雲が下にある世界は、過去にも見たことがあった。
その時もそれなりの緊張感があったが、今回はそれとまた違う緊張感を味わっていた。
目の前に見える2つの点を示すかのように、レーダーモニターに映し出された赤い点が点滅している。
1つは“アイアンメイデン”、もう1つは“薔薇十字騎士団”の本拠地であろう物、“塔”である。
「スクルー、すぐにザグリーと変わってくれる? “アイアンメイデン”と交信する」
『了解した』
プログラム「スクラクト」を映し出された光が消え、すぐにまた光り始める。
しかし先ほどとは違い、ほのかに黄色く見える。
『呼んだか、わが主よ?』
「“アイアンメイデン”と交信を取りたいの。繋げてくれる?」
『了解。交信プログラム、起動開始。受信先、“アイアンメイデン”艦長、ケイト・スコット』
いつもならこの後、すぐにケイトの映像が画面に映るのだが、なかなか姿を現さない。
それどころか、彼女の声すら聞こえて来ないのだ。プログラム「ザイン」に負傷個所はないはず。
ともなれば、原因は必然的に、交信先である“アイアンメイデン”にあるということになる。
一体、何があったのだろうか?
「どうしたの、ザグリー? 何かあったの?」
『俺の方は問題ないんだが、交信信号が途中で途切れてしまって……、ん?』
「何かあったか、ザイン?」
『……こいつはヤバイ! “グレムリン”が進入していやがる!』
「“グレムリン”? 何じゃ、そりゃ? 何かの妖怪か?」
「……機械的センサーを全て騙すことが出来る、長生種が持つ特殊能力の1つよ」
鼻をほじりながら聞くレオンの質問に、横にいたが静かに答えた。
その顔は、少しだけ青くなっている。
「恐らく敵の長生種は、空港で待機していた“アイアンメイデン”に全てのセンサーを騙して潜り込み、攻撃の機会
を伺っていたってことになる」
「場合によっては、交信信号も遮断することも可能だってなわけか。……待てよ? そうなると……」
「そう。……機械であるトレスが一番乗っ取られやすいってことよ。相手の狙いも、そこにあると思う」
急に目の前にある点の1つが大きく赤く光り、白いものを吐き出しながら急降下し始めたのは、
がレオンに一通りの説明を終えようとしていた時だった。
彼女はすぐに電脳情報機のキーボードを叩き始め、
“アイアンメイデンU”の先端に取り付けられているカメラの映像を呼び出すと、そのまま画像を拡大させていく。
そしてそこに映し出された映像に、レオンとの顔色が一気に変わっていた。
「……やべえ、“アイアンメイデン”が!!」
「ルフィー、もっとスピードを上げて! このままじゃ、“アイアンメイデン”がヴィエナ市外に墜落する!!」
『了解しました。速度上昇、“アイアンメイデン”に接触します』
レーダーモニターを映し出していたプログラム「ルフェリク」に指示を送ると、
“アイアンメイデンU”が一気に速度を上げ、墜落している“アイアンメイデン”目掛けて突進し始める。
それを確認したがキーボードを打ち込むと、新たに現れた光が、彼女の指示を聞く前に答えを出した。
『“アイアンメイデン”に潜入するんでしょ、わが主よ? 大丈夫かい?』
「大丈夫も何も、あの2人を助けないと!」
「お、おい、ちょっと待て、! いくらお前でも、あの中に潜入するのは無理なんじゃねえのか!?」
「じゃあ、2人を見殺しにしろって言うの? そんなこと、出来るわけないでしょう!」
「誰も、そんなこたあ言ってないが……」
『わが主よ、“ダンディライオン”、喜べ! “ガンスリンガー”からの交信が入ったぜ!』
レオンの言葉を横切るかのように、プログラム「ザイン」の声が電脳情報機から響き渡り、
画面に1人の男の映像が流れ出す。
それはまさしく、2人が一番見たかった機械化歩兵の顔だった。
『“フローリスト”、“ダンディライオン”、応答を要請する』
「こっちはバッチリよ、トレス! よかった、無事に交信が出来て」
『だが、脱出装置を、“薔薇十字騎士団”幹部、メルキオール・フォン・ノイマンにすべて破壊され、脱出不可能な
状態になっている』
「くそっ、敵もやってくれるじゃねえか!」
「トレス、ケイトは無事なの!? ちゃんと呼吸している!?」
