当日の作戦を考えたのは、カテリーナだった。



 そしてその予定通り、は“教授”とハヴェルと共に、アレッサンドロを市内のホテルに確保するため、
 車を走らせていた。
 本当はアベルとトレスと共に、カテリーナの護衛につくはずだったが、2人で十分だろうと判断し、
 アレッサンドロ側についたのだった。




「スフォルツァ猊下、ご無事かしら?」

「心配には及ばんよ、君。猊下の側には、アベル君とトレス君がいる。彼らに任せておけば、大丈夫だよ」

「だと、いいんだけど……」




 確かにカテリーナには、アベルとトレスがついている。
 予定通りで行けば、今ごろ3人は、チャペック大司教が用意した馬車で宿舎に向かっている最中であろう。



 しかし、彼女にとっての不安はそれだけではなかった。




はいつも、心配ですね」

「え?」

「昔、よくそうやって、アベルのことを心配していましたよね? ふと、思い出しましたよ」

「あれは、彼があまりにも無謀なことばかりするからよ。ま、それはもっと前からだったけど」

「ずっと彼の側にいたら、心臓がいくつあっても足らないだろう?」

「もう慣れたわ」




 アベルの無謀すぎは、今に始まったことではない。
 噂によれば、に会う前から、彼はとんでもないことをしでかしては捕まっていたと聞いている。
 全く、限度と言うものを知らない男だ。



 数分後、無事にホテルに到着すると、“教授”がチェックインを済ませ、指定された部屋へ向かった。



 部屋に入るなり、“教授”はトラッシュケースから大量のレポートを取り出し、1つ1つ採点をし始めた。
 ハヴェルはそんな彼とアレッサンドロに紅茶を分けると、1つ、の前にも持って来た。




「私はいいわ。さっき、カフェで飲んだばかりだし。さすがに連続はきついわ」

「そうですか。それじゃ、テーブルに置いておきますから、お好きに飲んで下さいね」

「ありがとう、ヴァーツラフ」




 笑顔に相手に答えると、は窓辺に寄りかかり、外の様子を見ていた。



 目の前ではたくさんの車が行き交い、遠くの方では、タイミングよくきれいな夜景が顔を覗かせる。
 安ホテルのわりには、いろいろ特典がある部屋らしい。




「それにしても、相変わらずですね、ウィリアム。昔からこうなんですよ。お気を悪くしないで下さい」

「お、おつ、お付き合いは長いんですか、さ、3人は? ず、ずいぶんと、な、仲がよろしいみたいですけど」

「ええ。私と彼、とアベルの4人が最初に会ったのは……、そう、もう10年近く昔になりますか。まだAxもな
かった頃からの付き合いです。今では、当時からの知り合いは、彼とアベル、とケイトぐらいになってしまいまし
たがね」

「昔はよく、みんなでお茶会とかしたわよね。決まって、同じ時間になると集まって、あーでもないこーでもないっ
て」

「そうでしたね。当時から、あなたは紅茶にうるさかったですし」

「一度興味を持ったら、そう簡単に覚めない人間だからね」




 昔のことを思い出しながら、彼女はクスッと笑った。
 辛いこともあったけど、いいことも踏まえて、あの頃の思い出が蘇ってくるようだった。




「あ、あなたは、ど、どうして姉上と、お仕事を、ヴァ、ヴァーツラフ?」

「私は元々、異端審問局にいたんですが、その時当時の上司と宗教上の見解からぶつかってしまいまして……。そこ
で、いろいろまずいことになっていたと時に拾っていただいたのが、当時、聖界に入られたばかりの姉君でした」

「あ、あなたは、た、たた、確か、姉上の、ご、護衛をしていたんですよね、?」

「ええ。なので、私は彼らより、スフォルツァ猊下と付き合っている時間は長いんです」




 とカテリーナが出会ったのは、今から13年前のことになる。
 前聖下の命で、ミラノまで行ったのだが、最初はなかなか親しくなることが出来ず、四苦八苦していた。
 それが今では、お互いに大切な人へと変わっていった。
 だからこそ、はカテリーナがしていることに対しての文句なども、面と向かって言えるようになっていたのだ。




