翌日、ブルノに向かうメンバーは、ローマの国際空港にある“タクティクス”に乗り込み、出発準備をしていた。



 この“タクティクス”の製造に基づき、はいくつもの国際空港に援助要請をしていたため、
 今回も無償で滑走路を借りることが出来た。
 これには、この巨大飛行船の存在をすでに知っていたアベルとトレスも驚いていた。




「出発予定は、午後3:00で大丈夫ですね?」

「ええ。その時間だけ、他の便の離陸時間を遅らせ、神父レオンの操縦で離陸させます」

「了解しました。直ちに部下へ指示を出します」




 ローマ国際空港チーフ、モーフィス・ライマンは、5年ぶりに再会したの要望に真っ先に答え、
 今回の作戦に動じてくれた人物だ。
 その上、シスター・ケイトが艦長を勤める“アイアンメイデン”の緊急離着陸の支援もしているため、
 事は想った以上にすんなりと進んだ。




「ところで、着陸位置はどうするおつもりですか? ブルノ付近には、国際空港は存在しません。一番近いところで
も、ユーバー・ベルリンですし」

「ブルノ市内に、昔、空港として使われていた場所が存在しています。今はもう木で生い茂ってしまっているのです
が、わずかに滑走路だけが無事に残っていることが分かったので、そこに着陸させる予定です」

「その場所なら、私にでも分かります。しかし、例の新教皇庁とやらの者達は、そこにも拝眉されているのではあり
ませんか?」

「それが、あそこは元から、すべてがプログラムによって管理されているところでして、今でも不審者の監視を『彼
ら』が行っています」

「つまり、そのプログラムを変更させれば、無事に着陸出来るとお考えなのですね?」

「正解。さすがですね、モーフィス。私のやりたいことが分かる人物なんて、そう多くいないのに」

「昔、同じ手順でやられた身ですからね。だいたい予測は出来ますよ」




 の手にかかれば、例え有能のプログラムを搭載している国際空港でも敵うものはいない。
 それを実際に見ているモーフィスとしては、彼女が何をするのかぐらい、簡単に見抜いてしまっていたのだった。




「……そろそろ、離陸準備に入らないわね。離陸データは、離陸後、すぐに抹消するようにプログラムしてあります
ので、その間だけ、機械には一切手を触れないで下さい」

「分かっています。それもすでに、経験済みですから」

「そうでしたね。……それでは、あとは頼みます」

「お任せください、シスター・。どうぞ、ご無事で」

「ええ、勿論。戻る時に、またお願いします、モーフィス」




 はモーフィスに一礼すると、彼に背を向け、目の前にある“タクティクス”に向かって歩き出した。



 船内に入ると、レオンがコックピットで最終確認をしており、その後にある待機室で、
 トレスがM13の弾倉を確認している。
 アベルは久々に見る“タクティクス”をグルグル見学していた。




さん、あの時よりも豪華になっているのは気のせいでしょうか?」

「ああ、それはね、毎年改造して、そこまでしたのよ。なかなかでしょ?」

「ええ。特にこのソファなんて、居心地いいですよ。何だか、寝ちゃいそうになります」

「任務中の居眠りは不謹慎行為だ、ナイトロード神父。もし寝た場合、俺はいかなる手段を使ってでも卿を起こす」

「まあまあ、いいじゃない。現地に着けば、のんびりすることだって出来ないのだから」




 トレスの発言に、少し冷や汗をかきながらが止めたが、相手は特に気にもせず、再び弾倉の確認をし始めた。
 ……この様子だと、本気でやりそうだ。




「さて、そろそろ離陸時間だわ。レオン、準備は出来た?」

「こっちはいつでも行けるぜ。……それよりよ、。お前、あのデカイの、持って行く気か?」

小型電脳情報機(サブクロスケイグス)だと、ちょっと苦しくてね。今回は本体も持参よ」




 先ほど、
 待機室内ですでにプログラム「スクラクト」も呼び出されていた
電脳情報機(クロスケイグス)に突然声をかけられて、
 レオンは驚きのあまりに飛び跳ねたのを思い出した。いつも任務に持っていかないものを持参するということに、
 今回の任務の重要度がどんなに大きいかが理解出来る。




「ま、それは後々伝えることにして……、レオン、離陸態勢に入って」

「りょーかい」




 の指示に従うように、レオンがエンジンプログラムを起動させ、ゆっくりと機体を動かし始めた。
 とトレスがそれぞれ席についてシートベルトを締めると、
 アベルも自分が座っているソファに付属しているシートベルトをしっかり締めた。



 滑走路は予定通りに開けられ、滑走路内にあるコントロール・ルームから、
 モーフィスが手を上げているのが見える。
 ――どうやら、こちらも準備万端らしい。



 レオンがモーフィスに了解を取るように手を上げると、滑走路の出発点から一気にスピードを上げた。
 エンジンが勢いよく稼動し、それと同時に、巨大飛行船がゆっくりと滑走路から浮き上がり、
 空に向かって上昇し始めた。



 地面が遠のくことで、無事に離陸が成功したのを確認した時には、すでに機体は安定状態に入っていた。
 レオン以外の面々がシートベルトを外すと、トレスはそのまま立ち上がり、スタスタと歩き始めた。




