銀髪の神父――アベルが、震えを上げながらハヴェルに問い掛ける。
 こうなることを見込んでいたは、ゆっくりと両目を閉じ、その姿に背を向けた。




「う、嘘……、ですよね、ヴァーツラフさん? ひょっとして、何かの特殊任務中だとか……。し、しまったなあ。
私、お邪魔しちゃいました?」

「……本気でそう思っているのなら、黙って消えてくれませんか、アベル?」




 ハヴェルの声とともに、斬られかねない殺気が、その場にいるアベルとに襲い掛かる。
 それをヒシヒシと感じながら、は再び、瞼を開けた。――何かを決意させるように。




「それとも、私と一緒に来ますか? 我が新教皇庁は、喜んであなたを……」




 ハヴェルの声が、そこで切断されてしまう。それもそのはずだ。
 彼の頭の数ミリ前を、が放った銃弾が横切ったのだから。




さん!」

「彼は渡さないわよ、ヴァーツラフ。そんなことで行くような人ではないけど」

「やめて下さい、さん! あなた、正気でやっているんですか!?」

「私はいつでも正気よ、アベル。だからこうやって、『敵』を倒そうとしている。違う?」

「私達、仲間じゃないですか。そんなこと、絶対にしてはいけません!!」




 の目は、まるで目の前に「敵」がいるかのように鋭く、ハヴェルに視線を送っている。
 それに対し、アベルは未だに、信じられないと言った風に彼を見つめていた。




「……あなたは、変わらないな」




 一瞬、いつもと変わらぬ穏やかな顔にもどり、今にも泣き出しそうなアベルに微笑む。




「本当に、あなたは変わらない。……でも、だからこそ、あなたは絶対に分からないのです。我々、人間の気持ちは」




 最後の言葉に、が一瞬ピクッと動いた。
 彼がそんな風に自分達を見ていたことに、少しショックを受けているようだった。




(みんな、同じ人間だって、分かっていてくれたと思っていたのに……!)




「さ、そこをどいて下さい。……それとも、私の邪魔をするつもりですか?」

「ど、どちらも出来ません……。仲間と戦うなんて、私には……」

「私には出来る」




 ハヴェルの言葉と同時に、がハッとしたように銃を構え直し、相手に向かって打ち抜く。
 しかし、そこには既に彼の姿はなく、アベルの懐に潜り込んできていた。




「やばい、アベル!!」

「!」




 がそう叫んだ時には、アベルの僧衣が裂け、胸から血が吹き上がっていた。
 そのまま手刀を彼の脳天目掛けて振り下ろされたが、とっさに身を引いたことで、無事に阻止された。



 それを確認したが、アベルから離すために銃を撃ち込むと、その方向へ向きを変え、相手が突進してきた。
 それを瞬間で阻止し、1回転している間にもう左側に収められている銃を取り出し、
 両方を
短機関銃装備(サブマシンガンモード)にしてから撃ち込む。
 出来るだけ重傷を負わせたくないという、少なからずのの抵抗だった。



 しかし相手はそれを瞬時に交わし、再び彼女に向かって移動し、手刀を振り上げる。
 は瞬時にそれを避けたが、バランスを崩してしまい、その場に倒れそうになる。




(しまった!)




 心の中で叫んだ時には、ハヴェルの繰り出した手刀が彼女の左肩を切りつけ、持っていた銃が床に落ちてしまった。




さん!」




 激痛のあまり、声も出せないに、アベルが慌てて彼女の名前を呼んだ。
 しかしがそれに答える間もなく、再び繰り出される攻撃に気づき、とっさに屈んで、
 何とかして相手の足を蹴りつけ、バランスを崩そうとした。
 が、体術にすぐれているハヴェルに、その攻撃は通用しなく、逆に壁に蹴りつけられ、
 背中を打ち抜かれてしまった。




「つっ!!」




 体に、一気に痛みが走る。
 その証拠に、打ちぬけられた壁には、若干亀裂が入っているようにも見受けられる。




「……出来れば、あなたにはこんなことをしたくなかったのですが。残念です」

「ヴァーツラ…フ……」




 声が痛みのあまりに霞んでしまう。
 こんな時にまともに喋れないのが、かなり辛い。




「……ヴァーツラフさん、やめてください」




 そんなの様子を見ていたアベルが、我慢出来なくなったように、ハヴェルに向かって発せられる。
 胸は未だ、血潮によって赤く染まったままだ。




「あ、あなたに仲間を殺せるわけないじゃないですか。お願いですから、こんな真似……」

「“仲間を殺せるわけがない”? 私は、もう仲間を殺した。それも最も古い友人を……。1人殺そうと2人殺そう
と同じことじゃありませんか?」

「ど、どういうことです? ……ま、まさか、教授を……」

「スコポラミンを使いました。……筋弛緩剤です」

「…………!」




 ハヴェルの言葉に、アベルとの目が思わず見開いた。
 あれは単なる、睡眠薬じゃなかったのか!?




