次に目が覚めた時、は誰かに抱えられている感覚に襲われ、どこにいるのか、
一瞬分からなくなりそうだった。
「おっ、気がついたか」
上から聞こえる声に、定まっていなかった視界がはっきりとし、ゆっくりと見上げる。
そこにあったのは、安心したようなレオンの顔だったのだ。
「レオン……、私……」
「ようやく到着して、本館の中に入ったら、お前が警備室の前で倒れていてよ。一瞬、心臓が止まったかと思ったぜ」
地面に下ろされ、自分が大広間の前にいることに気づき、現状を一気に飲み込もうとしていった。
そうだ、人質は一体、どうなったんだ……!?
「レオン、人質はどうなったの!? みんな無事!?」
「心配するこたあねえよ。お前が目を覚ます前に、この周辺にいた吸血鬼どもは全滅させた。変な首輪みたいなのが
付けられていたのもいたが、それも全て外したぜ」
「そう……、……よかった……」
肩の力が一気に抜け、それを表すように大きな安堵のため息が漏れた。
そしてふと、あることを思い出した。
「ねえ、レオン。聞いていいかしら?」
「ああ、構わないぜ」
「私が倒れていた時、周りにほら……、何かこう、太い針みたいにとがったものが地面から突き刺さっていなかっ
た?」
「いや、そんなもんなかったぜ。あったのは、お前がやっつけた吸血鬼どもの死体だけだったが……」
やはり「彼女」だ。
「彼女」がすべてを仕掛けたに違いない。
何かを確信したかのように、の顔が一瞬鋭くなる。
だとしたらなおさら、「彼女」が生きている理由が気になるところだ。
一体、どうやってあそこから抜け出せたのだろうか……。
「それより、お前、ちゃんと食ってるか? スゲー体、軽かったけどよ」
とっさに言われて我に返っただが、それと同時に、横にいる巨漢の発言に、何かを思い出したかのように反応した。
「レオン、あなたずっと、私を抱えていたんじゃないでしょうね?」
「ああ、まあ、さすがに首輪外していた時には下ろしたが、それ以外は……」
「そんな胸毛丸出しの服で抱えたんかい、この破廉恥神父!!」
「ウガッ!!」
予想もしていなかった衝撃に、レオンは頭を抱えたままその場にしゃがみ込む。
そして自分がどっ突かれた理由が理解出来ないのか、に反撃を仕掛けた。
「、てめえ、何しあがる!?」
「何って、それはこっちの台詞よ! どうしてその場で起こしてくれなかったのよ!?」
「何度も名前呼んでも起きなかったから、抱えるしか方法がなかったんだ。嫌だったら、その場で目え覚ましゃあ
よかったじゃねえか!」
「もし目が覚めなかったら、ロレッタをそばにつかせるとか……って、ロレッタは!?」
「今、客人達に紅茶を淹れている。その効果もあってか、大分落ち着いているみたいだがな」
「そう……。……そっか、みんな……、無事だったのね」
頭を抱えながら立ち上がると、が再び安心したような顔を見て、
レオンは何も言わずの頭をクシャクシャっと撫でた。
さきほどのどっ突きは確かに痛かったが、それと同時に、いつものに戻ったことに彼自身も安心したらしい。
「おっと、安心している場合じゃなかった。……、アベルとミラノ公がいる位置、予測出来るか?」
「さっき『見た』感じだと、東館を抜けた、屋敷内のトンネルにいたみたいだったけど……。今もそこにいるのかし
ら」
目を閉じ、再び意識を集中させると、闇に包まれていた視界が明るくなり、先ほどのトンネル内を映し出す。
アベルの怪我がなくなっていて、は心の中で安堵のため息をつく。
しかし、クルースニク化したアベルに降参するかのように去っていくバルハザールの姿を見つけた上、
近くにはガレアッツォが恐怖の色で染まっている。
この様子だと、「あの姿」を見られた可能性が出てくる。
一方カテリーナの方は何かの衝撃で気絶しているようだが、どうやら命に別状はないらしい。
「……どうやら、アベルとスフォルツァ猊下はまだトンネル内みたいね」
「そうか。そんじゃ、一気に行くとするか」
「うん」
