到着した直前に襲ってきたのは、警備室で見張りをしていた敵の集団だった。
しかしプログラム「ヴォルファイ」から事前に情報を入出していたの右手にはすでに銃が握られていて、
サブマシンガンモードで一気に撃ち始めた。
「思った以上に、人が多いじゃないのよ!!」
左手に電脳情報機を持っているせいで、今は左手でしか撃つことが出来ない。
途中、接近してくる吸血鬼に向かって蹴りなどの体術を加えながら、一通り倒し終えると、警備室に抜ける扉のノブを銃で破壊し、
扉を蹴り押した。
中にも人が誰もいないのは予想外な展開だったが、無駄な力を使わずにすんで少し安心した。
出来ることなら、体力は温存しておきたいと思っていたからだ。
「さて、やりますか」
目の前に広がる電脳知性のコントローラーの近くに電脳情報機を置くと、ふたを開き、横にあるコードを伸ばし、
電動知性の上にあるプラグの中の1つに差し込む。
そして電脳情報機を一気に打ち込み、修正プログラムを起動させる手配を始めた。
「プログラム『フェリス』、私の声が聞こえますか?」
『聞こえています、わが主よ。スフォルツァ城内電動知性修正プログラム、無事に準備完了しています』
「ありがとう。じゃ、あとは……!」
プログラム「フェリス」に確認をした直後、の脇腹が急に激痛に襲われ、
その場に崩れるようにしゃがみ込んでしまった。
この痛みは、確かに銃弾に撃たれた感触に似ている。
いや、全く同じ痛みだ。しかし、ここの前にいる敵の集団はすべて倒し終えている上、
服には血の色すら見えていない。
(まさか……、アベル、やられたんじゃ……!!)
はっきりとは分からないが、かすかに血液が減っているのが分かる。
普段ならこれぐらいのことでふらつくことはないのだが、なぜか今回に限っては、
そうとも言っていられないらしい。
意識が少しずつなくなりそうになったが、ここで倒れるわけにもいかず、は痛みを押さえながら、
その場に立ち上がろうとした。
が、うまく力が入らないくて、すぐに崩れてします。
『“クルースニク02”の血液が減ってきています。……どうやら、「あの方」が言っていたことは正しかったよう
です』
「フェリー……、とりあえず修正プログラムを……」
『まだ、基盤の修正が終わっていません。……鎮痛剤を撃ちますか?』
「アベルも同じ状態なら、私だけズルするわけにはいかないわ。……仕方ない、このままやるしかないわね……」
何とか前に屈み、電脳知性の表面を囲む鉄板に手を翳す。
白いオーラが現れ、目の前にある鉄板の淵を囲むと、8方に設置されているボトルが勝手に回りだし、
そのまま地面に落ちた。
鉄板を取り外して、近くの壁に寄りかからせると、目の前に巨大な基盤が出現した。
これが、この電動知性の土台になるプログラムが収録されている基盤だ。
「思った以上に、滅茶苦茶にしてくれたわね……。……セフィー、いる?」
『ここにいます、わが主よ』
の横が小さく光だし、そこから現れた2つの羽根が生えた少女――プログラム「セフィリア」が出現すると、
の用件を聞く前に、基盤の1ヶ所に向かって飛び始めた。
『基盤修正は、私の方で行います。あなた様はそのまま、しばらくお休み下さい』
「ごめん、セフィー。……頼んだわ……」
プログラム「セフィリア」は画像転送の他に、基盤や配線の修正などの補佐能力も持っている。
本当は共に行おうと思っていたのだが、予想以上に痛む脇腹のせいで、それすら出来ない状況まで陥ってしまっていた。
後ろにある壁に寄りかかり、天を仰ぐように見つめ、ゆっくりと目を閉じる。
意識を集中させ、体が軽くなる。
あまり使いたくなかった「力」だったが、今はそんなことを言っていられない。
はさらに意識を集中させると、視界が徐々に明るくなっていった。
やがて目の前に先ほどの喫茶室の映像が映し出され、そこからどんどん奥の道へと進んでいく。
途中から、何者かの血の跡が床に落ちていて、それが道しるべのごとく進んでいく。
……敵にやられたアベルのものだ。
(予想以上に、大変なことになっているじゃない……)
がそう思っているうちに、東館を抜け、敷地内にあるトンネルの中へと進んでいく。
少し進んだ位置で視線が止まると、そこにアベルのケープを羽織ったカテリーナと、
そのカテリーナによって応急処置されているアベルの姿があった。
1月のミラノはローマほど寒くないとは言えど、大怪我を追っているアベルにとって、
すぐ側で流れる水路から立ち上がる冷気は体力を奪ってしまって逆効果な場所だった。