(違う……、これは罠だ……!)




 がそう思った時には、アベルが銃を構え、相手の方へ向けて発砲していた。
 しかしその時には、すでに彼の姿がなくなっていて、アベルの背後に回っていた。




「今のは、嘘です。ウィリアムは眠っているだけです。しかし――、あなたの感情は、面白いほど簡単に乱れますね。
仲間の時はそれが心配の種でしたが……、“敵”としては、少々もの足りません」

「……し、しまっ!」

「アベル! ……うっ!!」




 危険を察知し、がすぐに動こうとしたが、背中と左肩の激痛が走り、動けなくなってしまう。
 こんな時に、すぐ動ければ……!




「くっ!」




 もうダメかと思った時、ハヴェルの口から小さな悲鳴が上がり、手刀を引き戻し、大きく後方に跳躍した。
 それと同時に、床石にたくさんの銃弾が打ち込まれた。どうやら、援軍が来たらしい。




「そこまでです、“ノーフェイス”!」




 戸口から、トレスとカテリーナの姿が見える。
 アベルの後を追って、ここまで来たのだろう。
 少しだが、息を切らしているようにも見受けられる。




「ヴァーツラフ、いかにあなたでも、派遣執行官3人を敵に回せるとは思わないでしょう。……弟を返して、降伏し
なさい。今なら、まだ間に合います」

「恐れながら、猊下――。私の救いは、まことの信仰の中にのみあります。そして、それは猊下が唯一、お持ちでない
ものです」

「…………!」




 この時には、ハヴェルが何を言いたいのか、はっきりと分かっていた。
 それは自分が今まで言いたかったことでもあり、彼女に言い続けてきた言葉でもある。




「それに、私の力のことをお忘れではありませんか、猊下? 私は“ノーフェイス”。――人数など、私との戦闘に
おいては、意味をなしません」

「――ミラノ公、発砲許可を!」




 トレスの呼びかけに、しばらくカテリーナは答えることがなかった。
 そしてその間にも、僧衣を脱ぎ捨て、体に密着する形のボディスーツだけとなったハヴェルの姿が、
 次第に見えなくなっていったのだ。




工学電磁干渉場(インヴェジブル・フィールド)――、不可視化迷彩!」




 カテリーナが我に返った時には、ハヴェルの体のほとんどが見えなくなっていた。
 それを止めることなく見つめているだけの状態に、は我慢できなくなっていた。




「……主よ、今から起こす我が罪を、お許し下さい……」




 誰にも聞こえないように呟き、ゆっくりと目を閉じると、体中に白いオーラが現れ、の体を包み込む。
 左肩の傷がゆっくりとなくなっていき、背中の痛みがすっとなくなっていく。




「神父トレス、発砲を許可します! 今のうちに倒しなさい!」




 それに気づいてなのか、気づかないでいるのか、カテリーナがトレスに命令すると、
 彼は躊躇なくトリガーを引こうとした。
 しかし……。




「だ、駄目です、トレス君!」




 アベルが横からトレスを制して、発砲された弾丸が、そのまま虚しく白壁を貫く。




「どけ、ナイトロード神父! 今、倒さねば間に合わん!」




 そんな彼を張り倒して、なおもトレスは、光学・非光学系の全てのセンサーを最大感度にして、
 銃を掲げたまま相手を細くしようとする。




<もう遅いですよ、神父トレス……。もう、私は赤外線にも超音波にも補足出来ません……。私は、そういうふうに
作られたのだから>

「…………!」




 トレスが追跡をしようとしたその時、彼の体が吹き飛び、白壁に叩きつけられてしまう。
 壁にはしっかりと、人型が残っている。




「ト、トレス君……!」




 アベルが吹き飛ばされた相手に向かって叫んだ時、彼の顎に何らかの衝撃がかすめた。
 打撃はたいしたものではないが、そのまま身を後ろに投げ出した時には、
 冗談のように体が動かなくなってしまった。
 そんなアベルに向かって、ハヴェルもう一振り手を下ろそうとしたその時……。




<何!?>




 姿の見えないハヴェルが、信じられないような声を上げて、その場に立ち尽くしているように、
 目の前で起こった出来事に、思わず目をくらましそうになっているように伺えた。



