翌日、昼頃に病室を訪れると、思った以上に元気なアベルに呆気をとられながら、花瓶へ花を生けていた。




「全く、無茶と言うか、我慢強いというか、単なるアホと言うか……」

「最後の言葉は嬉しくないですよ、さん」

「アホなものはアホなのよ。みんな、すでに了承済みよ」

「あまり、アホアホ言わないで下さいよ〜」




 これだけ元気なら、大丈夫か。
 美味しそうにガトーショコラをほおばるアベルを見て、は安心したように眺めていた。


 お見舞い用の花は、昨日知り合った花屋の店主に、昨日のお礼をしに行ったら、
 アベルにと言ってくれたものだったのだ。
 ピンクのスイートピーと霞草が、部屋を明るくしてくれる。




「きれいな花ですね。昨日、助けて下さった方からですか?」

「そう。神父様にって、渡してくれたのよ」

「そうなんですか。……あ、これ、ありがとうございます。おいしかったです」

「アベルは昔から、ガトーショコラが好きだからね。喜ぶんじゃないかと思って。……さて、
傷の方はどうかしら〜?」

「何か、怪しい人ですよ、さん」

「あら、そんなこと言うなら、傷口、治さないわよ?」

「…………それだけは勘弁して下さい。早く、アストさんと任務を片づけないといけないので」

「よろしい」




 アベルが観念したように言うと、自分のパジャマのボタンを外し、傷口を塞いでいる包帯を見せた。
 はベッドに座り込むと、そっと包帯に触れる。



 ガラスの槍が貫通していたから、すぐに治すことは不可能かもしれない。
 けどせめて、傷口だけても塞がないといけない。
 そうしなければ、今後の任務に差し控える。



 ゆっくりと目を閉じ、呼吸を整え、包帯に触れている左手に集中する。
 体中にオーラが現れ、左手を通して、傷口に浸透していく。
 包帯に隠れてしまっているから、実際はどれぐらいまで塞がっているかは分からないが、
 とにかく動ける程度までは治さないといけない。



 数分後、オーラがゆっくりと消えて、はゆっくりと目を開けた。
 するとそこに、少し心配そうな顔をしたアベルの顔があって、彼女は少し驚いたように、彼の顔を見た。




「……どうしたの?」

「いえ……、さんには、いつも迷惑かけっぱなしだなって」

「本当、そうよね。あと、どれぐらい心配させれば気がすむのかしら?」

「……すみません」




 冗談で言った発言が、どうやら相手にはそう捕らえられなかったらしい。
 それを感じたは、1つため息をついて、アベルの頬にそっと触れる。




「私のことは、気にしなくていいの。たくさん迷惑かけてくれても、たくさん怪我しても大丈夫。
そのたびに、私がちゃんと治すから」

さん……」

「私がここに生きているのは、アベルがいるからなのよ。アベルがいるからここに生きているんだし、
貴方がいるから強くなれる。そういう奴なのよ、私っていう人間は」




 「あれ」を受け入れてから、彼女の意思は変わっていない。
 自分はアベルのために生きて、アベルために死ぬのだと。
 アベルが大切にしている人達は、自分にとっても大切な人達だから、守り抜かなくてはならない。
 そのこともあるからなおさら、彼女は生きなくてはならないのだ。



 自分が悔いに、残らないように……。




「……さん、私、前から言いたいことがあったんです」

「何?」

さんは、いつも私のために生きてくれると言ってくれます。それはそれで、嬉しいことなんですよ。けど」

「けど?」

「けど私としては、さん自身のために生きて欲しいのです。私は貴方が思っているほど弱くないですし、
確かに無茶なこともしますけど、ちゃんと考えてやっていることです。だから……、貴方は貴方なりに、
自分の生きたいように生きて下さい」



 アベルの手が、そっとの頬に触れる。
 そのまま目元をそっとなぞり、彼女に優しく、微笑みかける。
 その笑みが、の心に染み込んでいった。



 傷口が塞がったこともあり、何の支障もなく上半身を起こすと、
 アベルはをそっと包み込み、髪を撫で下ろす。
 それに安心して、はゆっくりと目を閉じて、彼の背中に自分の腕を回した。




「貴方は、私と一緒に苦しまなくてもいいんです。私だけが苦しめば、それでいいんです。貴方は、
何も苦しむ必要は……」

「私には……、あるわ」

「え?」

「苦しむ理由、あるわよ」

さん?」

「あの日、私はアベルと同じように、苦しんだわ。場所は違えど、あの時の私は、いつ暴走してもおかしくない
状態だった。私が暴走してしまったら、例え“クルースニク”であっても止めることなんて出来ない。けど、
あの時の私は、それぐらい荒れていた」






