「シスター・アグネスはどこだ? 答えろ、
吸血鬼(ヴァンパイア)

「――その前に、リストのことを答えてもらおうか、我が友よ」




 屋敷内の1室にて、牢屋から脱出したユーグとギィの微妙な駆け引きを繰り広げていた。
 その近くでは、ランシェ議員に変装したままの“教授”が、2人の会話に耳を傾けながら、様子を伺っている。




「リスト? 一体、何の話だ、それは?」

「……本当に知らないのか? ……それならいい」




 一瞬、“教授”の方を睨みつきえたが、すぐに視線をユーグに戻した。
 その顔からは、勝利の笑みとも呼べるものも伺えるほどだ。




「ええっと、君の質問は何だったかな? ああ、あのシスターのことだったね。彼女なら、とっくの昔に殺したよ。
しかし安心したまえ。君もすぐに――」

「―――ギィイイイイイイイイイッ!」




 ギィの発言に対して反撃するかのように、ユーグが細剣を構え、床を蹴って一直線にギィに向かって疾走する。
 しかし、それを“ブリーチャー”と呼ばれる仮面をかぶった者に阻止されてしまう。




「“ドクター”、“ブリーチャー”、その男を始末しろ。これ以上生かしておくのはいい加減、飽きた。今度は
きちんととどめをさせ。――ボーナスなら、たっぷりと弾んでやる」

<かしこまりました>




 ギィがうんざりしながら言うと、彼に言われた賞金稼ぎの2人が、ユーグに目掛けて攻撃を始めた。



 傷だらけになった体で、必死になって相手の攻撃を避けていくユーグだが、
 “ドクター”の電撃棒を細剣で受け止めた時、“ドクター”が手元のスイッチを押して、
 電撃棒の先端から圧搾空気と共に数万ボルトの電撃を受けてしまったのだ。




<終わったな!>




 ユーグが膝を突いた瞬間、“ブリーチャー”が大剣を掲げ、彼の首に刀を振り下ろそうとした。
 しかし……。




「な、何をするのだ、ランシェ!?」




 “ブリーチャー”の大鎌が振り落ちようとしたのと同時に、大鎌と一緒に腕を切断され、
 ユーグの前には、変装した“教授”が、1メールほどある細刀を片手に立っていたのだった。




「貴様、一体どういうつもりだ!? 答えろ、ランシェ!」

「はて? どういうつもりかと言われても困るな……。僕はただ、任務を果たしているだけでねえ。……ああ、
そうそう、ちなみに僕の名前は“ランシェ”ではない」




 “教授”肌色のテープで喉に貼り付けた変声期を取り去り、特殊高分子素材製のマスクを剥ぎ取と、
 ユーグは彼の顔を見て、驚いたように目を見開いた。




「マ、師匠(マスター)……、ワーズワース博士! あ、あなたがどうして!?」

「ほう、まだ僕の顔を覚えてくれていたとは嬉しいねえ……。とは言いたいところだがね、ユーグ。君、いつまで
そんなところに這い蹲っているのかね? まずはしっかり立ちたまえ」

「馬鹿な……、ランシェじゃない!?」




 ギィは混乱したように言うと、突然、どこからか銃弾らしきものが、彼に向かって飛んで来た。
 彼は“
加速(ヘイスト)”で何とかそれを避けたが、この場には銃を持つものなどいない。一体、どこから来たのか?




「本物のランシェ議員なら、ブリュッセルの検察局で取調べ中よ、ブリュージュ伯」




 声が聞こえる方に振り向くと、少し映像が乱れたように見え、次第にそこから、
 2挺の銃を持った1人の女性の姿が現れた。
 何のことなのか分からず、相手は目を白黒させている。




「当分、出て来られないと思うわよ。第一、私達が贈収賄の証拠を見つけ出して、同盟政府に直接持ち込んだの
だから」

! シスター・! 君まで、どうして!?」

「久し振りね、ユーグ。そこまで傷だらけになりながら、よく無事でいられたわね。奇跡に近いわよ」




 がユーグにウィンクしながら言うと、無事を確認して、ほっとしたように彼に微笑みかけた。
 それを見て、どこからか力が湧いてきたのは、気のせいだろうか?