『肯定。すでにケーブルを取り外し、避難させている』
トレスはそう言うなり、画面に少しやつれた顔をした尼僧の顔を映し出す。
それは少しやつれているが、間違いなく、とレオンの見慣れた顔である。
その顔に2人とも安心して、思わず大きくため息をついてしまった。
「トレス、よく聞いて。今からそっちに乗り込んで、ヴォルファー経由で2人をこっちに……、“アイアンメイデン
U”に転送させるわ」
『“アイアンメイデンU”? ……例のミラノ公が言っていた輸送物のことか?』
「その通り。本当は驚かせようと思って伝えてなかったんだけど、この状況じゃ、そんなことも言ってられないから
白状するわ。詳しいことは、そっちについてからする。だからそれまで、ケイトのこと、頼んだわよ」
『了解。可及的速やかに救助に来ることを要求する、シスター・』
「勿論よ。任せて。――プログラム『ザイン』一時停止、……クリア」
の声に、電脳情報機から映し出されたトレスの映像が消えると、
再びレーザーモニターの画像が一杯に広がった。
墜落している“アイアンメイデン”との距離はあと5キロというところだ。
「レオン、ルフィーに指示を出してもいいから、あなたはそのまま走行を続けて。私はすぐに“アイアンメイデン”
に潜入して、ケイトとトレスを助け出して、そのまま戦艦を空中自爆させるわ」
「空中自爆だと!? お前はどうやって脱出するんだ!?」
「心配することないって。自爆機能を発動させたら、すぐにヴォルファーで戻って来るわ」
「……本当に、大丈夫なのか、それで?」
「あら、いつもなら、『お前なら大丈夫だ』って言ってくれるのに、珍しく心配してくれるの?」
「あのなあ、俺はいつだって心配しているんだぞ。ミラノで倒れた時なんて、俺、マジで焦って、どうしようか本気
で悩んでたんだぜ? まだ治ったのか分からない状態で、そう簡単に行かせられっかよ」
いつになく真剣な表情に、はレオンの気持ち痛いほど分かってか、思わず苦笑してしまう。
それとは逆に、こんなに心配される資格などないという心境にも陥ったのだが、それを表に出すことなく、
レオンの手を安心させるかのように強く握り締めた。
「心配してくれてありがとう。本当に嬉しいって思っている。けど、今の状況から考えて、2人を助け出すことが出
来るのも、ヴィエナ市外に向かって墜落し続けている“アイアンメイデン”を止めることが出来るのも私しかいない
のよ」
「それは分かっているがなあ……」
「このまま、2人を見殺しにすることなんて出来ないし、助け出したい。それは2人が、私にとって大事な『仲間』
であるのと同時に、大事な『友』だからよ。もちろん、レオンもそうだし、ヴィエナにいるアベルとユーグもそうよ。
……まあ、モニカは別格だけどね」
「仲間」などいないと思っていた。
ずっと1人でだと思っていた。
一生、そんな存在など、現れないかと思った。
しかし、今ははっきりと言える。
彼らは護らなくてはならない、大切な「仲間」だ、と
「だからお願い、レオン。ここは黙って、私を見送って。絶対に戻って来るって約束するから」
「……本当だな?」
「私が今まで、一度でも約束を破ったことがある?」
「それはないが……」
「なら、今回も信じて待っていなさい。それで戻ったら……、とっておきのBLTサンド、ご馳走するわ」
「……分かった。いいか、絶対に戻って来いよ」
「何か、今日のレオンは心配症ね。明日は嵐かしら?」
「おい、俺は本気でお前のことを……」
「分かってるわよ」
少々呆れたレオンに向かって、は笑顔を見せながら手を離したのと同時に、彼の頬にそっと唇を当てた。
それはまるで、何かを約束しているかのようで、思わずレオンの顔が赤くなりそうだった。
「それじゃ、あとでね、レオン。ヴォルファー、お願い、飛ばして!」
『了解。座標確認、目標地点、“アイアンメイデン”――移動開始』
「お、おい、ちょっと待て、! 今のは一体……!」
レオンが慌てたように声を上げた時には、もうすでにの姿はなくなっていた。
それでも、何かを言いたそうに、レオンは誰もいなくなったその場所に、ため息交じりで呟いたのだった。
「……くそう、ますますあのへっぽこ野郎が羨ましくなってきたぜ」
|