「はい、これ。一応、調合とかいろいろしてみたけど」

「ありがとうございます、さん。いつも、すみません」

「いいのよ、これぐらい。お安い御用よ」




 聖職員用の宿舎に着いてしばらくして、いつも通り、アベルが窓からこっそり現れた。



 いつものことなので慣れたのだが、どうしてこう、毎回窓からなのかがよく分からない。
 今回は1階だったからまだしも、時に2階だったり5階だったりするのに、
 彼は毎回のように窓からやってくるのだ。



 部屋は非常に個人まりとしていて、ベッドと机、クローゼットとバスルームといったもの以外は置かれていない。
 その机の上には、いつでも情報が入ってきてもいいように、
 小型電脳情報機の電源が入れっぱなしの状態になっていた。



 今日の任務が終わったからということもあり、2人ともケープを脱いでいて、かなりのリラックスムードだ。
 毎回、こんな感じで会話をしている。




「しかし、あれはさすがにすごかったですね。あんなの、作れる人がいるんですか?」

「有力な電脳調律師(プログラマー)だったら可能でしょうね。私でも作れるかもしれないけど、考えたくもないわ」

「他人の死体を利用しようだなんて、確かに考えたくないですね」




 アベルがに手渡された銃弾の1つを見つめ、それをいろいろな方向から眺める。
 自動化歩兵対策用に調合された、特製の
強装弾(フルロード)だ。
 こさえあれば、アベルの銃でも簡単に打ち抜くことが出来る。




「そう言えば、さん。何か情報、手に入りましたか?」

「今のところはまだよ。……まぁ、確かに気になる部分はあるけどね」

「何ですか、それ? 今、言えることですか?」

「それが……」




 は黙り込んで、ベッドに座っているアベルの横に腰を下ろした。
 まだ心の中で、少し迷いがあるようだった。




「……無理すること、ありませんよ」

「え?」

さんが、いつも正確な情報でない限り話さないこと、知っていますから」

「アベル……」

「大丈夫ですよ。私には、この銃弾があります。それにトレス君や“教授”、ヴァーツラフさんもいます。だから、
心配することはありません」

「うん……。……ありがと」




 「正確な情報でない限り話さない」。
 それは、確かに事実だった。プログラム「スクラクト」のデータは正確なものが多いが、
 たまに仮説も打ち立てる時がある。その時は自身でしっかり確認し、
 それが確定だと思った時に伝えるようにしていた。



 しかし、今回の情報は「正確な情報」だが、今はまだ言うことが出来ない。
 本当はすぐにでも言った方がいいのかもしれないが、そうしてしまえば間違いなく、
 横の銀髪の神父は相手のところに押しかけるであろう。
 それだけは、出来るだけ避けたかった。




「……アレク、大丈夫かしら?」

「聖下、ですか? 確かに、カテリーナさんが手を上げた時は、ちょっと焦りましたけど、ヴァーツラフさんの力も
あって、少し落ち着かれているんじゃないですか?」

「カテリーナがああするのも、分かる気がするの。教皇にした責任みたいなものを、感じているから」




 “騎士団”に勝つためには、どんな力を使ってでも上に上がらなくてはならなかった。
 そのためにだったら、どんな犠牲が出ても構わない。
 その結果として、幼いアレッサンドロを祭壇に捧げた。




「私も出来ることなら、彼を救ってあげたい。力になってあげたい。カテリーナほどじゃないけど、護ってあげたい」




 視線が下がり、知らない間に強く握り締めている手を見つめる。
 まるで、何かに対して、酷く怒りを感じているように。




「だからなおさら、カテリーナやメディチ猊下の言葉1つで彼が苦しんだり、傷ついたりしていく姿を見たくないの。
あれじゃ、彼の気持ちを尊重するどころか、反発される一方よ。あの2人は、彼の気持ちを何も分かってない。何も
……」

さん……」




 アベルの手が、自然と彼女の肩に添えられ、自然と自分の方に寄せる。
 空いている手での頬に触れて、知らない間に流れている涙をそっと拭い、彼女の拳になっている手を強く握った。




「……これは難しいかもしれませんけど、出来ることなら、カテリーナさんを責めないで欲しいんです」




 心を優しく包み込むような声に、は耳を傾ける。そして、ゆっくりと目を閉じた。




さんが言うことも最もですし、きっと彼女は分かっていると思います。それに何より、一番苦しんでいるのは、
カテリーナさん自身じゃないでしょうか?」

「……………………」

「今はむしろ、自分がやれる精一杯のことを、聖下やカテリーナさんにしてあげることです。怖がっているのであれ
ば、それを助けてあげる。不安になっていたら、そばについて、不安な気持ちを解きほぐしてあげる。それぐらいの
ことでも、十分喜んでくれるはずです」

「アベル……」




 いつもはヘラヘラして、力を貸してばかりなのに、こういう時になると、頼もしく感じてしまうのはなぜだろうか。
 そう思わせるぐらい、アベルの言葉には説得力があって、の心にある靄をなくしてくれるかのように温かかった。
 だから彼の側にいたいと思うし、彼の心の支えになりたいと思う。
 そして逆に、側にいて欲しいし、心の支えになって欲しいと、強く願ってしまう。




「……本当はこんなこと、言いたくないの。昔のカテリーナを見ているし、彼女がどんなに苦しんだのかも知ってい
る。だから逆に、放っておけないのよ。だから……、だから……」

「分かっています。ちゃんと、分かっていますから」




 アベルの声が、心にどんどん染み渡っていく。
 涙が止めどなくながれ、それを何度も拭いながら、彼はを優しく包み込んでいた。



 昔は、こんな風に甘えることなんて出来なかった。
 いや、そんなこと、考えられなかった。
 自分のことは自分で解決し、周りには一切相談もせず、一緒に同居していた人物以外との接触を避け続けていた。



 そんな彼女が初めて心を開いたのが……、目の前にいるこの男だった。




「……ごめん、アベル。もう少しだけ……、こうしていい?」

「勿論ですよ。だから……、我慢、しないで下さいね」

「ありがとう……」






 しっかりと抱きしめられた腕の中で、はずっと、涙を流し続けた。

 そしてそれは、新たな力になって、彼女の中に溶け込んでいったのだった。

















はアレクを幼少時代から見ているので、こういうことが言えるのだと思います。
そしてカテリーナとフランチェスコとも付き合いが長いので、双方の悪口みたいのも言えるのではないかと。
だから多分、誰よりもアレクを守りたい気持ちがあるのではないかと思います。

それにしても……、相変わらずアベルの前では弱くなれるんだな、(汗)。
それも彼女らしいんですがね。





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