「あれ? どこに行くんですか、トレス君?」

「地上の状況を確認する。甲板に出る許可を、シスター・

「いいわよ、トレス。何か見つけたら、すぐに伝えて」

「了解した」




 の許可を得たトレスが甲板に向かったあと、は電脳情報機のキーボードを動かし、
 再びプログラム「スクラクト」を呼び出すと、現状の確認をし始めた。




「スクルー、例の反乱について、何か分かった?」

『新教皇庁に手を染めた聖職者が、教皇庁からの離反を周辺教会に呼びかけていることもあり、ブルノ市内に無数の
兵士と聖職者がシュピルベルグ城と聖ペテロパウロ大聖堂に集められているという情報が入った』

「となると、中には少なからず、元教皇庁職員もいるわけですから、進入はかなり楽になりますね」

「ええ。この分だと、予定通り今日偵察して、明日にでも実行出来そうね。レオン、例のは準備出来ているわね?」

「そっちの方はバッチリだ。問題ねえよ」




 コックピットにいるレオンが、正面を向いたままに手で合図すると、彼女は安心したように微笑んだ。




「それにしても、5年前よりも随分と安定していますね」

「あ、そっか。アベルは出来上がった頃に試乗しているんだったわね」

「ええ。あの時もそれなりに安定していましたけど、ここまでしっかりとはしていなかったはずです」

の改造マニアぶりが発揮されてんだよ」

「あなたと一緒にして欲しくないわね、レオン」

「現にそうなくせに、否定するんじゃねえよ」




 確かに、言っていることは当たっている。
 毎年のように、エンジンやらメーターやら改造しているぐらいなのだから、
 マニア以外の言葉など浮かぶはずもない。
 ただの中で、操縦席にいる人物と一緒にされるのが癪に障るだけだった。




「この様子だと、2時間もしないで到着しそうね」

「ああ。思った以上に操縦しやすいし、こいつはいい船だよ。俺が欲しいぐらいだぜ」

「あなたが無事に刑期が終わったら、差し上げてもいいわよ。ずっとあの倉庫にいるより、操縦してくれる人がいる
ところに渡れば、“
タクティクス(この子)”も喜ぶでしょうし」

「そんじゃ、ファナの手土産に持って帰るか!」




 レオンが嬉しそうに言うのを見て、は呆れたようにため息をついたが、彼の嬉しそうな顔を想像して、
 思わず顔がほころんでしまった。






(全く、相変わらず親馬鹿ね、レオン)




 彼女の心の声は、本人に届くことなく消え去っていったのだった。











 ブルノ市内にあるブルノ空港は、山の平地地帯に建てられており、その滑走路などが、全て木で生い茂っていた。
 10年前に使用を中止してから、プログラム管理のみで、人の手が一切加えられていないからだ。



 離陸する30分前から、は電脳情報機で、ブルノ空港内のプログラムを複写(コピー)し、
 相変わらずなスピードで
書換え(リライト)していた。
 先ほどまで甲板にいたトレスはすでに戻っていて、いつでも着陸出来るように、しっかりとシートベルトを締めて座っている。
 アベルも先ほどのソファで準備万端だ。




「あと、どれぐらいの時間がかかる、シスター・?」

「もうじき終わるわ。……よし、これでバッチリだわ」




 打ち込んだプログラムの最終確認をすると、はリターンキーを押して、ブルノ空港に転送させた。
 すると数秒後、電脳情報機には「着陸許可」の文字が表示され、思わず安堵のため息を漏らした。




「レオン、許可が下りたわ。すぐに着陸態勢に入って」

「おう」




 すぐに操縦者(パイロット)に伝えると、“タクティクス”がゆっくりと減速し、地上に降りていく。
 はシートベルトをしっかり締めると、軽く首を回して、体を解した。
 さすがに長時間のプログラム打ち込みは体中の筋肉を使うため、それを少しでも解さなくては任務に差し支えてしまうからだ。




 町並みがはっきりと見え始め、機体がゆっくりと滑走路に向かう。
 そして前輪が無事に滑走路に触れると、一気にスピードが落ち、後輪の衝撃で機体が少しリバウンドした。




レオンがブレーキをかけて揺れを止めると、“タクティクス”を木が一番生い茂っているところに停止させた。
 上空からの敵に発見されないための、1つの方法だ。




「うし、無事着陸成功だ。がんばったな、“タクティクス”」




 操縦席のエンジンを切って、お礼を言うように叩くレオンを見て、相当彼のお気に召したことを喜ぶように、
 が彼に微笑んだ。
 刑期が下りなくても、彼にこの機体を任せてもいいのかもしれないとも思ったが、
 それでは今後、もし彼が不祥事を起こした時に釣る「餌」がなくなると考え、その言葉を排除した。




「さて、早速偵察しに行きましょう。作戦は予定通り明日決行。もし失敗しても、アルフォンソの戴冠式までには
終わらせるわよ」

「了解した」




 がシートベルトを外しながら、他の派遣執行官達に伝えると、その場から立ち上がり、
 “タクティクス”の搭乗口を開けた。




 太陽の光が一斉に入り、一瞬目を顰めてしまう。
 しかしそれが徐々に慣れていくと、目の前にある木々が、乗船者達の気を和らげるように出迎えた。






 それは勝利に満ちた笑顔で、船内に戻りたい。

 知らない間に、彼らはそう、心の中で思っていたのだった。

















の古くからの知り合い、モーフィス登場です。

彼はRAM6にも書くのですが、父がアルビオン人なので、紳士さんです。
にとっては、そんな彼に親しみを感じているので、話しやすい相手です。
いいですね、紳士。“教授”もだけど(笑)。


と、いうことで、オリジナル部分はこれで全て終了です。
次回から本編に戻りますのでお楽しみに。





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