(早く、何とかして助けなくては……)
目を開けると、警備室の天井が飛び込んで来て、再び現実に引き戻された感覚に襲われた。
相変わらず腹部の痛みが酷いが、さきほどよりも少し力が戻ったようにも感じられる。
自分だけ助かるのはよくないと思っていた。
しかし現状を知った今、そうとも言っていられない状況に陥っていた。
「……フェリー……、やっぱ鎮痛剤……、打ってくれる?」
引き続き呼吸を荒くしたまま、基盤の修正を待つプログラム「フェリス」に言う。
「少しでも早く作業を進めて……、アベルのもとに……、行かないといけないから……」
『“クルースニク02”の安否を確認されたのですか、わが主よ?』
「ええ。今のところは大丈夫だけど、あのままじゃやばいわね。……私がこんな状況になっているって知ったら、
きっと彼、自分をおもいっきり責めてしまう。だから少しでも治して、心配かけないようにしないといけない」
『相変わらずですね、あなた様は。――No.055、銃撃専用鎮痛剤を投与します』
腕時計式リストバンドの文字盤の裏から針が出現し、軽く手首を突き刺すと、
そこから流れる液体が体内に浸透していく。
プログラム『フェリス』の銃撃戦用などの鎮痛剤は即効性があるため、投与されて数秒後、
先ほどの痛みが嘘みたいになくなり、顔に赤みが出てき始めていた。
「ありがとう、フェリー。……セフィー、今、どれぐらい出来てる?」
『あと5ヶ所で終了です。すぐに終わらせます』
「じゃ、3ヶ所やるから、あなたは残り2ヶ所やって。……少しはやらないとね」
ようやく見せる笑顔に、プログラム「セフィリア」は少し安心したのか、
に残り5ヶ所のうちの3ヶ所を任せ、目の前にある基盤の修正に取り掛かった。
基盤の端子に張り付いているコードを切り、外のパイプを起用に外し、新しいコードを表に出す。
それを正しい端子の上に押さえつけ、プログラム「ヴォルファイ」によって出現した半田ごてで固定する。
プログラム「セフィリア」には半田ごて代わりの「光」で固定出来る分、作業は短縮されていいのだが、
自分で仕上げる達成感はこの方が大きい。
「よし、これで全部完成ね。フェリー、修正プログラムをロードして」
『了解。これより、スフォルツァ城内電動知性修正プログラムをロードします。所有時間は10分です』
「10分か。思った以上に早……」
言葉を横切るかのように、警備室の外から足音が鳴り響く。
それも1人ではない。最低でも10人は確実にいる。
先ほど倒した連中が、目を覚ましたというのか!?
「やばい、もう気がついたの!?」
『いいえ、これはまた違う集団です。ここは私に任せ、あなた様は外の吸血鬼を倒して下さい』
「分かったわ、フェリー。私がここを出たら、扉に抵抗バリアを設置して」
『了解しました』
は双方に収めてある銃を取り出すと、それぞれ銃弾を確認し、ロックオン状態にする。
そして扉に這いつくばると、後ろで銃を構える音がして、こちらに向けられている気配を感じていた。
大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐く。
気持ちを落ち着かせようとしたことは今までなかったが、先ほどのこともあり、
なぜか慎重になってしまっている。
あと9分で、電動知性が再び正常に起動を開始し、電波障害を解除させる。
その間、何があろうと止めなくては……!
「撃てー!」
外で聞こえる合図と共に、はドアを押し倒し、銃弾の雨に飛び込んでいく。
サブマシンガンモードで一気に撃ち抜こうとするが、相手は吸血鬼、“加速”を見事に使い、
簡単に避けていってしまう。
それでもなお、は残り8分という長い時間耐え抜くため、
まるでダンスのステップを踏むかのように引き金を引いていった。
残り5分のになったところで、集団の1/3近くを倒すことに成功したは、
そのまま集団の中に突っ込んでいった。
この分なら、無事に全部倒すことが出来るはず――。
「――がっ!」
そう、思っていた時だった。
先ほどと同じ痛みが、今度は左肩を直撃したのだ。
思わず銃を落としそうになったが、それを辛うじて押さえ、右手の銃を敵に向けて発射するが――。
「――はあっ!」
右手を掲げた瞬間、今度は太股を貫通するような痛みが走り、その場に身を追ってしゃがんだ。
(まさか、あの体で……!?)
遠く離れているアベルの姿が目の前に移っているかのように、は心の中で叫ぶ。
どうしてあの男は、こういつも無理ばかりするのだ!?