場所を確認するかのように目を開けると、はレオンと共に、東館に続く道を走り始めた。
一瞬、プログラム「ヴォルファイ」を使うことを考えたのだが、
これ以上ガレアッツォを驚かせるのは危険だと察知し、今回は自分の足で向かうことにした。
東館に続く道を途中で曲がり、目の前に見えるトンネルの中に入っていく。
薄暗い筒の中で、2人の足跡がこだましていくと、かすかにだが、小さく人の姿が3つ見え、
それを確信するように、遠くから何者かが恐怖に満ちた声を出して叫んでいるのが耳に入ってきた。
「げ、猊下から離れろ、怪物!」
は叫ぶ声を聞いて、すぐにガレアッツォのものだと分かり、少しだけ走るスピードを上げた。
アベルの「もう1つの姿」を見た今、ガレアッツォが彼に対して何もしないはずがない。
何とかして止めて、彼が悪者ではないということを証言しなくてはいけない。
「……ええっと、大尉、落ち着かれて下さい。私はですね――」
「よ、寄るな、化け物!」
アベルの説得で、ガレアッツォを納得させることなど無理な話である。
かと言ってカテリーナが説明したところで、相手が素直に信じることなんで出来るはずがない。
ここは第三者である自分かレオンが説得させるのが一番効率いい方法だ。
そんなことを考えていた時、奥から銃声らしき音がして、とレオンの顔が一瞬驚きの表情を見せた。
もしや、相手が攻撃を仕掛けて来たのか!?
「レオン! 急がないと、アベルと猊下が……!」
「心配いらねえよ。……あの銃声は、別の方向から聞こえた」
思い返すかのように、は頭の中で再び銃声を鳴らした。
音は確かに散弾銃だが、手前から奥ではなく、奥から手前へ流れていったようにも感じられたが、
もしそうだとしたら、アベルが人間――しかも短生種に向けて発砲することなどまずあり得ない。
だとしたら、一体誰が……。
「大尉、私にとって人の命は平等じゃないわ」
銃声の答えを出すかのように、トンネル内に女性の声が響き渡る。
それは2人が聞き慣れた麗人のものだ。
「あなたが100人いるより、彼と2人の方が、私にとっては大切なものなの。――分かったら、すぐに銃を
捨てなさい」
麗人の言葉に、は思わず顔をしかめてしまった。
発言自体は間違っていないかもしれないし、自分の力を認めてくれたのもありがたいことだ。
しかしこれでは、逆にガレアッツォを責める形になって逆効果だ。
距離が縮まるにつれ、3人の姿が大きく見え始め始め、ここでようやく、
カテリーナが持つ銃の先がガレアッツォの頭部に向けられているのが分かる。
彼女の目は言葉同様、冷え切っていた。
「ちくしょおおおおおおっ!」
喉が破れたような絶叫が響き渡り、手元から落ちそうになった銃を鮮やかに回転し、
カテリーナの眉間に狙点を定めているのが鮮明に見え、はすぐに懐にある銃を取り出そうとした。
しかしそれを阻止するかのように、レオンがスピードを上げ、を抜いていく。
「レ、レオン!?」
が少し戸惑いながら言った時には、レオンはすでにガレアッツォに近づくにつれてスピードを遅くし、
背後から拳を掲げ、相手の頭に振り下ろしていた。
「おい、兄ちゃん、うるせえよ」
鋭く打ち込まれた拳がガレアッツォの頭頂部を殴れつけ、冗談のような鮮やかさで白目を剥いて倒れている。
さすがのも、ここまで強いどっ突きは一生出来ないことだろう。
「子供がこんなもん持って遊んでるんじゃねえよ、馬鹿たれが。……いよう、待ったか、へっぽこ?」
「レオンさん!? それに、さんも!!」
アベルが目をこぼれんばかりに見開くと、レオンの後ろで息を少し切らしながら立っていたが、
苦笑交じりでアベルの顔を見た。
日ごろからプログラムに頼りすぎているせいで、持久力が思った以上にないことを痛感してしまう。
「レオン・ガルシア、ただ今、帰還しました。少々遅れまして申し訳ございません。……ご無事でしたでしょうか、
猊下?」
「……ええ、私は何とか」
深いため息をつきながら、重い散弾銃を大儀そうに下ろしたその姿は、
