仕事の邪魔をするわけにもいかないので、はしばらく町を散策することにした。 「よし、ヴェネツィアのカフェ事情でも、探ってみますか!」 カフェになると目がないは、ウキウキしながら、以前から気になっていたカフェを目指して足を進めた。 胸を弾ませながら、明るい町並みを歩く。謝肉祭ということもあって人も多いが、 途中、とある花屋に入り、そこにあるガーベラの切り花に目が止まった。 (彼女、ガーベラ、好きだったよね……) 「あれ、そのガーベラ、どうしたの?」 「近くに咲いているのがあって、許可をもらっていただいたの。きれいでしょ?」 「本当、きれいね。この花びらとか、かわいい」 「でしょ? 私、この花が一番好きなの。真っ直ぐで、伸び伸びしているように見えるから」 「ふ〜ん。私は、バラの方が好き。キリリとしたイメージがあるから。けど……」 「けど?」 「けどリリスが好きなら……、私も好きになるわ」
昔を思い出し、少し悲しそうに言うの顔に、いつもの明るさがないように感じた。 懐かしんでばかりもいられない。 「……キャ―――!!!」 が花屋から出たのと、悲鳴が上がったのはほぼ同時だった。 さっき、彼女が通ったリアウト橋がなくなっている。 そしてその頭上で争っているのは……、2人に吸血鬼だった。1人は、見た目が幼く見える男。 「……アスト!!?」 そう、それはがよく知っている、キエフ候女・オデッサ子爵アスタローシェ・アスラン本人だった。 (こんなところで“ゲイ・ボルグの槍”を振るうなんて……!!) の目は、まさに点状態だった。 橋の上にある店が崩れていく今、たとえ休暇中とは言えど、こればかりは緊急事態だ。 混乱する人ごみをかき分けながら、奥へと進んでいく。 しかしそんな時、もう1人の吸血鬼が大きなシールドみたいなものを出し、アストの攻撃を阻止した。 (つまり相手が、例のザグレブ伯エンドレ・クーザか) 相手の検討がついた時、イージスに張られた桁外れの磁界が“槍”を反転・拡散させると、 「危ない……!」 がそんなアストを助けようとした時、何者かが怪我した彼女を支え、そのまま遠くへ運ぼうとしていた。 「……アベル!!」 相手の名前を呼び、その場に駆け寄ると、攻撃を受けた部分を見て、思わず顔をしかめた。 「こんな、酷いことに……、……アベル! あなた、それ!!」 「ああ、これは、大丈夫です。私はともかく、先にアストさんの怪我を治して下さい」 「けど、アベルの方が……」 「私はいいから、早く!」 アベルに強く言われると、彼女はなぜか歯向かうことが出来ない。 アストの火傷の前に手をかざし、そこからオーラのような光を放ち、少しずつだが治していく。 「ザグレブ伯、今日はこれで、見逃してもらいませんか? ご覧の通り、私もアストさんも怪我を負いました。 「うむ。まあ、良かろう。どうせ、ワシに倒される身。ゆっくり楽しむのも悪くない」 エンドレの近くに何やら「空間」が開き、そこに引き込まれるように姿を消していく。 アストが負った火傷は思った以上に酷く、「今の状態」で出せるオーラを送っても、なかなか小さくならない。 「これじゃ、埒があかないわ。アベル、何かこう、巻くのとかない?」 「とりあえず、包帯ぐらいでしたらありますよ。それでいいですか?」 「大丈夫よ。貸してくれる?」 どうして包帯を持っているのか疑問になったが、はアベルから包帯を受け取ると、 「さ、次はアベルよ。……これは、ひっぱるの、大変ね。でも、引っ張らないと、『力』は使えないし……」 「下手したら、さんの手が、やられます。私は構わないので、他の方の救助を……」 「私の手が傷だらけになろうが、ならなかろうが、関係ないわ。でも、さすがにこれは辛いから、 「分かりました。お願いします」 アベルの申し訳なさそうな顔が、を思わず引き止めてしまいそうになる。 破壊された橋を横切り、先ほどの花屋がある方まで出る。 ちょうど橋の下で、救助隊が被害にあった人達を崩れたビルから引き上げている。 「……あなた、さっきいたお客さんですね?」 後ろから聞こえる声に、驚いたように後ろを振り返ると、そこに1人の男性が立っていた。 「あなた、あのお花屋さんの……」 「よかった、覚えていて下さいましたか」 突然声をかけられ、最初は戸惑っただが、誰なのかすぐに分かると、 「で、私に何か用でしょうか?」 「救援隊の助けを求めているのであれば、私の息子があそこで一緒に救助しているので、連絡すれば、 「本当ですか!? 助かります! 今、知人の神父様がガラスの槍みたいなものに刺されてしまって。 「先ほど、店先に咲いていたガーベラを、とても辛そうな顔して見ていたのをたまたま目撃しましてね。 同じだ……。あの時の彼女と、同じだ。 そう思った時、なぜか彼女も、この店主が人事だとは思えなくなりそうだった。 「さ、その神父様の方の場所を教えて下さい。すぐに息子に連絡して、行かせますから」 「あ、はい。えっと、橋のちょうど、手前のへこんでいるところにいます。私も出来る限り、 「分かりました。失礼ですが、お名前を聞いていいでしょうか?」 「・です。教皇庁のシスターをしています。今は休暇中なので、私服でなのですが」 「シスター・、ですね。息子に名前を伝えておきます。さ、早く、神父様の所へ行って下さい」 「ありがとうございます。あなたのその心遣い、きっと神に報われるでしょう。本当に、ありがとうございます」 は店主の前で十字に切ってお礼を言うと、すぐにアベルとアストがいる場所まで戻った。 偶然の出会いが、こんなに素晴らしいとは。 (生きているのも……、悪くないわね) 頭の中でそう思い、ふと微笑む。そして、決心する。 何があっても、生き抜こう。 自分の悔いが、残らないように。
「ダメよ、アスト! 動いたらダメ!」 「……? くっ……!」 「さんが、応急手当てをしてくれました。貴方の体力なら大丈夫だとは思いますが……」 「今、救助隊の方は手配したわ。もう少ししたら来るから、それまで待っていて」 「馬鹿! こうしている間にも、エンドレは……、!」 暴走がまだ止まないアストの頬に、強い衝撃が当たった。 「……いい加減にしなさい、アスト」 「?」 「あなたは一体、どれだけの人を死なせれば気がすむの? どれだけの、どれだけの無罪の人の命を奪って、 「え?」 アストは周りを見回し、その現状を飲み込もうとする。 「あ……」 瓦礫から現れる残骸に、思わず言葉を失ってしまう。 「し、神父、、余は……」 アストが話し掛けた時、アベルは軽く目を閉じた状態で、とても静かだった。 「……神父?」 アベルは何も反応がなく、ただ目を閉じているだけだ。 「アベル! こんなところで、気を失っちゃ駄目!!」 「し、神父!?」 アベルの体が、アストにずるりと落ちて、は一気に血の気が引き、アストが横で叫び声を上げた。 このままじゃ、やばい。 そう、思っていた時、待ちに待っていた声が聞こえたのだった。
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はどこへ行っても、真っ先にカフェを探す人です(笑)。
それほどカフェ好き、ということで。
ヴェネツィアは行ったことはないのですが、かなりきれいな街だと聞きます。
その街を破壊してしまったのですから、がアストに向かって怒る気持ちも分からなくないです。
昔の彼女だったらどうかは知りませんがね。
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