「……それでは今から、上空にあると思われる本拠地に向かうということですね、ガルシア神父?」
「はい。準備が整い次第、すぐにでも突入予定でいまして……」
「……お話の途中、失礼致します」
シェーンブルン宮殿の崩壊によって、
ベルヴェデーレ宮殿に避難したゲルマニクス国王ルードヴィッヒ2世のもとに、
警備にあたっていた軍服を身に纏った男が姿を現したのは、
ローマから来た2人の神父からの報告に耳を傾けている時だった。
膝にかかっている膝掛けを上に持ち上げると、車椅子に座っている少年は、
尋常じゃない荒れ模様を見せる相手の顔を見て、不審そうに声をかけた。
「そんなに血相をかいて、どうしたのですか?」
「はい。実は、こちらにおられる神父様の同僚と申される者が、陛下に会いたいと申しておるのですが……」
「おい! ここは立ち入り禁止区域だぞ!!」
横にいる男と違う声が扉の先から聞こえ、それに気づいた時には、すでにその扉が左右に大きく開かれていた。
そこから現れてきた人物に、真っ先に反応したのは、
中に入ってきた者と同じ僧衣を身に纏っている2人の神父だった。
「へっぽこ! お前、何しにここへ来たんだ!」
「卿は“アイアンメイデンU”で待機しろと言ったはずだ。どうしてここにいる?」
「事情が変わったんです。……こちらが、国王陛下ですか?」
レオンとトレスに答えになっていない答えを返すと、アベルは周りに関して特に気にも止めず、
彼らの前にいるルートヴィッヒの前に片膝を立ててしゃがみ込んだ。
そして内容を、1つ1つ丁寧に話し始めた。
「私、教皇庁国務聖省巡回神父、アベル・ナイトロードと申します。国王陛下にご協力をお願いしたく、参上した
次第でございます」
深々と頭を下げると、そのままの体勢で、アベルは若き国王に、
自分の願い、いや、の願いを彼に打ち明け始めた。
「実は、私達の同僚であるシスター・・が、“塔”を破壊するようにと伝言しに来たのです」
「……シスター・・?」
「はい。彼女は非常に優秀なスタッフで、私達よりも少し遅れてヴィエナ入りする予定でした。しかし、とある事件
に巻き込まれてしまいまして……、命を落としてしまったのです」
本当は生きていると、大きな声を張り上げて叫びたかった。
しかし、後ろにいるトレスとレオンの反感を再び買ってしまうことを恐れ、ここはその想いを押し殺した。
「何としてでも、彼女の願いを叶えたい。しかし私には、こちらにいるガルシア、イクス両神父と、空中戦艦艦長で
あるシスター・ケイトしかおりません。ですので……」
「うまい冗談をおっしゃいますね、ナイトロード神父。……とりあえず頭を上げて、立ち上がって下さい」
アベルの言葉を中断させるかのように、車椅子に座った若き国王が笑顔で話し掛ける。
その表情は、まるで何かを確信しているようにも伺える。
「シスター・が……、いいえ、私としては、大尉の方が親しみがありますね」
「……彼女を、ご存知なのですか!?」
「昔、まだ私の足の自由が利いた時、父とともにローマを訪れましてね。当時、前聖下の護衛役だった彼女にいろい
ろと観光名所を案内してもらったことがありました。今でもしっかりと、あの時の顔を覚えています」
の昔の経歴を知っている者は数少ない。
その、数少ない者達の1人がこんなところにいたとは思ってもいなく、
アベルを始め、そばにいるトレスとレオンも驚きの表情を隠せないでいた。
「それじゃ、陛下は俺達の知らないも知っているんですか?」
「まあ、どこまであなた達が知らないかは分かりませんが、もしかしたらそうかもしれませんね」
「……あいつの人脈、どこまであったんだよ……」
レオンが呆れたように呟くと、横にいたトレスが、ルードヴィッヒの発言に対する疑問点を相手にぶつけた。
「卿は今、ナイトロード神父の発言にうまい冗談だと言った。それは一体、どういう意味だ?」
「私は、彼女が普通の人間とは違う力を持っていることを知っています。現に私は、彼女が使っているプログラムを
実際に見たことがあります」
「だが、今回はそのプログラムが作動する前に事件に巻き込まれた。生きている確立は、0.01パーセントも満た
していない」
「いいえ、彼女はきっと、どこかにいますよ。……私達の見えないところに」
この自信は、どこから湧き上がって来ているのだろうか。
その場にいた3人の神父が同じような疑問を持つ中、相手は何も気にしないように、
膝にかかっている膝掛けを再び手前に引っ張り、大きくため息をついてから発言を再開した。
「大尉は、昔から隠れるのが得意な人ですからね。教皇庁内の庭園で、何度もかくれんぼをして遊んだのです
が、なかなか見つからなかったんです。今回も同じように、どこかへ隠れているのではないですか?」
「否定、ルードヴィッヒ国王陛下。シスター・は……」
「ま、あなた方がそうお思いならば、とりあえずこの話はこれで終わりにしましょう」
トレスが何か言いかけたが、ルードヴィッヒが手を上げたため、発言が中断されてしまった。
本当は続けたかった言葉を飲み込んだように見えるトレスから、
視線を再びアベルに戻すと、まるで彼の心を呼んだかのように質問を投げかけた。
「大尉からの頼みでしたら、こちらも喜んで手助けさせていただきます。兵は何人必要ですか?」
「……出来るだけ多く。敵が何人いるのか、こちらも特定していないので」
「分かりました。陸軍隊を1つ、援護ということでお貸ししましょう。指揮はガルシア神父、あなたにお任せしても
よろしいですか?」
「え、ええ。そりゃ、喜んで」
アベルもレオンも、少し驚いたように答えると、
ルードヴィッヒは後ろに控えていたザイドリッツ中将に何かを命令し始め、その間にレオンが、
アベルに不思議そうに問い掛けた。
「お前、いつからの伝言って奴をもらったんだよ?」
「シェーンブルン宮殿でです。私が目を覚ます前に、さんが意識の中に入って来まして、そう伝えたのです」
「で、今になって思い出したというわけか。……あいつも、最後の最後まで準備がいいな」
まるで、すべてがの思惑通りに進んでいるように感じて、思わず呆れ顔になりそうだ。
もし目の前にいたら、きっと彼女は少し苦笑しながら、そんな彼の顔を見ているだろう。
しかしその顔も、もう見ることが出来ないと思うと、急に胸に穴が空いたような気分になって、
意味もなく苛立ちそうになった。
しかし、これはまぎれもない事実なのだから、その現実をしっかり受け止めて、
彼女の分まで、責任を全うしなくてはならない。
「……それでは、あとのことはお願いします。皆さんのご無事を、心の底から願っています」
「はい。陛下のお心使い、誠にありがとうございました」
「卿の協力、感謝する、ルードヴィッヒ国王陛下」
「軍のことは心配なさらず、俺に任せて下せえ」
3人の神父が、それぞれ一礼をすると、ルードヴィッヒに背を向け、扉に向かって歩き始めた。
そしてその扉が神父達を飲み込んでから閉じられると、ルードヴィッヒはテーブルに置かれている紅茶を口に運び、
ティーセットの横にある二つ折りにされている紙を見ながら、ぽつりと呟いたのだった。
「あなたのご意志、ちゃんと受け渡しましたよ、大尉。……いえ、今はシスター・と言った方がいいん
ですかね?」
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