「……ねぇ、アベル」
「何ですか?」
「私達、あとどれぐらいこの体制でいなくちゃいけないのかしら?」
「さあ? 私にも分からないですよ」
胸元から聞こえるの声に、アベルが小声で答える。
しかしその声は妙に優しく、は疑うかのように相手に問い質す。
「アベル、あなた……、密かに喜んでたりしてないでしょうね!?」
「シーッ! さん、声大きいですよ!!」
左右に揺れる棺桶の中で、アベルが少し焦ったかのように言うと、
ちょうど城の門番らしき男の声がして、は慌てて口を積むんだ。
「そなた達、何用だ?」
「実は、どうしても教皇聖下に申し上げたいことがあります。通してもらえませんか?」
「申し上げたいことは……、その棺桶のことか?」
「作用でございます。どうか、お願いいたします」
「……よかろう。中に入れ」
思った上にすんなり入り、再び棺桶が左右に揺れる。
それを抑えるかのように、アベルはをしっかり抱きしめた。
「抱きしめる」とは言えど、2人は今、赤く染まった包帯にグルグル巻きにされた状態で棺桶の中にいる。
そのため、2人の体がものすごい勢いで密着しており、身動きが一切出来ない状態になっていたのだ。
その中でも、は顔が赤くなりそうになるのを抑えるので必死だった。
(……アベル)
(はい、何でしょう?)
声には発していないのに、2人は会話をし始める。
一体、どこから聞こえているのだろうか?
(……私、ちょっとやばいかも)
(どうしてですか? ……また、気分でも悪くなさいましたか?)
(ううん、気分はいいの。かえって……、気分がよすぎて寝そう)
(わーっ! 寝ちゃ駄目です、さん!!)
現に、アベルの胸元はいつも温かい。
そのせいで安心してしまうため、に睡眠の魔の手が迫ってきたのだった。
(どうしよう、本当に眠いんだけど)
(駄目です! 何があろうと、絶対に駄目です!!)
(そうよねぇ。あー、でも、本当に辛い……)
(あ、何か、怖い話とかします? そうすれば、眠くならなくなりますよ)
(寝なきゃいけない時に寝れなくなるので結構です)
「―――お忙しいところ失礼します、聖下」
睡魔に襲われたままのと、それを必死になって止めようとするアベルが入った棺桶と、
特に何も変化のないトレスが入った棺桶が、無事にアルフォンソのところへ到着したらしく、
部屋の中に入っていく。
もっと長い道のりだったら、多少でも寝ることは可能だったかもしれないが、ここまで来てしまったら不可能だ。
(さん、終わったら思う存分寝てもいいですから、ここはとりあえず耐えて下さい)
(誰のせいでこうなったと思っているのよ、もう……)
ため息をつきながら、何とか目を開けて、外の話に耳を傾ける。
棺桶の蓋がガタガタいい出し、そのまま開かれる。
電灯の光が、一気に棺桶の中に注がれていった。
(う〜っ、眩しいですねぇ〜、これ。包帯で巻かれていても、しんどいですよ)
(私はそっちの方が、目が覚めてよかったかもしれない……)
相変わらず眠い目を瞬きさせて堪えながら、真っ暗なことを後悔してしまう。
ここまで来ると、早く表に出れることを願うしかない。
は心の中で念じ始めた。
(主よ、私に早く、天の光を浴びさせて下さい……)
(さんそれじゃあ……、まるで天国に行く人みたいですよ)
(お願い、それは言わないで!!)
「まことに申し上げにくいことながら……、お2人は1部の市民達に殺されたのでございます」
アベルとがくだらない会話をしている一方で、外ではまさに生と死のさかえ目にいる市民を代表して、
セイゲルがアルフォンソにこの死体のことを説明していた。
その声に、2人がようやく耳を済ませる。
「昨夜、うちの宿の前で、何か争う声が聞こえまして。何事かといると、何人かの街の者がよってたかってこの方々
を襲っているではありませんか。これはいかんとあわてて駆けつけたのですが、すでに遅く―――」
「何ということだ。修道士を2人も……」
アルフォンソの声が震えているが、実際、この2人の修道院の身柄は“アイアンメイデン”に拘束中のままだ。
彼らには、新教皇庁のことを洗いざらい話してもらわなくてはならないからだ。
「それで、2人を殺した者どもの名は? そいつらを居所は分かるか?」
「はい。……実は、そのうちの1人をここにとっ捕まえてきています。お会いになれますか?」
「すぐに連れて来い!」
棺桶がある奥の方から、手錠がかけられたユリウスが突き出されたのか、床に振動が走る。
ここから彼が、無事にアルフォンソを人質に取れるかどうか。
はまだ心配だが、後戻りが出来ない今、彼にすべてを任せるしかない。
「ほう、これはこれは……。誰かと思えば、伯爵閣下ではないか! 急に城から姿を消されて、随分と心配したぞ?