「……待て!? お前が偽物ということは……、まさか、あの秘書も!?」

「はい、その通りです」




 ギィの背後から、議員秘書をしていたヴァーツラフが現れると、手にはしっかり、例のリストが握られていた。
 どうやら、ギィの秘書か誰かにより、あの像の暗証を解除したらしい。




「し、しまった、リ、リストを!」

「……何分、昨日から館内はいろいろ調べたのですが、このリストだけは見つけることが出来ませんでした。
それで、大変申し訳ないと思いましたが一芝居打たざるを得なかったのです。最終的には、そこにいるシスター・
が見つけてくれましたがね」

「く、くそっ、やってくれたな、教皇庁! こちらの挑発に乗ったふりをして、こんな手の込んだ真似を! いや、
さすがと言うべきか?」




 足下が崩れるような状況になりながら、ギィは声を嗄らすように叫ぶ。
 しかし、目の前にいる3人は、いたって平然そのものだ。




「いや、別に君達が吸血鬼だから特にはりきったわけではないよ。僕個人に関して言わせて貰えば、ただ単に君の
趣味が悪くて正確が最悪なのが気にくわなかっただけだよ」

「それと、ユーグのこともあるんでしょ、“教授”の場合は」

「然り」




 としても、いろいろ理由がある。それもそのはず。
 ここに進入する計画をカテリーナに持ち込んだのは、実は彼女自身だったからだ。



このままユーグを放っておくことなんて出来ない。ましてや、剥奪までした理由がどこかにあるのではないかと。
 そう思ったが、直接上司に言ってみることにしたのが、事の始まりだったのだ。

















「全く、の仕事馬鹿もここまでくると修復不可能ね」




執務室のソファに座っているを見ながら、カテリーナはため息を1つつき、紅茶を一口飲んだ。




「カテリーナ、これは仕事馬鹿とか、そういう問題じゃないの。ただこのままユーグを放置したままじゃ、
まるで私達が彼の寿命を縮めているような気がして嫌なだけなのよ」

「それは、相手が元同僚だったからですか?」

「『元』なんかじゃない。今でも私は、彼を同僚だと思っているわ。いくらあなたが剥奪しても、その気持ちだけは
変わらない」




 の目が、カテリーナに鋭く向かれている。
 何度かこういったことは多くあったが、今回ばかりは本気の目をしている。




「……成長したのね、

「え?」

「昔だったら、他人のことはそんなに感心を持たなかったはずなのに、今ではこんなに相手のことを考えてる。
何か、心境の変化でもあったのですか?」

「今でも、他人のことなんてどうでもいいわ。でも、それとこれとは、話が別よ」

「そうですか? 私にはそう見えないけど」

「……何が言いたいの、カテリーナ?」

「いいえ、何も。ただ思ったことを言っただけよ」




 ここ13年、彼女とつき合っていても、なかなか相手の心境を把握することが出来ない。
 何とかして見つけ出したいのに、それすら出来ない自分が、たまに不甲斐ないと感じる時すらある。




「……いいでしょう。ユーグ・ド・ヴァトーの現状を調べて、私に提示しなさい。資料がまとまり次第、すぐに動く
わ」

「……本当に、やっていいのね?」

「私が嘘をついたことがありますか、?」

「……いいえ。逆に、予想以上のことをしてくるのがあなただものね」

「その通り。資料次第で、私が指示を出すかどうするか決めます。ちゃんと用意してきなさい」

「……了解」




 は紅茶をすべて飲み乾すと、その場に立ち上がり、すぐに執務室を出て行った。




 いなくなったソファを見つめた後、カテリーナはその場に立ち上がり、窓際へと向かい、窓に寄りかかった。
 そして、外に出たと思われる先ほどの客人の姿を、ずっと眺めていた。
 それはまるで、自分の「家族」を想うかのように。






「あなたはまだ、気づいていない。知らない間に、他人を大切にしていることを……」




 この言葉は、彼女に届いたであろうか?

 ふと、カテリーナはそう思った。

















が他人のために、あまり動く人じゃないんですが、
今回は彼女自身が納得いかなかったのでしょう。
そうじゃなかったら、自分で提案などしないと思いますからね。
どこが他人に無関心なんだか(汗)。
アベルがいたら、絶対に突っ込んでいたに違いありません。
目に見えて想像がつくわ(汗)。





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