 アベルの前には、先ほどまで倒れて動けなかったはずのが、「何か」を固定しながら立ち竦んでいる。
 彼女の周りには、先ほどの白いオーラが包み込んだままだった。




「いい加減にしなさい、ヴァーツラフ」

<……私の姿が、見えているのですか? 「あれ」を使っていないのに?>

「アベルと同じにしないで。私はいつでも、使っている」




 その言葉と同時に、は掴んでいた「何か」をおもいっきり回すと、
 そのまま何も見えないところに向かって右足で蹴りを入れようとした。
 しかし、それは空振りに終わったようで、何も当たることがなく、そのまま地面に落ちると、
 掴んでいたと思われる手を離し、今度は左足で回し蹴りを入れようとした。
 が、それが「何か」によって固定され、動かなくなってしまった。




<無駄ですよ、。私には……!>




 ハヴェルが何かを言おうとした時、が掴まれた左足を軸にして、そのまま後ろに側転を繰り出し、
 その弾みで、左足が相手の腕「らしき」ところを貫いたような音を立てた。
 しかしそれと同時に、白いオーラがゆっくりと消えていった。
 ……どうやら、タイムリミットだったらしい。




<さすがに、今のは痛みましたよ、。しかし……、時間切れとお見受けしましたが?>

「回復時間と一緒になってしまったからね。……出来ることなら、あまり使いたくなかったけど、仕方なかった」




 少し息切れした状態を見た限り、かなりの疲労は一目瞭然だった。
 確かに使えば、ある程度の危機は防ぐことが出来る。
 しかしそれと引き換えに、一気に体力を奪われてしまう。
 そのため、出来るだけ裂けていた方法でもあった。




<さすがに、私も油断しましたね。……しかし>




 ハヴェルの声が、の実力を称えるかのように言う。
 その声はとても優しく、いつもと同じようにも聞こえた。




<……しかし、今のあなたには、私を止めることなど出来ない>

「! さん、危ない!!」




 アベルがそう叫んだ時には、の腹部に、大きなダメージが当たっていた。
 先ほどまでははっきり見えた「もの」が見えなくなってしまった今、それを避けるすべもなく、
 真っ向から受けてしまった。
 それでもなお、足でブレーキをかけて止めたのが奇跡に近いぐらいだった。




「やばい……、スフォルツァ猊下! 早く、聖下を!!」




 が危機を感じ、すぐにカテリーナに向かって叫ぶ。
 虚脱したような顔で立ち尽くしていたカテリーナは、彼女の声でようやく我に返り、
 部屋の中央に倒れているアレッサンドロの元へ走っていく。



 ……しかし、カテリーナが彼に触れようとした瞬間、彼の体が宙に浮き出したのだ。




「……“ノーフェイス”! 弟を……、アレクを返しなさい!」




 宙に浮かせている人物の名を呼ぶと、彼女は見えない相手に向かって睨みつける。
 しかしそれも、長く持つことはなかった。




<それは、彼を傀儡に教皇庁(ヴァチカン)を操る枢機卿としておっしゃっておられるのですか? それとも、権力を得るために弟を
生贄に捧げた姉として?>




 ハヴェルの言葉に、カテリーナだけでなく、でさえも一瞬立ち止まってしまうほどだった。




「そ、それは……」

<カテリーナ様、あなたはさきほど、こうおっしゃった。“私の力で救ってあげられます”と。――だが、あなたには
誰も救えない。……あなたに、人の弱さが分かるはずがない。現に、弟君の苦しみにさえ、目を向けなかったあなた
に>

「…………!」




 充実に事実を指摘するハヴェルの声には、誇るわけでも、責めるわけでもなかった。
 そしてカテリーナはその事実に、凍りついたように動かなくなっていた。



 ハヴェルはそれを確認すると、アレッサンドロの体を抱いて、そのまま身を翻した。
 そしてそのまま、戸口の方へと動いていく。




「なぜ、あなたがこのようなことを……、“ノーフェイス”!」




 辛うじてカテリーナがそう叫んだ時には、相手はすでに戸口から出て行ったあとだった。
 しかし声だけは、確実に彼女の元へ届けられていた。






<我は
信仰を知る者(ノウ・フェイス)。ゆえに、我は茨の冠をいただかん>






 その声が響き渡った時には、すでにハヴェルとアレッサンドロの「気」はなくなっていた。

















“フローリスト”と“クルースニク”の違いが、少し分かったでしょうか?
“クルースニク”は起動しない限り、何も起こらないのですが、
“フローリスト”は普段から5パーセントなため、回復と同時に、短時間ですが透視の力が使えるのです。
彼女自身、あまりそれは使わないんですけどね。

ちなみに、ヴァーツラフとが体術でやり合ったのは、これが最初ではありません。
それもまた過去編で……って、
本当にこんなんばっかだよな(滝汗)。





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