客人を放って、城の主人がどこにおでかけだったのかな?」
「客だと? 図々しい! 盗人猛々しいとはこのことだ、忌まわしい異端者どもめ!」
(エストニア伯……、本当に大丈夫かしら?)
(不安点は解消されていませんが、ここは彼を信じるしかないです)
信じることがあまり得意でないに、アベルが優しく声をかけるが、そう簡単に信じられるようになるわけがない。
1つだけため息をついてから、再び彼らの話に耳を傾けた。
「どうせ、もうすぐ貴様らは滅びるのだ! 教皇庁の追手がこの街に迫っている。お、お前らなど、この数日の命
だ!」
「生憎だが、伯爵。教皇庁は我々の所在を掴んでいない。仮に掴んだとしても、こんな僻地に軍を送るには時間がか
かる。……ここにいる限り、我々の安全は保証されているよ」
「安全? は、果たしてそうかな? お前達の襲撃から落城までの間、この私が何もしなかったと思うのか?」
「……どういうことだ? 伯爵、何が言いたいのだ?」
「…………」
徐々に時が近づくのを感じて、は手元に持っていたナイフを取り出し、敵にばれないように包帯を数本切って、
そこから手を出して、棺桶にナイフをそっと置いた。
これで、いつでも戦闘態勢に突入出来る。
(とりあえず、中にいる強化歩兵を何とかして押さえないといけないわね)
(ええ。……どうやらこの場には、“智天使”はいないみたいです)
(もしかしたら、他の場所に隔離されているかもしれないわね。ま、それも捕らえてからでも遅くはないし)
(そうですね)
「フリードリッヒ、そやつをここに連れて来い」
「はっ」
強化歩兵の1人だろうか。呼ばれた司祭がユリウスの腕を荒々しく捕らえ、その力の大きさに、
ユリウスがうめき声を上げる。
先ほどまで近くにあった影がなくなって、そこが明るく照らされる。
「もう一度聞くぞ、伯爵。貴様、何をやった? 教皇庁の動きについて、何をしているのか?」
「そ、それは……」
ユリウスの不安な声に、アベルもも、今すぐにでも飛び出した衝動に駆られていた。
しかし、隣の棺桶にいるトレスが動かない限り、作戦を実行させるわけにはいかない。
ここはとりあえず、ジッと耐えるしかない。そう思っていた時……。
「―――待て」
アルフォンソに問い質そうとしたユリウスを、後ろに控えていたもう1人の司祭が止めにかかる。
まるで、何かを見つけたかのように、後ろから前へ走り寄る。
「伯爵、その手を動かすな。……裾の中に何を隠している?」
「!?」
司祭の声に、アベルとの顔が一瞬しかめ面になる。
見つかったか!?
「―――聖下、お下がりを!」
「―――戦闘開始」
隣の棺から声が聞こえ、アベルがを抱えたまま起き上がり、周りを取り巻く包帯を解く。
横のトレスの体にはまだ包帯が巻かれたままだが、M13の銃口から噴き出した銃弾は、
首をすくめたアルフォンソの頭上を掠めていた。
「て、敵襲!?」
「偽教皇を捕らえろ!!」
3人の派遣執行官が各々の武器を抱え、アルフォンソに向けて走り始めた。しかし――。
「通さんぞ!」
「退がれ、異端め!」
道をふさぐように立ちはだかったのは、執務室内にいた2人の司祭――2条の鞭と2振の剣を持つ強化歩兵だった。
アベルとが双剣を持った司祭を、トレスは2条の鞭を持った司祭に立ち向かう。
「くっ……、ユリウスさん、早くデステ大司教を!」
アベルの銃弾はことごとく白刃に弾かれ、も強装弾装備で攻撃を仕掛けるも、
相手の方が動きが速く、そのまま銃弾が壁に打ち抜かれてしまう。
隣にいるトレスも、2人と似たように苦戦している状態だ。
このまま、アルフォンソを1人逃がすわけには行かない。
「何をもたついてるんですか、エストニア伯! 早く、デステ大司教を押さえて下さい!」
「あ? あ、ああ……」
に怒鳴られて、ようやくユリウスが動き出した。
手錠を外し、袖口に隠してあった小型拳銃を引き抜き、
ほとんどガードされていないアルフォンソの方へ向かって走り出し、急いで銃口を上げた。
「う、う、う、動くな、異端者! ア、アルフォンソ・デステ、お前は人質だ。お、大人しく私と来い! でないと
撃つぞ!」
「――撃つ? この私を? お前ごときが?」
腰を低くしたまま立ち向かうユリウスだが、アルフォンソは怯えることなく、
わざとらしく侠客を繰り返してみせる。
