楽しいフライト、のはずだった。

 ある人物が、現れなければ。









 空に輝く月が、いつもよりも輝いて見えるのは気のせいだろうか。
 そう思わせるぐらいの光が夜空を照らしている。
 そしてその光は、ある一方向へ向かっているようにも見えた。



教皇庁国聖省特務分室(Arcanum cella ex dono dei)“フローリスト”、は、
 厄介長い任務から戻り、報告書を提出して、短いがよう休暇を頂いていた。
 そ彼女過ごし方が、日光浴月光った。



中庭にある特等席と言ってもいい指定のテーブル席で、
 ミルクティを共に彼女の習慣である情報収集をするため、
 愛機である
電脳情報機(クロスケイグス)使って没頭
 それを、長年彼女を管理していた、通称「神のプログラム」と呼ばれるプログラムの1つ「スクラクト」が、
 画面てい




『わが主よ。汝は現在、休暇中の身。我のアクセスは認めない』

「習慣化しているのだから、仕方がないと思うけど?」

『現在では、最新情報は“アイアンメイデン”からでも入出可能だ』

「そんなことしたら、彼女に迷惑をかけることになるわ」




 心配するのは「彼1人」だけではない。
 彼女が所有しているプログラム全てが心配していることなど、にはとっくに分かっていた。



 今回の任務は、でなければ解決しないものだった。
 ある吸血鬼一族が、マッシリアにある教会に隠されていた
遺失技術(ロスとテクノロジー)使用
 ローマテロ攻撃仕掛ようていた。
 しし、起動は、人物ってい暗号見つけ出った。
 人物保護遺失技術凍結任務内容った。



 追われていた人物はすぐに見つかった。
 しかし事情を話す前に、相手がすぐに逃げてしまい、逆に敵へ捕まってしまった。
 厄介だと思いながらも、携帯している
小型電脳情報機(サブ・クロスケイグス)器用
 相手位置特定。らえ人物保護し、遺失技術凍結。
 であ吸血鬼一族取り押さえ出来った。



 プログラム達が心配しているのは、
 遺失技術を凍結する際、がプログラムに直接接触したことで、
 体力を消耗していることを知っているからだった。
 本人曰く、帰りの電車で十分に睡眠を取ったから平気だとのことだが、
 どこまで本当なのかが分からなかった。




『汝が我の言うことを聞かないのであれば、我は失礼する』

「え、ちょっと待ちなさいよ。どうしてそういうことに……」

『ならば休むか?』




 ここまで強く協調されてしまうと、もう何も言うことが出来なくなる。
 は諦めたように大きくため息をつき、右手を左右に振った。




『分かればいい。早く部屋で休むことだ、わが主よ。プログラム〔スクラクト〕、
完全終了……、クリア』




 プログラム「スクラクト」が回線を切断すると、は呆れたような顔をする。
 プログラムは「人」ではないが、人以上にややこしい上にしつこい。
 一度言い始めると、なかなか止まらないのが辛い。
 特にこの情報プログラムは。



呆れながらも電脳情報機(クロスケイグス)電源を切ろうとし
 それを止めるように、後ろから人の足音……、いや、機械音の重々しい足音が響いて来た。
 振り向見慣同僚ってていった。




「あれ、トレス? これからお出かけ?」

「ミラノ公から、緊急出動の命令が下った。これから出動する。卿はそこで何をしている、
シスター・?」

「私はゆっくり、満月を見ながらティータイムよ」

否定(ネガティブ)。卿の前にあるのは、電脳情報機(クロスケイグス)。よって卿が今、プログラム『スクラクト』
 アクセスしようとしていたと推察される」

「でも、今、止められたわ。『休暇中は休め』だって。プログラムのくせに、生意気なのよ、こいつは。
で、緊急出動って何?」

「卿は今、休暇中の身。俺の仕事に肝油することは認めない」




 機械は、どれもこんなものなのか。
 同じ派遣執行官、“ガンスリンガー”
HC(ハーケー)−]V(−トレス・イクス)を見ながら、
 ふとの頭にそれが横切ったのだが、あえて言葉には出さなかった。