ようやく力が抜けて倒れてしまいそうだった。
「それより、現状はシスター・ロレッタから聞いていますね? 来賓の中に、テロリストに爆薬を仕掛けられた者が
若干います。至急、助けてあげて下さい」
「妙な首輪のことをおっしゃっているのでしたら、こちらに来る前に全部外して参りました。被害者はゼロでありま
す」
「そう。……それなら、結構」
アベルが散弾銃を受け取るかのように手を差し出すと、カテリーナはそこに銃を載せて、アベルの方を見た。
正確には、何か物言いげな目で自分を見つめていることに気づき、片眉を上げて見つめていたのだが。
「どうかしましたか、アベル?」
「あ、いえ……、出来れば……、あなたにこんなものを撃たせたくはありませんでした」
「……あなたが気に病む必要はありません。必要だから、私は彼を撃った。――ただ、それだけのことです。あなた
がいちいち気にすることじゃないわ」
「彼が気にするのも分かりますわ、スフォルツァ猊下」
しばらく黙って聞いていたが、アベルの持っている散弾銃を取り出し、おもむろに床に向かって撃ち始めた。
部屋中に銃声が響き渡り、外部の音がすべて遮断されてしまう。
それを分かってか、はそのまま、銃弾がなくなるまで撃ち尽くしてしまった。
「私も出来れば、こんなものを持たせたくありませんでしたし、先ほどの猊下の行動すら不満に思えています。いく
らアベルの身が危なかったからとは言え、発砲するまでしなくてもよかったのではないかと思うのですが?」
「さんのおっしゃる通りです、カテリーナさん。私は――」
「アベル、、私はあなた達と違うわ」
アベルの言葉を強引に差し挟み、表情や声とは裏腹に、言葉だけは柔らかにカテリーナは首を振る。
「私にとって、命の価値は平等じゃない。だから、もし大切な命をそうでない命が奪おうとしたら、私はその命を消
すことに何の躊躇いも感じないわ」
「…………」
アベルがなおも何か言い返そうとしたが、それを遮断するかのように、
カテリーナの耳元につけられているイヤリングの無線機が小さく電子音を鳴らし始めた。
どうやら、無事に修正プログラムが起動しているらしい。
「……シスター・ケイト?」
言葉を継ぐチャンスを失ったアベルに背を向け、
カテリーナは無線機の奥にいるであろうケイトと状況を確認し合う。
その姿を見ながら、は手にしていた散弾銃を地面に落とし、アベルの様子を伺った。
「結局、辛い想いをさせてしまったわね。……ごめんなさい」
「さんが謝ることじゃありません。電動知性のプログラムを正常に戻して、通信可能にしてくれたじゃないで
すか」
「でも……、銃弾で撃たれた衝撃、酷かったから……」
思わず口に出してしまった言葉に、ははっとしたようにアベルの顔を見た。
彼も何か驚いたように、の顔を見つめていた。
「それ、一体どういう意味ですか、さん!? 暴走した時以外、あなたが害を受けることはないはずです!」
「それが……」
「『そちらでも何かあった』とはどういうことなの、シスター・ケイト?」
が理由を述べようとした時、それを遮断するかのように、彼らに背中を見せているカテリーナが、
無線機から聞こえるケイトに向かって、何かを突き動かされるように問いかける。
そして詳しい情報を手に入れたらしく、顔から一気に血の気が引いていった。
「……いかがなされましたか、猊下?」
レオンが声をかけても、カテリーナはすぐに言葉を発しようとはしなかった。
一体、何が起こったのだろうか。
「……、あなたは明日、1日だけローマに戻りなさい」
数分後、カテリーナの口からこぼれた声はいつもと変わらない冷静さで部下に命じた。
しかしその次に出た言葉は、まるで悪夢でも見た後のように震えていた。
「30分前、ローマの聖天使城が正体不明のテロリストに襲撃され……、……“教授”が重症を追い、危篤状態だと
いう連絡が入りました」
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