「では、よろしくお願いします」




 ヴェネツィアの市内航空にて、“アイアンメイデン”の飛行記録の抹消を頼んだとトレスは、
 そのまま“アイアンメイデン”に向かって歩き出した。




「出航は600秒後だ。それまでに準備を整えておくことを推奨する、シスター・

「大丈夫よ。荷物も自動二輪車も、もう“アイアンメイデン”につんであるから」




 搭乗口のセキュリティーを通過して、2人並んで歩いていく。
 あまりトレスと一緒に歩いたことがないため、変な違和感を感じるのはだけであろうか。
 何を話そうか悩んでいると、トレスが口を開いた。




「卿とオデッサ子爵とは、どういう関係だ?」

「私が昔、前聖下の護衛をしていたことは知っている?」

「肯定。ミラノ公より話は聞いている」

「私がまだ前聖下の護衛をしていた時に、ある事件で間違えて捉えられた吸血鬼を連れ戻しに来たアストと、
ちょっとやり合ってね。とにかく、相手の要求を聞いてから決めようとしたら、彼女、急に攻撃し始めて、
それを止めるのが大変だったわ」

「はやり、オデッサ子爵は危険人物。すぐに排除をすべきでは……」

「それがね、トレス。私も、その時はさすがにそう思ったんだけど、詳しく話を聞くと、相手の言っていること
は満更嘘でもなかったのよ。で、前聖下に相談したところ、調査を許可してくれてね。細かく調べたら、
見事ビンゴだったわけ。それ以来、アストとは友達……ってとこまで行ってないかもしれないけど、でも相手
にとっては、唯一信じられる短生種にはなれたんじゃないかしらね」




 トレスに話しながら、はあの時のことを思い返していた。


 あの時も確か、アストは“ゲイ・ボルグの槍”で攻撃を仕掛けてきて、それを止めるのが必死だった。
 「力」を使えばすぐに終わったのだが、当時の彼女は、その「力」をわざと使わないでいたため、
 取り押さえるのが大変だったのだが……。




「トレスにもそういう人、いるでしょ? アベルとか、ケイトとか、あとカテリーナとかさ」

「俺は機械(マシーン)だ。感情などない」

「ないかもしれないけど、本当は人間に、なりたいんじゃないの?」

「卿の発言は理解不能だ」

「そう言いながらも、時々、貴方が『人間』らしい行動をすることがあったりすると、やっぱり『人間』として生きたいのかなって思うの。自分では気づいていないだろうけど、きっとみんなも、そう思っているんじゃないかしら」

「俺に機械として生きろと言ったのはミラノ公だ。それ以外の者から、その件に関しての命令は受けられない」

「今は理解出来ないかもしれないけど、じきに気づく時が来るわ。そうなれば、もっとこう、硬くなる必要もなくなると思うんだけどね」

「卿の発言意図が……」

「不明でも何でもいいわ。時間がかかってもいいから、分かってくれればいいのよ。さ、早くケイトのところに戻りましょ。もうじき、アベルとアストも乗船すると思うし」

「……肯定」




 いまいち言っている意味が理解出来なかったトレスがいたが、はそほど気にしていなかった。
 トレスはまだ気づいていないかもしれないが、は“教授”と彼のメンテナンスをしているころから、
 薄々感ずいていたことだった。
 それはきっと、“教授”も同じだろう。



 “アイアンメイデン”に到着すると、中でケイトの焦ったような声が聞こえ、
 トレスもも、そんなケイトを不思議そうに見つめていた。




<おふざけになるのはおやめになってくださいまし、アベル神父! 後で叱られるの、あたくしなんですから! 
この際申し上げておきますけどね、だいたい何で、いつもいつもあなたの尻拭いばかり……、……ちょっ! 
アベル神父!!?>

「どうしたの、ケイト? 何かあったの?」

<ああ、さんにトレス神父! アベル神父が、なんだか、オデッサ子爵に浚われただのなんだので、
乗船出来なくなったって言っていて……。あ〜、もう! カテリーナ様の雷が見えて怖いですわ!!>

「どこにいるか、推測出来るか、シスター・ケイト?」

<たぶん、出発ロビーあたりではないかと思います。通信中に、たくさんの人の声がしましたから>

「了解した。これより、ナイトロード神父とオデッサ子爵の捕獲に向かう。シスター・、卿にも同行してもらう」

「え? 私も??」

「卿はオデッサ子爵の知り合いだと言った。ならば、卿が彼女に説得するのが最適だと考えられる。何か、
不服なことがあるのか?」

「……分かったわ、トレス。不服どころか、大歓迎よ。ありがと」

「卿は俺に例を言う理由はない。あるのなら述べろ、シスター・

「特に深い理由はないけど、ただ、言いたかっただけよ。ありがと」

「……卿の発言意図は不明だが、それよりも先に、ナイトロード神父とオデッサ子爵の捕獲を優先する。
卿の発言の意図は、それから突き止める」

「あ、こら、待ちなさい! ケイト、行って来るわね」

<お願いいたします。私も上から、お2人を探します。見つけ次第、すぐに連絡しますわ>

「分かったわ」




 トレスが先にスタスタ行ってしまい、その後を慌てて追いかけるの顔は、
 かすかに微笑んでいるようにも見えた。
 しかしその意味を、トレスはしるよしもなかったのだった。

















 出発ロビーまででたトレスとは、2人がいると思われるところを手分けして探し始めた。
 待合室から、近くのカフェ、インフォメーションセンター、チェックイン・カウンターまで、
 とにかく隈なく探した。



