「……この情報、間違いないの?」

『間違いない』




 プラーク市内にある、とあるカフェにて、はいつも通りにティータイムを過ごしていた。



 本来ならば、アベルとトレス、“教授”とともに、
 1年前から予定が組まれていた聖下のボヘミア訪問の援護をすることになっていた。
 しかし今日のプラーク市内視察は昨日決まったばかりの極秘計画のため、3人だけで十分だということになり、
 彼女はその間、カフェでくつろぐことにしたのだった。



 しかし、ただ単にカフェでくつろいでいるわけではない。
 アントニオ・ボルジア公子が持っていた(記憶していた)リストを発見して、早3月が立つというのに、
 それから一向に成果を上げていないことに対して不審に思ったカテリーナが、に情報収集を依頼したのだ。
 その結果が、今、目の前にある
小型電脳情報機(サブクロスケイグス)に映し出されているのだった。




「もしこれが本当だとしたら、どうして?」

『その理由は、こちらでも分かっていない。直接聞くのが早いと思われる』

「けど……、聞きづらい質問ね」

『だが、先ほども言ったが、スフォルツァ枢機卿を含むAxの面々に言うかどうかは、いつも通り汝に託す。我は
ただ、情報を提供したまでのことだ』

「確かに。それが今の任務だしね……」




 プログラム「スクラクト」の情報に間違いはない。
 ただ、それを信じるかどうかは自身だと言っているのだ。



 そんなに、すぐには飲み込むことは出来ない。出来たとしたら、それは単なる無責任だ。本人に直接聞こうとも思わないし、聞きたいとも思わない。むしろ、聞きたくないぐらいだ。




「……とりあえず、情報はこのまま伏せておいて、言わなきゃいけない時になったら、ちゃんと本人達に言うこと
にするわ。スクルーは引き続き、情報を集めて。もしかしたら、何か進展があるかもしれない」

『了解した、わが主よ。――プログラム〔スクラクト〕、完全終了……アウト』




 プログラム「スクラクト」の声が聞こえなくなると、彼女は電源を切り、ケープの内ポケットへしまうと、
 目の前にある紅茶を飲んで、1つため息をついた。




(もしこれが本当だとしたら……、かなり厄介な展開になるわね)




 先ほどの情報の内容を思い出し、は再び考え出した。
 「彼」には誰にも教えないと言ったが、やはり誰か1人にでも忠告するべきなのではないか。
 しかし教えてしまえば、その者も相手を意識しすぎて、逆効果になってしまう。
 少なからず、今の面々では、うまく隠すことが出来る者などいなさそうだ。




(……やはり、しばらくの間は言わないでおこう)




『“フローリスト”、応答を要求する』




 がそう決心した時、耳元のイヤーカフスから声が聞こえ、相手に知らせるかのようにそれを弾いた。




「聞こえているわよ、トレス。どうしたの?」

『ヴルダヴァ川の河原にて、自動化歩兵(オートソルジャー)というもの6体に遭遇。現在、対処をしている途中だが、人手が足らない。
よって、卿に援護を要請する』

「聖下とスフォルツァ猊下はご無事なの?」

『両者ともに、無事だ。しかしそれも、どこまで持つか分からない』

「分かった。今からそっちに向かうわ」

『卿の協力、感謝する。――交信解除(アウト)




 はすぐにその場に立つと、紅茶代をテーブルの上に置き、店の前に止めてある自動二輪車(モーターサイクル)に飛び乗り、
 猛スピードで走り出した。



 しかし、おかしい。
 今日の予定は極秘だったはず。
 なのに、どこからか情報が漏れている。
 だとしたら、国務聖省の中に裏切り者がいるということになる。




(……まさか彼が……)




 の頭に不安が横切ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 一刻も早く、アベル達に合流しなくては、聖下の命が危ない。




 自動二輪車のエンジン音と共に、はプラーク市内を颯爽と走っていったのだった。

















 ヴルダヴァ川に入ると、はすぐに、アレッサンドロ聖下とカテリーナが乗っているリムジンを発見し、
 その方向に向かって走り出した。
 車の周りでは、アベルとトレス、“教授”が、目の前にいる不吉な黒コートの巨漢
 ――以前、ローマでが相手をした連中と似ているもの――に向かって攻撃を繰り出していた。
 正確に言えば、アベルと“教授”が、トレスに頼って倒しているのだが。




(何やっているのよ、あのへっぽこ神父は!!?)