「俺はすぐに、“アイアンメイデン”と合流する。卿は大人しく、部屋で休むことを推奨する」

「分かったわよ、トレス。気をつけてね」




 は笑顔でトレスを見送ると、トレスはそのままスタスタと上司のところへ向かっていく。
 それを見送った後、はにやり笑い、再び
電脳情報機(クロスケイグス)を起動し、
 トレスが受けた緊急出動の内容を調べ始めた。いつもだったら、プログラム「スクラクト」を使うのだが、
 またいろいろ文句言われると思い、少々面倒だが、一般プログラムからの検索を試みることにしたのだった。
 も、監視ていない、あ小言の1や2ない。
 も、ないっぽどいい。



 そう言えば今頃、同僚である“クルースニク”アベル・ナイトロードは、
 ロンディニウムからの仕事を終え、豪華飛行船トリスタン号に乗って、ローマに帰還途中だ。
 そのことにふと気づき、その情報を収集してみることにした。緊急事態ともなると、
 その近辺で何かあったとしか考えられない。
 ……本心としては、外して欲しいのだが。



 現在のトリスタン号の位置は、ちょうどロンディニウムとローマの中間点を飛行中だった。
 衛星回線を使って、飛行中のトリスタン号を映し出す。
 しかし、どことなくだがふらついて見える。
 一体、どうしたのだろうか……。




「……仕方ない、やってみますか」




 1つため息をついて、横に置いてあるミルクティを一口飲むと、
 彼女はトリスタン号の機内データをダウンロードすべく、トリスタン号にアクセスをし始めた。
 ID、パスワードを、いつもと変わらないスピードで打ち込んでいく。
 そして無事、アクセス完了させる。



 機内に設置してある管理カメラから、コックピットを映し出す。
 それと同時に、はすべてを納得したように、顔をしかめた。




「……これまた……、激しくやっちゃったのね……」




 コックピット内は、機長や副機長などが、血まみれになって倒れている。
 どうやら、
吸血鬼(ヴァンパイア)によってやられたらしい。
 首元から、2つの穴が発見された。



 次に、通路を通して、アベルを探し始める。
 客席にいるはずの乗客はすでに
吸血鬼(ヴァンパイア)にやられた後らしく、
 周りにはたくさんの血が散りばめられ、中には小さな男の子もいた。




「……こいつ、やりすぎ……」




 あまりの血の気の多さに、思わず顔をしかめてしまい、別の場所に視点を移した。
 すると、ちょうど長身の男の影が見え、すぐに追いかけるように、他の機内カメラに移し変える。
 見た感じ、
複制御室(サブブリッジ)らしい。




「なるほど、こっから操縦しよう、ってことね。でも、誰が……?」

<シスター・、聞こえますか?>




 ちょうどアベルの位置を確認したのと、イヤーカフスから声が聞こえたのはほぼ同時だった。
 彼女は耳を傾け、それを軽く弾く。
 声の主は、同じ派遣執行官、“アイアンメイデン”ことケイト・スコットであった。




「聞こえてるわ、ケイト。どうしたの?」




<「どうしたの?」じゃありません! さっきから、トリスタン号のアクセスデータに、
見慣れた信号が見えると思ったら、やっぱりさんだったんですのね! 
ビックリしましたわ!!>

「そう、起こらないでよ、ケイト。こっちだって、……って、トレスが言っていた緊急出動って、
このことだったの!?」

<その様子だと……、知らないで調べてましたわね?>




 ケイトの発言に、の背中に嫌な汗を感じていた。
 それもそうだ。
 トレスの緊急出動が気になって調べていてたら、ここに行き着いたなど言ったら、
 それこそケイトのお怒りが飛ばないわけがない。
 下手したら、上司に言いつけるに決まっている。
 そして、大事な休暇がなくなり、また明日から仕事に精を出さなくてはならない。
 ……そいつは困る。




<ま、今回のことは多めに見ておきますわ。その代わり>

「その代わり?」

<その代わり、今、さんが持っている情報を提供して下さいませ。こちらからも情報を提供します>

「分かったわ。ありがと、ケイト」

<いいえ、こちらも、相手がさんで安心したところですから>





 プログラム「アクラクト」を使っていない今、自力で情報を集めることも可能だが、
 ケイトが情報を提供してくれるのであれば手間が省ける。
 さらに、上司への報告をなくしてくれるのであれば、ここは潔く条件を受け、
 情報交換をして共同で解決した方が手っ取り早い。



