“剣の館”に戻ると、はすぐに射撃場へと足を運んだ。



 相手がどう出るか分からない。もしかしたら、自分が所有している銃じゃ力不足かもしれない。
 そう思った彼女は、新しく調合した弾丸の試し撃ちをすることにしたのだ。




「……卿はそこで何をしている、シスター・




 ある程度の銃弾の試し撃ちが終わった時、後ろから声が聞こえて振り返る。
 そこには、いつも通り哨戒にやって来たトレスの姿があった。




「新しく調合した弾丸の試し撃ちをしていたのよ。もしかしたら、今度の作戦で使えるのがあるかもしれないって
思ってね。……よし、これで行こう」




 ガード用のゴーグルを外し、2挺の銃の弾倉に弾丸を詰め始める。
 その姿を、何も言わずに見つめるトレスに、は不思議そうに話しかける。




「……何だか、不満そうね」

肯定(ポジティブ)。俺はまだ、卿に従おうとは思っていない」

「別にそれでも構わないけど、あなたがピンチになっても、助けないわよ」

「卿の助けは無用だ」

「相変わらす、素直じゃないわね、あなたは」




 トレスは3日前のことにまだ納得がいかないようで、あれからとあまり話していない。
 話しかけては来ても、あまり深いことを話さず、そのまま通り過ぎてしまって終わってしまうのだ。




「……ま、あなたが指示に従う従わないはさておき……」




 全ての弾丸をしまい終え、それぞれの銃に装着させる。
 軽く回してから、左右に収めると、はトレスの方を真剣な眼差しで見つめた。




「あなたがヴァーツラフを許さない気持ちは分かる。それは私だって同じだし、未だに信じられない気持ちでいっぱい
よ。でもこのままじゃ、相手の思惑通りに動くだけになってしまう。それだけは避けなければならないのよ」




 足を進め、トレスの前まで行くと、彼女は何も考えず、相手の手を取った。
 機械な彼の手は、普通の人間よりも重いが、それでも人間と同じ形をしたそれは、妙に親しみを感じてしまう。




「あなたがこの手でヴァーツラフを殺そうが殺すまいが、それはあなた自身で決めればいいこと。でも、これだけは
覚えておいて」




 トレスの手を両手で強く握り締め、相手に訴えかけるような目で見つめる。
 その目には、ある種の決意みたいなものが見えていた。




「例えどんな形になろうとも、私達は彼を止めなくてはいけない。私達にしか、彼を止めることが出来ない。私達だ
からこそ、彼の道を変えることが出来る。私はそう信じている。、そのためだったら、どんな手段でも使って彼を助
け出すつもりよ。勿論、聖下も同じ。彼にこれ以上の恐怖を与えたくない。これ以上の苦しみを、与えたくないの。
だからトレス、あなたの力を、私に貸して」




 彼女の目は、いつも以上に鋭く、相手の顔を真剣に見つめていた。
 そんな彼女に対してどう思ったのか分からないが、トレスはいつもの無表情のまま、に言う。




「卿の発言意図は不明だ、シスター・。俺はミラノ公以外の人物からの命令は聞かない。だが……」




 握っていた手を外し、に背を向け、歩を進める。
 それを追おうとせず待っていると、彼は足を止め、視線だけを彼女に向けた。




「……だが、今現在の俺の最優先命令(トップオーダー)は、ブルノにいる聖下の救出と噴進爆弾の回収だ。そしてその指揮を、ミラノ公
は卿に委ねた。卿の指示に従うのには疑問だが、ミラノ公の命ならば、そうするしか方法がない。よって俺は、卿の命令に従うことに
する、シスター・




 トレスはそれだけ言い残し、再び足を運び始めた。
 その姿はどことなく、3日前のことを反省しているかのようにも見受けられ、思わずは苦笑してしまった。






「本当、素直じゃないのね、トレス」






 この囁きが相手に届いたかは、自身も分からずにいた。

















「……何なの、これ?」

「新しく開発した武器だよ。試しに、君に使ってもらおうと思ってね」




 準備段階を報告しに“教授”のラボに行くと、紅茶と一緒に、長さ30センチほどの棒状のものを手渡された。
 どうせまた、役に立たない道具でも作ったのであろうと思い、いろんな視点で眺めていると、
 ある1つのボタンが目に入った。




「ウィル、これは何?」

「それは、押してみれば分かるよ。……おおっと、出来れば、その場に立って、ボタン部分を下にして押してごらん」




 頭の中で「?」を浮かべたまま、とりあえず言う通りにその場に立ち上がり、ボタン部分を下にして押してみた。
 すると先から、何やら長いものが伸びていき、外から入ってくる夕日に照らされ、光り始めたのだった。
 それを見た瞬間、彼女は“教授”が何を企んでいるのかが分かり、相手の顔を不審な顔で見つめた。