思わずそう訴えそうになったが、今はそれどころではない。
何とかしてこの敵襲を押さえなくては!
「フェリー! 鎮痛剤って、もう1発打てれたかしら!?」
『それは無理です、わが主よ。それ以上打ってしまったら、後に襲うであろう痛みに耐えられません』
「となると……、どっちかが使うしかないのね……、くっ!」
が使っても構わないのだが、今の状態では確実に暴走してしまう。
自分が暴走してしまえば、テロリストだけではなく、彼らに囚われている人質にも被害が及んでしまう。
となると……、アベルが動き出すまで待つしかない。
痛みを堪えながら、何とかして銃を持ち直し、フルロードモードにして敵に向かって撃ち始める。
先ほどまでの気迫はないもの、普通の強装弾よりも倍の威力を発する銃弾のお陰で、確実に敵をしとめていく。
あと半分と言ったところであろうか。
修正プログラムのロード完了まであと3分。
その間だけでいいから、持って欲しい。
そう願いながら、が再び銃の引き金を引こうとした、その時だった。
「―――!!!」
声にならない叫びと共に、呼吸が出来なくなるぐらい胸を一気に締め付けられていく。
苦しさのあまりに声も出ず、胸元あたりの服を強く握り締め、その場に膝待ついてしまう。
(これは違う……。アベルがこれだけで暴走するはずがない……!!)
暴走が起きれば、毎度のように襲われる胸の痛みに苦しむ。
しかし今回は、そんな甘いものではない。今まで何度も暴走をするために苦しめられたが、
ここまで酷いのは初めてだ。
しかも相手は、確実に暴走などしていないはずだ。
なら、この苦しみは一体何なんだ!?
『……危ないです、わが主よ!!』
突然聞こえてきたプログラム「フェリス」の声で、とっさに我に返ると、
目の前に銃弾を掲げた1人の吸血鬼が立ちはだかっていたのだ。
いつもならすぐに避けれる範囲でも、この痛みを抱えたまま避けるのは至難の業だ。
プログラム「フェリス」は修正プログラムをロード中な上、扉の前に抵抗バリアを貼っているため、
の前にまでバリアを張ることは不可能である。
「悪あがきもここまでだ、短生種!! 死ねー!!!」
敵の銃が引き金に伸び、一気に引かれる。相手の銃口は確実にの頭に狙いを定めているため、
当たれば即死する以外の結果は生まれない。
普段だったらすぐに避けるはずが、体が何も言うことを聞かない。
(駄目……。私はここで……、こんなところで死んではいけない!!)
心の中の言葉がこだまするかのように響き渡った、まさにその時だった。
「――がっ!」
敵の攻撃を避けられず、このままやられると思ったその時、耳元に入ってきた声は、
今自分の頭を撃とうとしていた敵の声だった。
どうやら、頭を何かで貫かれたらしい。
攻撃される直前に閉じた目を苦しみながらもゆっくりと開くと、目の前に光を帯びた人物が立ちはだかり、
の前にバリアを張っていた。
その光が人型にゆっくりと変形し、回りにいる敵の前に手を翳した。
地面が急に揺れ出し、次第に亀裂が入り出す。
そしてそこから出てきたのは……、太さ約3センチの巨大な無数の針だった。
「ぐあーっ!!」
生き残っていた吸血鬼達が、一気に針山の犠牲になって串刺しにされていく。
その光景を、が信じられないように見つめていた。
それもそのはず。
これと全く同じ光景を、彼女は遠い昔に目撃したことがあるからだ。
(これは、No.143――スティリアル!)
スティリアル――地面の奥底に眠っている粘土を瞬時に固め、鉄のように硬くさせたのち針状に削られ、
地上に呼び出して攻撃することが出来る戦闘プログラムだ。
しかし使えるのは、これを作成した者しかいない。
(まさかそんな……、そんなこと、ありえない!!)
このプログラムを作った人物は、はるか昔、自分の命を犠牲にしてある戦闘機の暴走を止め、
それによって使い物になってしまって消去したはずだ。
しかもそれを完全消滅させたのは、誰でもない自身だ。
確かにあの時、消去プログラムに間違いはなかったはずなのに……!
(時が近づいてきている……)
脳裏に響く声は、間違いなく「彼女」の声そのものだ。
だが信じられなくて、思わず耳を疑ってしまう。
(早く「あれ」を解放させないさい。そうしなければ、あなたと彼は……)
光が徐々に大きくなり、の体を包み込む。
優しいオーラのような光が、左肩と太股の痛みと同時に、胸の苦しみを和らげた時には、
は気を失い、その場に倒れこんでしまっていたのだった。
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