「生憎だが、お前には無理だ、ユリウス・リュイテル。……お前ごときに、主の守護したもう私は倒せん」
「うっ……!?」
アルフォンソの手がユリウスの手に握られている拳銃をしっかりと握られ、そのまま無造作にもぎ取られてしまう。
それにすぐ気づいたのはアベルだ。
「……な、何をやっているんです、伯爵!?」
「アベル、この司祭はまかせたわ!」
ユリウスが動けなくなったのを確信してか、は双剣をアベルに託し、銃口をアルフォンソの方に向けて発砲する。
しかし、目の前にトレスが相手していた2条の鞭を持った司祭――フリードリッヒに阻まれ、
鞭を振り下ろした衝撃で弾が真っ二つに割れてしまった。
「ちょっ、ちょっとこれ、強装弾の2倍の威力がある奴なのよ!?」
自分で調合した銃弾がいとも簡単に2つに分かれてしまい、の目が大きく見開いた。
その後も、フリードリッヒがこっちに向かって何度も鞭を振り上げ、
彼女はそれをギリギリの位置でかわしていった。
(仕方ない、あれを使うしかない……)
は再び向かって来る鞭を横転をして回避し、再び引き金を引く。
先ほどと同じ手だったこともあり、相手はすぐに鞭で振り払い、もう1つの鞭での体を捕らえようとした。
避けきれないは、そのまま鞭に打たれ、地面に張り倒され、身動きがとれなくなる―――はずだった。
「どこ見ているの、司祭様? 私はこっちよ!」
「!?」
正面にいるはずの人物の声が、後ろから聞こえたことに気づいた時には、
すでにの銃口から銃弾が発射されていた。
今度は確実に司祭の左腕を突き抜け、鞭が床に落ちる音がする。
うめきながら後ろに振り返るが、目の前にはが右足を旋回させており、見事相手の腰にのめり込んでいった。
「トレス、あなたはすぐ、市民の方々を……、あっ、危ない!!」
近くにいたトレスに指示を出した時、後方にいるアルフォンソがユリウスに向けて拳銃を向けているのを発見し、
は危険を察知して走り出そうとする。
しかし、側にいたトレスが腕を掴んで止められてしまう。
「エストニア伯は俺が援助する。卿はすぐ、住民達の方へ行け」
の返事も聞かず、トレスが跳躍し、拳銃が発砲される前にユリウスを押し倒した。
そしてその直後、アルフォンソによって撃たれた銃弾が、トレスの右脚を抉ったのだ。
「ト、トレス君!」「トレス!!」
アベルとの声が重なり合い、トレスに向かって叫ぶ。
しかし当の本人は無表情のまま、M13を旋回して、次弾を撃とうとしている偽教皇に向けられる。
「させるかッ!」
先ほどまでの蹴りで蹲っていたはずのフリードリッヒが立ち上がり、
トレスの手に握られていたM13の銃口に鞭が絡みつき、それに引かれて、あらぬ方向に銃弾が発射された。
それでも、何とかしてアルフォンソを狙撃しようとしたトレスだったが、
それを妨げるように、奥から多くの足音が響き渡って来た。
「――ご無事でしたか、聖下!?」
執務室を蹴り破るように来た衛兵達が、
一斉にアルフォンソと派遣執行官を含むタリン市民の間に盾になるように立ちはだかる。
こうなってしまったら、アルフォンソを捕らえるのは不可能だ。
「……やむをえません!」
アベルが悔しそうに言うと、旧式回転拳銃を連射しながら、かつてユリウスのものだった執務卓に駆け寄り、
引出しの下にかくされていたボタンを押し込んだ。
それと同時に開かれた穴――1週間前、ユリウスを逃した脱出路に向かってとトレスも相手に連射しながら、
ユリウスと市民達を誘導した。
「作戦は失敗です。―――皆さん、逃げて!」
蹴倒した机を盾にして、誘導された市民達が次々と脱出路から姿を消していく。
はアベルの援護射撃を手伝うため、すぐに机の側まで行き、一気に相手に打ち始めた。
「住民達はすべて保護した。俺達も退散するぞ、ナイトロード神父、シスター・」
「ありがとう、トレス! アベル、行くわよ!」
「分かりました!」
最後に数発撃ちこんだ後、は脱出路から外に出ると、
アベルとトレスがそれを追うようにして下に落ち、近くにあるボタンを押した。
バタバタと衛兵達が脱出路に向かって走っていったが、
扉はすでに閉められてしまった後だった。
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