 は自分が持っている情報を、すべてに報告した。
 その間に、アベルは
電動知性(コンピューター)自閉(ブログ)を解除し、
 自動操縦
(オートパイロット)
から主導制御(マニュアル)へ変更させていた。
 席を立つと、隣にいると思われる女性に、なにやら相談を持ちかけている。
 そのことを、はケイトに報告した。




<その女性が誰なのか、お分かりになりますか?>

「調べてみないと、何とも言えないわ。待って、今、フライトスタッフの名簿を調べてみるから」

<了解。こちらからも確認してみます。以上、通信終了(アウト)




 一度、ケイトからの無線を切り、お互い、再び情報収集に入る。
 トリスタン号の機長、ならびフライト・アテンダントの名簿を検索し、
 そこから該当者を割り出す。



 フライト・アテンダントのほとんどが、すでにあの吸血鬼(ヴァンパイア)にやられている。
 一体、何人の人間、いや、「
地球人(テラン)」を苦しめれば気がすむのであろうか? 
 思わずそう、深く考え込んでしまいそうになった。




「……あった、彼女だ」




 そんなことを考えている間に、目的のフライト・アテンダントのデータを発見した。
 それに一通り目を通し、動きを止めた。




「……これが、彼女の娘、だったのね……」




何かを納得したように頷くと、イヤーカフスを再び弾く。
 目的の人物は、すぐに応対してくれた。




「シスター・ケイト、応答して下さい」

<……さん、ですね。今ちょうど、データを手に入れたところです>

「じゃ、タイミング的に、ちょうどよかったわけね。……えっ!!?」

<どうかしましたか、さん?>

「……せっかく、いい舵取りが見つかったと思ったのに、これじゃ、ダメじゃない!!」

<ちょ、ちょっと、あの、さん? どうかしましたの?>

「ケイト、フライト・アテンダントのジェシカ・ランク……、飛行船設計家のキャサリン・
ランク博士のご子族が、
吸血鬼(ヴァンパイア)によって壁にぶつかって、支障を負ったわ!」

<何ですって!?>




 電脳情報機(クロスケイグス)に映し出されている機内カメラからの映像を見て、は素早くケイトに報告した。
 例のフライト・アテンダント――、ジェシカ・ランクの意識はまだあるらしいが、
 いつ途切れてもおかしくない。
 アベルは最初の一撃で、体が床に叩きつけられている。




「音声コード、解除。ならび、複制御室(サブブリッジ)の映像を拡大」




 は手を動かしながら、独り言のように呟くと、電脳情報機(クロスケイグス)が言う通りに動き、
 中の声が聞こえるようにする。
 それと同時に、敵の手に握られている黒い
円盤(ディスク)が、操縦席の機械に投入されようとしていた。




『そ、それ……』

電脳知性(コンピューター)強制対話暗号(マスターコード)……ま、俺もよく知らねえんだけどよ。ただ、これをここに挿れて、
ちょいちょいとボタンを叩けば……んあ?』

『だ、だめです……』




 床にへばり付いているアベルが、必死になって相手の足を掴んだ。
 説得するが、こめかみに蹴りを食らい、体が飛び上がる。




「ケイト、聞こえているわね」

<はい、さん。ちゃんと声は届いています>

「今からこちらで、トリスタン号の操縦プログラムをダウンロードして、こちらでバックアップを取るわ。
……やばい!」

さん!?>

「ジェシカ・ランクが、鉄パイプで攻撃しようとしたら、それが抑えられ、逆にまた体が勢いよく壁に
ぶつかって、本当に気絶してしまったわ!!」

<そんな! だとしたら、操縦は誰が……!!>




 ケイトとの通信の間に、はすぐに、トリスタン号の操縦プログラムをロードし、
 目の前にデータとなって現れた。
 とりあれず、今の高度を保ちながら、少しでも安定して飛ばさなければ意味がない。




「彼女が気づくまで、私がこっちで操縦するわ。ケイトはそのまま……、……ところで、
そっちの任務は何なの?」

<ああ、そうでした。実は……>

















「FRIGHT NIGHT」です。
今回、リニューアルということもあり、多少書き直し部分もあります。
正確に言えば、
昔書いたものをそのまま載せる自分が許しませんでした(大滝汗)。

ちなみに、ここでちらりと紹介している任務の話はちゃんとあります。
機会があったら書く予定なので、ごうご期待。





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