「……あのね、ウィル。私は……」

「前回のブリュージュの件で、僕は君の力を押さえておくのが勿体ないと思った。で、どうにかして、表に出して
あげようと思って作ったのがそれだ」

「あの時も言ったけど、私が使うのは、『あれ』になった時だけよ。それ以外は……」

「それじゃ、使うたびに、『あれ』になるというのかい? そんな面倒なこと、するもんじゃないよ」




 確かに、“教授”の意見には一理あった。
 通常の攻撃だけでは間に合わない時、何かと不便になるのは目に見えている。
 しかしそれは、他でカバーすれば何とかなる。
 現に今まで、そうやってここまでやって来たのだから。



 しかし……、ものは試しに、やってみてもいいかもしれない。




「……分かったわ。持っていくだけ、持っていって、使うかどうかは、現地で決めてもいいでしょ?」

「勿論だとも」




 はボダンを押して元に戻すと、
 ケープの
小型電脳情報機(サブクロスケイグス)が収められているのとは反対側のうちポケットにしまい、
 再び椅子に座り、出された紅茶を口に運んだ。




「……今日はカフェに行ってないのかい?」

「行ったわよ。ちょうど、レオンと物色したついでだったから、彼も一緒にいたけど」

「なるほど。……本当、最初から知っていたのだね、ヴァーツラフのこと」




 “教授”の言葉に、は急に思い出し、その場に俯いてしまう。
 それを見た“教授”が、少しアタフタながら、彼女へ弁解の言葉を述べる。




「あ、すまない、君。別に僕は、そんなつもりで言ったのでは……」

「いいのよ、ウィル。……ありがとう」




 再び顔を上げ、焦った顔をしている“教授”を見つめる。
 その顔には、もうすでに迷いはなかった。




「私は、もう大丈夫。あとは……、天に任せるだけよ」



 の顔には、もう不安の色は見えていなかった。
 むしろ、新たなる希望に満ち溢れているようにも見受けられる。




「ヴァーツラフには、いろいろお礼、言わなきゃいけないもの。昔から、彼にはお世話になりっぱなしだから。
それは、ウィルも同じなんだけどね」

「僕は別に、何もしていないつもりだが?」

「でも、あなたがいなかったら……、私はあれを――“タクティクス”を作ろうとは思わなかった」




 すべてのきっかけは、“教授”が与えたもの。
 それがにとって、何よりも嬉しかったことであり、いい経験にもなった。



 そしてその成果が、ついに明日、花を開こうとしている。




「メンテナンスは万全なのかね?」

「ええ、もちろん。レオンとも確認取れたしね」

「そうか。……君」

「ん?」

「今度、私の次回作の手伝いをしてくれないかね? 何、変な機械を作るんじゃない。今後、Axに必要な、大事な
ものなんだ」

「大事な、もの?」

「然り。今はまだ言えないが、決まり次第、早急に君に頼むことになるかもしれない。やってくれないかね?」




 「Axにとって必要な大切な物」。
 は少し疑問に思いながらも、すぐに頭を切り替える。
 とりあえず、今回の任務を終えなくては意味がない。




「分かったわ。でも今は……」

「任務に集中したい、だね?」

「ええ。ウィルにはここに残って、メディチ猊下の監視、というか、異端審問局の様子を、ほんのささえなことでも
いいから随時報告して欲しいの。特に、例の噴進爆弾についてはね」

「分かったよ、君。僕も、出来る限りのことをやってみるさ」

「お願いね、ウィル」




 が“教授”に優しく微笑むと、彼は少し驚き、でも安心したかのように自分の紅茶を一口飲んだ。
 久方ぶりに見せる、の笑顔には、胸に引っかかっていたものを取り除いたかのようにも思えるほど、
 その力は大きかった。






「……やっぱ、君の笑顔には救われるよ」

「え? 今、何か言った?」

「いや、何でも。ほら、君。しっかりこれを飲んで、乗り切りたまえ!」

「ええ、勿論!」






 笑顔で紅茶を飲むの姿を、“教授”はずっと、微笑ましく眺めているのだった。

















とトレスの会話を読み直して思ったのですが、
この時のは、彼に向って本当に訴えていたのか、それとも演技していたのか、
ちょっとした疑問が横切りました。
どっちだったんでしょう。
私としては本心であって欲しいんですけどね。

“教授”との付き合いは、実はカテリーナよりも長かったりします。
その謎はROM5になって明らかにされます。
その前に、彼が言う「次回作」の謎はRAM6にて。
本当にこんなんばっかだよ(汗)。





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