「しかし、は本当、優秀な方ですよ。私も不肖ながら、あの方にお仕えしていおりますがね」

「何が、“不肖ながら”かね? Ax最高の人材のくせに」

「おや、ウィリアム。もう採点は終わったのですか?」

「いや、まだ半分だよ。いやはや、最近の学生どもと来たら……」




 レポートの採点をしていると思われていた“教授”が意地の悪い微笑を浮かべて言ったので、
 ハヴェルもも少し驚いたように彼の顔を見た。




「ああ、そんなことより、騙されてはいけませんよ、聖下。このヴァーツラフこそAx最強の派遣執行官――姉君の
最も篤い信頼を受けている男です」

「そうですよ。私なんかじゃ、とても太刀打ち出来ませんわ」

「ウィリアムに、あなた達こそ、嘘をつくのはやめて下さい。私などとても……」

「謙遜も過ぎると嫌味だよ、“ノーフェイス”。この東武辺境域のトラブルに、猊下が投入するのは決まって君じゃ
ないかね」

「それは、単に私がこの近くの出身だからですよ」

「そっか、ヴァーツラフはブルノ出身だったのよね。……あ、そう言えば、例の任務はどうなったの? アッシジから
盗まれた
噴進爆弾(ミサイル)の件は?」

「そうそう、大型の噴進爆弾……、都市攻撃用兵器だと噂で聞いていたが……、ああ、失礼」




 “教授”が眠たそうな目をしていて、こみあげた欠伸をおさえるように会釈した。
 その様子を見て、が異変に気づいた。




(……嘘じゃ、ないみたいね)




 テーブルにのっている紅茶に目を注いで、心の中でそう呟く。
 どうやら、彼女の予想は当たったらしい。




「疲れが溜まっているのではありませんか? このところ、お忙しそうでしたし」

「……そうよ。無理は禁物よ、“教授”」

「確かに忙しかったが……、いかんね、昼間からこんなに眠くなるなんて」




 しかし、それは彼だけではなかった。
 ソファに座っているアレッサンドロも机の上に突っ伏して、幸せそうな顔で眠りこけている。




「聖下、どうして……? いかん、ヴァーツラフ、君……、何か変だよ……、この眠気は……」

「……すまない、ウィリアム。申し訳ありません、聖下」




 “教授”が頭を振って立ち上がろうとするが、途中で糸が切れたように倒れてしまい、
 そのまま動かなくなってしまう。
 それを確認した後、ハヴェルは彼に謝罪をすると、窓際に座っているの方に向きを変えた。




「……どうやらあなたは、すでに分かっていたようですね、

「私が何も知らないで、あなたに接近したと思っているの?」




 知らない間に、の右手には銃が握り締められ、その銃口をハヴェルに向けていた。
 まるで、この機会を伺っていたようにも見える。



 事実、カフェで行って、どんなに美味しい紅茶を堪能しても、
 目の前に出された紅茶だったらよろこんで頂いていた。
 紅茶好きだからというのもあるし、相手から差し出されたものを断るのは礼儀違反だからだ。



しかし、今回は違う。もしプログラム「スクラクト」の言う通り、彼がアルフォンソ・デステの仲間に……、
 
新教皇庁(ノイエ・ヴァチカーン)に入ったのであれば、何かしらの攻撃を仕掛けてくるのではないか。
 そしてその影響は、間違いなく教皇であるアレッサンドロの身に起きる大事件になるのではないか。
 そう考えたは、当初、カテリーナの護衛につくはずなのをわざと断り、ここに参ったのだった。




「さすがですね、。いつからお気づきになりましたか?」

「新教皇庁のデータを揃えていた時に、スクルーが発見したのよ。『彼』は確実にそうだと言っていたけど、私に
とってはどうしても確認したくてね。だから、しばらくその情報は保留にしてたのよ」

「そしたら、私が現れ、警戒心を一層深めた、ということですか? なるほど、相変わらずあなたは慎重派ですね」

「これは慎重とか、そういう意味じゃないわ、ヴァーツラフ。……出来ることなら、信じたくなかっただけよ」




 いくらプログラム「スクラクト」が言おうと、そう簡単に信じられる状況ではなかった。
 出来ることなら、彼のデータが間違っていて、すぐに訂正して欲しいとすら思っていたくらだ。
 しかし、もうそれも出来ない。
 現にハヴェルは、こうやって“教授”とアレッサンドロを眠らせてしまったのだから。




「でも、どうしてなの? なぜあなたは、新教皇庁なんかに……」




 がハヴェルに問うたが、それを切断するかのように、彼の背中を誰かが打った。
 その相手の顔は、彼女以上に驚きの色を見せ、銃を構えている手が震えていた。






「ヴァ、ヴァーツラフさん……? あ、あなた、何をやってらっしゃるんです?」

















がなぜ、ここまでしてヴァーツラフを止めたいかという謎は、過去にいろいろお世話になったからです。
他人には無関心な彼女ですが、彼とノエルだけは別だったらしいので。
だからこそ、このことを事実だと思いたくなかったのではないかと思うのです。
例え周りに迷惑をかけても、自分の手で真実を知りたい、と。
まあ、周りに迷惑をかけるのは、今に始まった話ではないですけどね(汗)。





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