 が窓から外に視界を動かすと、水上バス乗場に、ひょろっと背の高い神父と、1人の女性を発見した。
 あれはまさしく、アベルとアストだ。




「何で、あんなところにいるのよ、あの2人は!!」




 はすぐに近くの出入口から外に出ると、水上バス乗場にいるアベルとアストの元に駆けつけようとした。
 上では、同じく2人を発見した“アイアンメイデン”が離陸しつつある上、
 違うところからトレスも外に出ていた。



 その頃、追い詰められているアベルとアストは、まだ客を乗せていない水上バスを動かすと、
 とトレス、そして“アイアンメイデン”から逃れるために、猛スピードで逃げていた。
 ……見た目はそう見えないが。




「あんなちんたら走って、逃げているつもりなのかしら??」




 不思議にそう言うの視界に、思わず呆れるとも言える光景が広がった。
 アベルが脇見運転していたら、水路標識に船体が乗り上げられ、大きく傾き、岸壁に衝突したのだ。
 2人はそのまま落ち、それと同時に、アストは頭を打ち、涙目になりながら、アベルに怒鳴り散らしたのだ。
 その声は、の場所まで有に届くぐらいだ。




「ドピトーク! ネプティンタ! プロスト! ファリマ……、タウ・カプ・トウリーク・ハ!?
(馬鹿! 無能! トンマ! スカタン……、貴様の頭はカボチャか!?)」

「……すごいこと言ってるわね、全く……」




 帝国語が理解出来るため、アストが何を言っているのかすぐに分かり、は思わす呆れたような顔をする。
 そんなこと言っても、アベルが理解出来るわけ……、




「……あるわね。分からないふりをするでしょうけど」




 とりあえず、早く捕まえで、理由を聞き出さなくてはならないと思ったは、
 2人が上がった桟橋に向かって走った。
 先にトレスが到着していて、2人の前に銃を掲げている。




「Ax派遣執行官アベル・ナイトロード、および、帝国直轄監察官アスタローシェ・アスランに警告――
武器解除後、速やかに投降せよ。3秒待つ」

「や、やあ、トレス君、さん」




 アベルが精一杯フレンドリーな笑顔で見上げたが、それがトレスやに通用するわけもない。
 トレスは相変わらず無表情で見つめ、は額に手を置きながら、大きくため息をついた。




「すみません、何かお騒がせしちゃって……」

「カウント開始。3、2、……」

「わ! わ! ストップ! はい、武器捨てます! 投降もします! ほら、アストさんも」

「……馬鹿(ドピトーク)

「ま、今に始まったことじゃないけどねぇ〜」




 2人が両手を上げたのを見て、は再び呆れた顔をして、2人を見つめていた。
 というより、こんな神父と一緒にいるアストが、だんだん気の毒になって来た、
 と言った方が正しいかもしれないが。




「“アイアンメイデン”、こちら、“ガンスリンガー”。対象を確保。ナイトロード神父の聖職服務規定違反
について、ミラノ公に報告を」

「やっぱりカテリーナさんに報告しちゃうんですか、トレス君? ううっ、また怒られる……」

「自業自得よ、アベル。諦めなさい」

<アベ……あたく……後……貴方とお話があります……あら? おかし……ね?>

「どうしたの、ケイト?」




 トレスがイヤホンを入れなおし、もイヤーカフスのスイッチを入れ直した。
 雑音が酷く、うまく聞き取れない。




<それ……ーナ様と連絡と……なく……周りがひどい電波障……なの……しら、これ?>




 “アイアンメイデン”が直上に浮かんでいるのに、こんだけ電波が悪いのはかなり深刻なことだ。
 最近、検査を終えたばかりだから、機械が壊れていることはないということは、
 プログラムメンテナンスを行ったが一番よく知っていた。



 は急いで、腕時計式リストバンドの周りの輪を動かし、一番上を「2」にすると、横にあるスイッチを押した。
 すると文字盤が黄色く光り、そこから声が聞こえた。




『俺を呼んだか、わが主よ?』

「ザグリー、すぐに“アイアンメイデン”とコンタクトを取れる環境を確保して」

『了解。通信プログラム、起動開始(スタート)。受信先、“アイアンメイデン”艦長ケイト・スコット』

<……あ、さん、ですね。ありがとうございます。助かります!>

「いえいえ、どういたしまして」




 プログラム「ザイン」が起動を開始すると、文字盤の上にケイトの「影」が映り、
 そこから彼女の声が聞こえてきた。
 プログラムは問題なく動いているようだ。




「ま、所詮は短生種の技術じゃし……、……そうか……、そう言うことか!」

「え? 何がです?」

「アベル神父、2番目の事件が起こった建築会社じゃが……、水利事業専門の会社ではなかったか!? 
例えば、堰とか堤防とか?」

「え、ええ……。何でご存知なんです?」

「ミラノ公に連絡を! 法王……、いや、あの街の短生種を全員避難させねば! 今回の法王の訪問は、
全部奴の罠じゃ!」

<どういうことですの?>




 プログラム「ザイン」から、ケイトの不思議そうに尋ねる。
 も、うまく事情が飲めなくて、アストに注目していた。




<カテリーナ様なら、今現在、可動堰の視察にいらっしゃっているはずですが……>

「くっ! よりによって、そこか! すぐに連絡をつけよ! さもなくば彼女も死ぬぞ!」

「そ、それって、一体どういうこと!?」

「……詳しく話せ」




 アストの最後の一言に、は驚いたようにアストを見て、
 今までアストの額にM13の
工場照準器(レーザーサイト)を当てていたトレスが銃を下ろしたのだった。

















再びトレスvsです。
そして最後はひたすらギャグで終わりました。
本編もそうでしたしね。

しかしアベル、もっと他に逃げる手段はあったんじゃないかと思うのですが、
そこはアベルなので、これでよかったのかもしれませんね(笑)。





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