 は心の中でアベルに向かって叫ぶと、それに気づいたのか、彼がの方を見て、大きく手を振っている。




さ〜ん! 助けて下さ〜い!!」

「あんたも攻撃出来るでしょうが!!」




 右手をハンドルから離し、右側に収めてある銃を取り出し、強装弾装備(フルロードモード)にして攻撃を開始する。
 実際、似たようなものに以前遭遇しているため、だいたいの弱点を知っている彼女にとってはまだ楽な方だった。



 自動二輪車をリムジンの近くに止め、左側に収められている銃を取り出しながら、すぐに車内の様子を伺う。
 どうやら、2人とも無事のようだ。




「トレス君、後ろにもです!」

「だから、自分で攻撃しなさいって言っているのよ、この腰抜け神父!」

「ウゴッ!!」




 アベルに突っ込みを入れつつも、彼が持っている旧式回転拳銃(パーカッション・リボルバー)ではそう簡単に倒せる相手ではない。
 少しは反撃出来るかも知れないが、それだけで倒すとなると、何度も弾を入れ替えなくてはならない。
 それは逆にタイムロスだ。



 しかし、が言いたいのは、そういうことではない。
 その場にへこたれている姿があまりにもみっともなかったため、それも踏まえての突っ込みだった。
 これで、本当に護衛が勤まるのだろうかという疑問ばかりが浮かんでくる。



 そのアベルの警告に反応したトレスが、右手に持っているM13の銃口だけを背後に回して、
 巨体を倒したのだが、別のものが彼の右肩を打ったのだ。
 鮮血のように噴き出した皮下循環剤が、徐々に彼が着ているコートを赤く染めていった。




「トレス! ってことは、あとは私だけってこと!?」




 トレスの戦闘力が弱まり、あとは1人になってしまった。
 確かに前に戦ったことがあると言えど、あの時は『あれ』を使って倒したため、すぐに終えることは可能だった。
 しかし今回は、そういうわけにはいかない。
 アベル達だけなら構わない。
 しかし、中にはアレッサンドロがいる。
 彼の前で使うわけにはいかない。



 とりあえず、1体でもいいから倒し、その場を退散した方がいい。
 またあとからザクザク出てくるならまだしも、どうやら今回はその様子も見受けられない。
 そうなると、適当に倒して、先行すれば何とかなる。



 と、思っていた時――。




「まずい!」




 “教授”がシルクハットを脱ぎ捨て、リムジンの上に自動化歩兵の戦鎚が振り下ろされようとしていた。
 がすぐにその方向へ銃を向けたが間に合わない。



 誰もがそう思った時だった。戦鎚が弾け飛び、異常な音をあげてへし折れたのは。




「な、何です!? 何が起こったんです!?」




 アベルが驚いたように言いながらも、目の前では自動化歩兵が、
 機会なダンスを踊っているようにあちこちに動かされていた。
 もすぐに攻撃をしようとしたが、しばらく様子を伺い、その必要ないと思い、2挺の銃を懐に収めた。




「これは……、まさか、“ノーフェイス”!?」

「の、ようね。……なかなか、やってくれるじゃないの」




 アベルとが相手を確認したのと同時に、自動化歩兵の頭部が爆裂し、その場に倒れ伏した。




<……主よ、この者達を哀れみたまえ。彼らが骨は恐れ、彼らが魂は慄かん>




 どこからともなく聞こえる声と共に、今まで見ることが出来なかった「相手」の姿が見え始める。
 それを見た瞬間、周りからは安堵の表情が浮かび、彼の方に視線を注いだ。




「やはり、あなたでしたか、“ノーフェイス”――ヴァーツラフ・ハヴェル神父!」

「やっぱりね。相変わらず、お見事だわ、ヴァーツラフ」

「されば、慈しみもて、迷える魂を陰府(よみ)に導きたまえ。――エィメン。……やあ、1年ぶりですね、アベル。は先日、
会ったばかりですが」




 Ax最高の派遣執行官と呼ばれるヴァーツラフ・ハヴェル神父が笑顔で答えると、周りが彼に集い始めた。






 ……しかしその中で1人、彼を凝視している者がいることを、誰も知る由はなかった。

















「JUDAS PREAST」です。

とヴァーツラフとの繋がりについて、詳しいことは過去編になるので、この話は置いといて……。
彼女にとって、彼の存在は本当に大きいです。
だからこそ、この後に起きる事実を信じたくないというのはあるかもしれません。

だからこそ、次のような行動を取ることになるのですが、それは読んでのお楽しみです。





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