 今でも思い出す、あの時の光景。

 誰にも止めることが出来ないほどの怒り、叫び、そして、悲しみを……。






「アベル、私、貴方に言わないといけないことがある」

「何ですか?」

「……私は、アベルのために生きることが、私の決めた『道』なの。それ以外の『道』なんて存在しないし、
考えられない。アベルを守ることが、私のためになるのだから」

さん……」

「大丈夫、どうしようもなく弱くなりたくなったら、すぐに貴方のところへ行く。だからアベルも、
弱くなりたくなったら言って。ね?」

「……分かりました。本当、すみません」

「謝ることじゃないのよ、これは。それぐらい分かりなさい」

「……はい」




 お互いに見つめ合い、そして微笑み合う。
 そしてアベルがお礼を言うように、そっとの頬に唇を落とし、もアベルの頬に、そっと唇をあてた。



 外から降り注ぐ太陽が、2人を優しく、包み込んでいく。
 その光が、ずっとこうやって、照らし続けていて欲しいと、思ってしまうぐらいに。
















「あれ? トレスじゃない」




 アベルの外出許可を得るために受付にいると、入口から見慣れた小柄な男が現れた。
 その顔を見て、は少し驚いたように、彼の元に駆けつけた。




「どうしたの? 何かあったの?」

「ミラノ公からの臨時任務のために来た。卿はそこで何をしている、シスター・?」

「アベルの外出許可をもらおうと……、……どうしてここが?」

「昨夜、ナイトロード神父よりミラノ公宛てに連絡が入った」

「ああ、それで知ったのね。……え! 駄目って、そんな!」




 受付にいる係員に外出の許可が下りなくて、が思わず叫んでしまった。
 それもそのはず。
 アベルの傷は心臓と大きな血管の間をギリギリの位置にガラスの槍が刺さったのだ。
 そう簡単に動いていいわけがない。傷が塞いだなど、口が裂けても言えることではない。




「アベル・ナイトロード神父の担当医はいるか?」

「え、あ、はい。いますけど。失礼ですが、どちら様ですか?」

「教皇庁国務聖省特務分室派遣執行官、HC−]V(ハーケー・トレス・イクス)だ。教皇庁国務聖省長官ミラノ公カテリーナ・
スフォルツァ猊下の命によって来た。これより、アベル・ナイトロード神父をこちらで保護する。担当医に退院許可を貰いたい」

「は、はい、分かりました……」




 トレスの言葉に、は少し首を傾げながら聞いていた。
 アベルを保護って、どういうことだろうか?




「トレス、スフォルツァ猊下が何か言ったの?」

「先日の騒ぎの件により、オデッサ子爵の身柄を確保することとなった」

「アストの身柄を? それはやっぱ、あの騒動のせいで、一般市民に迷惑をかけたから、てこと?」

肯定(ポジティブ)。もしオデッサ子爵が拒んだ場合は、射殺してもいいという命令だ」

「射殺!? それ、正気で言っているの!?」

「肯定」




 いくら相手が吸血鬼だからと言って、それはあまりにも酷すぎる。
 ただでさえ昨夜のことがあるのだから、教皇庁が黙っているわけがないこともよく知っている。
 特に、異端審議局は。しかし、もしアストを死なせたら……。




「彼女は今回のクライアントであるのと同時に、私の知人でもあるのよ? いくら彼女が反対したからって、
射殺することないんじゃないの?」

「昨夜、オデッサ子爵は多数の犠牲者を出した。そしてそれは、教皇庁と帝国のバランスを崩すきっかけにも
なりゆる事件だ。よって、これ以上の騒動を起こさないためにも、オデッサ子爵の射殺が最も適した結果だと
推察される」

「でも!」

「もし卿も背くのであれば、卿も対象者と認め、まとめて射殺する」

「そんな! トレス、もう少しよく考え……」

「担当医の許可が下りました。病室は304号室です」

「了解した。卿の協力を感謝する」




 受付の係員から許可を貰うと、トレスがスタスタとそのまま歩き出した。
 その後ろを、慌てたようにが追いかける。



 カテリーナは何を考え、アストの射殺を命じたのだろうか? いや、本人は特に何も言っていないだろう。
 だが相手はトレスだ。
 彼女が何を言いたいのかぐらい、すぐに分かるはずだろう。




「トレス、今回のことに関しては、アストも十分反省している。アベルも私も、彼女には十分すぎるぐらい
言ってあるから、心配ないわよ」

「卿やナイトロード神父が言ったところで、相手がすぐにそれに応じるとは考えにくい」

「それは、相手が吸血鬼だからってこと? あのね、彼女は私達と同じ……」

「俺は機械(マシーン)だ。卿達と同じではない」




 駄目だ、これは何度説得したところで、何の威力を持たない。
 行動に移すかどうかは、アストの回答を待ってからでもおかしくない。
 とりあえず、アストと連絡を取らなくてはいけない。




「ところで、アストの居場所、知っているの? 私が案内してもいいんだけど」

「その必要はない。300秒前、オデッサ子爵の姿を入口で発見している。今は、ナイトロード神父の病室
にいると推測される」

「アストが? そう、彼女、来てくれたのね。よかった」

「どうして卿が安心する、シスター・?」

「昨夜の事件の後、アベルに会いに行こうか、悩んでいたみたいだったからね。きっとアベル、喜ぶわ」




 アストが来てくれたことを、本当は誰よりも嬉しく思ったのはだった。
 短生種が嫌いなアストが、1人の短生種のためにお見舞いに来たのだ。
 少し発展が現れたと思ったら、喜ばないはずがない。
 少しだが、気が楽になったような感じがした。



 病室の前に着くと、そこにはアストがアベルの前にいた。
 が、そのアベルが、アストの前で着替え始めているのだ。



 トレスはいい。
 一応、性別としては男なのだから。
 しかし問題は、アストとだ。
 そしてその中で、この神父は着替えようとしたのだ。






「何やっているのよ、このセクハラ神父!!!」

「うがっ!」




 突っ込まれるのは、当然の行動だった。

















よく考えてみれば、アベルとのラブラブはこれが初めてでした。
はたから見たら、絶対に恋人同士に見えますね。
実際問題は違うのですが(汗)。

トレスの台詞は本当に困ります。
下手したら、同じ言い回しばかりになってしまいますし。
もう少し鍛えなくては!!





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