ケイトが上司から受けた緊急命令の内容を聞き終わった直後、彼女の目の前の映像では、
 アベルが「アイツ」を起動させていた。それはにとっても、予期していなかった結果だった。




(あのバカ、こんな狭いところで起動させなくても……!!)




 彼女は心の中で叫びつつ、とりあえず舵を取るため、データを一気に打ち込んだ。




「トリスタン号の高度を一定化、ならび速度上昇。……あら? これ、おかしいわ」

<どうしたんですの?>

「速度が、時速700キロになっている。……まさか、これが例のヤツなわけ!?」

<その通りです。今のところは大丈夫ですが、時が来たら、エンジンを切って、高度を下げて下さい>

「了解。高度減少、時速、一時固定」




 は高度を少し下げ、次の状況まで待つ。アベルは「あの姿」で、相手を追い込んでいく。




『痛いですか? 苦しいですか? でも、あなたに殺された人達は、もっと痛かったはずです……、
大丈夫、殺しはしません。その代わり、死んだ方々の百分の一でも痛みを味わいなさい』




 アベルの声はかなり低く、そして船内に鳴り響く。相手に、ダメージを与えていく。




『な、なんなんだ……、お前は人間じゃ……』

『こういうことをお考えになったことありませんか? 人間が牛や鶏を食べる。その人間の血を吸血鬼(ヴァンパイア)
が吸う……ならば、
吸血鬼(ヴァンパイア)の血を吸って生きるなに(・・)()が、いるのでは、と……。……私はクルースニク。
吸血鬼(ヴァンパイア)の血を吸う、吸血鬼(ヴァンパイア)です』




 アベルの言葉に、相手は逆上し、一気に攻撃を仕掛ける。
 どうやら相手は、自分が侮辱されたように感じたのかもしれない。




「ケイト、アベルが敵を倒し次第、こちらからトリスタンへ交信する。出来る限り、こっちからも調整するから、
そちらも早く、目的地へ!」

<分かりました。また何かあったら、連絡して下さいまし>

「了解。以上、通信終了(アウト)




 ケイトとの通信を終え、次の段階に備え、データを修正し治す。
 その間にも、アベルと例の
吸血鬼(ヴァンパイア)は戦闘を続けている。
 どうやらアベルは、相手の攻撃によって左腕を切られたらしい。




「そんなことしても、アベルに通用するわけないのに、敵もがんばるのね」




 プログラムを修整しながらも、横の画面で展開している場面を見ることが出来るを、
 大半の人物は驚いたように見つめていることが多い。
 たぶんここに1人でも誰かいたら、誰もが口をポカーンと開けて、言葉が出ないであろう。



 少しずつだが高度を下げ、そのままトリスタン号にロードする。
 その後、出来るだけスピードを下げ、「次の攻撃」に耐える体制を整える。
 さっき固定させたはずなのに、速度が知らない間に、780キロまで上昇していたのだ。
 こうなってしまうと、プログラムでも制御することは難しくなってくる。



 何とかして、ジェシカ・ランクを目覚めさせる方法を考えた。
 彼女の意識に飛び込むことは、可能と言えば可能だが、この機能を使うには、
 プログラム「スクラクト」を起動させなければならない。
 しかし今、もし「彼」を起動させれば、間違いなく説教されるに違いない。
 ただでさえ、自力でここまで情報を集めたり、収集したりしているのだ。
 自分の主人がやっていることを見過ごすほど、「彼」は不真面目な「ヤツ」ではない。
 そうなると、このまま目を覚ますまで待つしかない。



 そんなことを考えている間に、アベルがさっき切り離された左腕を掴み、
 貪欲な口の動きで、つまんだ左腕を指先からむさぼり食っている。
 それと同時に、彼の左手が再生され、元通りに戻っていく。
 その姿を、敵の
吸血鬼(ヴァンパイア)が信じられないような表情で見つめ、
 先ほどまでの自信に溢れた表情は、もうすでになかった。




『さて、伺いたいことがあります……。お答えを――あなた(・・・)()()()いる(・・)のは誰です?』




 アベルの質問に、考えるより早く、敵は窓を破って飛び出していた。
 巨大な機能の上を疾走したが、高度50メートルの凍気の中、アベルは相手の前に踊り出た。
 相手は相当、驚いているらしい。




「この様子からすると……、あともう少しで終わるわね」




 はそれを確認すると、すぐにトリスタン号とのコンタクトを取る準備をし始めた。




「トリスタン号との通信機能を解除」




 通信画面を確認しつつも、新しいプログラムを呼び出し、すぐに通信可能状態にする。
 それが完了した時、彼女の耳元に、ある言葉が飛び込んで来た。






『お、俺は頼まれただけだ! ロ、ローゼンクロイツ、あいつらに……』






 「ローゼンクロイツ」。正式名は、「
薔薇(ローゼン)十字(クロイツ)騎士団(・オイデン)」。



この言葉を聞いたの同時に、の体を何かが走った。
 そしてあの時の……、10年前の映像が、脳裏に蘇っていった。






 守らなくてはいけない人達が、たくさんの血を流して倒れている。
 
 
それを見つめる自分と、14歳の少女。

そしてそれに導かれたかのように現れた、黒い翼を持った男。

 そんな風景が蘇った時、当時持っていた怒りが、再び爆発しようとしていた。






「アイツら……、まだのうのうと生きていたのか!?」






 そんな殺気を持った時、画面では例の
吸血鬼(ヴァンパイア)が、自分の手で自分の胸をつらぬき、砕けた肋骨の間から、
 自分自身の心臓を掴み出すと、そのまま音を立てて心臓が弾けた。
 それは映像でも、かなりグロテスクな様子を物語っていた。




「これは……、後催眠!」




 あまりにも衝撃的な映像に、は顔をしかめたまま、アベルの様子を見た。
 彼の表情はいたって変わらないが、影から怒りが込み上げているのがよく分かる。




「『罪は永遠に。されど我は死者のために祈らん……』」




 場所は違うが、とアベルが、それぞれ死者に祈りを捧げる。
 そしてアベルは船内に、は通信を取るために、再び
電脳情報機(クロスケイグス)のキーボードを叩き始めたのだった。















この辺りは特に修正はしませんでしたが、やっぱり見るに堪えません(汗)。
そして当時も思ったのですが、よく機内でクルースニク化したよな、アベル(汗)。
だったら絶対にしません。
そんな狭い空間でやったら大変です。
あとからにはっ倒されなくてよかったね(違)。





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