰もが認めるほどの腕前だった。
 そのため、これぐらいの軽食は簡単に作り上げてしまうのだ。



 水道の蛇口をひねり、レタスとトマトを洗うために水を出す。
 触ると少し冷たく、まだ寒さが残るこの季節には少し抵抗があるほどだった。
 だが、お湯で野菜を洗うわけにもいかないため、は我慢して、その中に手を入れて洗い始めた。



 レタスとトマトを洗い終えると、レタスを適当な大きさに契り、トマトを輪切りに切り、
 ベーコンをフライパンでこんがり焼き上げた。
 トースターに入った食パンも、もうじき焼き上がりそうだ。




「そうそう、バターとマヨネーズも出さないと……!」




 トースターの様子を伺いながら、が冷蔵庫へ向かって歩き出した時だった。
 の体が揺れ、急に前屈みになってうずくまり始めたのだ。
 胸元に激痛が走り、自然と息遣いが荒くなっていく。
 この痛みは「いつもの」と同じものではあるが、その原因は全く把握出来ないでいた。




(やっぱり……、近づいてきているってこと?)




 心の中で、ある疑惑が浮上してきたが、今はそんなことを深く考えている暇などなかった。
 何とかして、この激痛から逃れなくてはならない。
 はそう思うと、腕時計式リストバンドに手をかけ、中心に「1」に合わせ、ボタンを押した。
 声をかける前に、文字盤の裏から小さな針が出てきて、の手首に深く刺さり、
 液体らしきものが体内を流れ始める。




『大丈夫ですか、わが主よ』

「何とか……。……ありがとう、フェリー。助かったわ」

『いいえ、こちらは当然のことをしたまでです。……わが主よ、プログラム[スクラクト]から情報が入りました。
“ソードダンサー”が、イザーク・フェルナルド・フォン・ケンプファーの攻撃を受け、重傷を負ったとのことです』

「……ユーグが!?」




 突然の報告に、は胸の激痛の存在を気にしないかのようにその場に立ち上がった。
 正確に言えば、プログラム「フェリス」によって投与された鎮痛剤の効果により取り除かれたからなのだが、
 そんなことを忘れさせるぐらいに、は「彼女」の情報に、思わず疑いの声を上げてしまった。




「ユーグが……、ユーグがやられただなんて……!」

『命の別状はありませんが、それによって、“クルースニク02”が[力]を起動させ、それによって、あなた様
に反動が来たのだと思われます』




 とは反対に、プログラム「フェリス」が冷静に言葉を発していく。
 途中、トースターが焼き上がりの合図をしたが、今のにとってはどうでもいいことと化していた。



 調理室を出て行き、廊下を一気に走り出し、ラウンジの扉をおもいっきり開け放つ。
 血相を掻いて現れたに、レオンが思わず、その場から飛び跳ねるような勢いで、
 その場から立ち上がってしまうほどだ。




「ど、どうした、?」

「ユーグがやられた」

「はっ? サムライがどうしたって?」

「だから、ユーグがやられたのよ、あのイザーク・フェルナルド・フォン・ケンプファーに!!」

「……何だと!?」




 ラウンジの窓際に設置してあるハイテーブルに向かって走っていくを追うように、レオンの声が響き渡る。
 先ほどまでレーダーモニターを映し出していた
電脳情報機(クロスケイグス)の映像を消し、キーボードを一気に叩き始め、
 画面に1つの映像を呼び出した。



 そこに映し出されたのは、クルースニク化したアベルと重症を負って横たわるユーグ、
 そして同じく、何者かにやられたかのように見えるケンプファーと、少し混乱した表情を見せながら、
 アベルに攻撃を仕掛ける女性の姿だった。
 その周りの建物は、少し高貴な雰囲気をかもち出しており、どこかの宮殿にいるかのようだった。




「これは……、まさか、シェーンブルン宮殿か!?」

「シェーンブルン宮殿って……、国王陛下(ケーリッヒ)が宿泊している場所ってこと?」

『ゲルマニクス国王ルードヴィッヒ2世は、180秒前に“クルースニク02”と“ソードダンサー”の誘導によ
り、すでに避難している』




 突然聞こえてきた声に、一瞬動きを止めたが、映像の片隅に映る光の存在に、
 はすぐに事情を聞き出そうとする。




「それじゃ、陛下は無事、ということよね?」

『その通りだ、わが主よ。その後、“クルースニク02”がイザーク・フェルナルド・フォン・ケンプファーに重症
を負わせ……、……ん?』

「どうした、スクラクト? また、何かあったのか?」

『上空から、何らかの光を発見した。……これは!』

「何? 何かあったの?」




 めったに驚きの声を上げないプログラム「スクラクト」なだけに、の目がより一層鋭くなる。
 すると「彼」はそれに答えるかのように、先ほど消したレーダーモニターを表に映し出すと、
 そこにはシェーンブルン宮殿に向けて、1筋の線が引かれようとしていたのだった。
 それを見た瞬間、の表情が一気に変わり、片隅に映し出されているプログラムとは違う名前を呼び始めた。




「フェリー、まだ聞こえている!?」

『聞こえています、わが主よ』

「今すぐに、シェーンブルン宮殿全域に防御バリアを貼って! そうしなきゃ、みんな飛ばされる!!」

『了解しました。No.024、防御バリアをシェーンブルン宮殿全域に設置します』




 反射的に命令を下したは、キーボードを一気に叩き始め、画面に無数のデータを呼び起こした。
 そこに書かれている数字を1つ1つ訂正していくと、
 急に“アイアンメイデンU”のスピードが上がり、レオンは思わずバランスが崩れそうになり、
 ガラス窓に片手をついて、何とか体勢を整えた。




! お前、一体何しやがるんだ! それに、あの線の意味は一体……」

「ヴィエナの上空から、何者かがシェーンブルン宮殿に砲弾が打ち込んだのよ。あれは、それを示す線だったの」

「……何だと!? で、被害は!?」

「ギリギリで防御バリアを貼ったから大丈夫よ。それは、心配しないで」




 ようやく事の重要度を理解したかのように、レオンの目も自然と鋭くなっていく。
 そして、レーダーモニターの片隅に映し出されているプログラム「スクラクト」に向かって質問を投げかけた。




「スクラクト、レーダーの出発点って、どこなのか分かるのか?」

『出発点は、現在“アイアンメイデン”よりも上空に浮かんでいるものからだと思われる。……恐らく、本物の“騎
士団”の本拠地と考えてもいいだろう』




 レーダーモニターを縮小させ、その代わりに、1つの写真らしきものを映し出す。
 横倒しにした尖塔が8基、左右に連ねたようなフォルムを見せることから、
 便宜的に“塔”と言ってしまってもおかしくない建物だ。




『この構造物は、旧時代に“成層圏プラットフォーム”と呼ばれた電波中継施設で、今から20年前にオストマルク
公国の科学者達によって発見されたもの、ゲルマニクスの侵攻を受けて滅亡された。しかしその後、現在、“騎士
団”のメンバーであるヘルガ・フォン・フォーゲルワイデが組織の力を借りて修復作業をしたものだとされている』

「つまり、そこが今、“騎士団”の本拠地として使用されている、というわけなのね」

『正確に言えば、ヘルガ・フォン・フォーゲルワイデ専属の策源地なのだが、そう言ってしまってもおかしくないで
あろう』




 プログラム“スクラクト”の説明を受けている間に、
 “アイアンメイデンU”は知らない間にヴィエナへ入国しており、猛スピードで飛行を続けていた。
 どこへ向かっているのか分からない飛行に不安を感じたのか、レオンが行き先を聞き出そうとに問い掛けた。




、俺達は今、どこに向かって飛んでいるんだ?」

「“アイアンメイデン”よ。シェーンブルン宮殿には、フェリーによってバリアを貼ってもらったから問題ないわ。
だからその間に、彼らと合流しようと思っているのよ」

「なるほどな。で、場所は分かっているのか?」

「“アイアンメイデンU”の目標地点を“アイアンメイデン”に設定してあるから、このまま放っておいても大丈夫
よ」

「それで、勝手にその方へ向かって飛んでいる、というわけか。さすが、だな」




 レオンが感心している間にも、“アイアンメイデンU”は目的地である“アイアンメイデン”に向かっていく。
 それはまるで、敵の本拠地に向かうかのごとく上昇していった。




「どうやらケイトは、トレスと一緒に“塔”へ向かっているみたいね」

「あんな、はっきりと砲撃を発見したんだから、当然だろうな。乗り込むことは無理でも、砲弾一発ぐらい撃ち込む
ことぐらい出来るだろうし」




 レオンの推測に、が同意するように頷くと、目の前に広がる青空を凝視する。
 それはまるで、目の前にいるであろう敵の“塔”を睨みつけているようにも見えた。






 雲を掻い潜り、その上に広がる世界へ到達する。
 そして目の前に見える2つの点から、レオンとは目を離さすことなく見つめていたのだった。

















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