「何を考えている、シスター・?」

「……えっ?」




 先ほどより、確実に吹雪が酷くなっている。
 自分は機械だからいいにしろ、横にいるは寒さを感じることが出来る。
 数分前から何も話さなくなった彼女のことを心配するのは当たり前のことだった。




「体調が、まだ完璧に改善されていないのか?」

「あ、ううん、そんなことないの。ただ、ちょっとこう……、風が酷くてね」

「パイプラインの入り口までは、あと1000メートルある。もし体調が優れないのであれば、ここで休憩を取る
が?」

「ただでさえ時間がないのに、私1人のために休憩を取るわけにはいかないわ。大丈夫。もし体調が悪化したら、
すぐに知らせるから」




 同行人を安心させるように微笑み、前へ一歩ずつ歩を進めていく。
 それは少しでも、彼に余計な心配をさせたくないという、なりの方法だった。



 心配事はたくさんある。カテリーナのこと、新教皇庁のこと、異端審問局のこと、
 “智天使”を追っているアベルとアントニオのこと、そして……、アンハルト伯爵夫人クリスタのこと。
 特に最後のことについては、他のことよりも注意が必要なことだ。



 彼女は今、3000人の市民に紛れて行動を共にしているはず。
 そして市民達の様子を伺いながら、行動を起こすのタイミングを図っているに違いない。
 そうなった時、右脚を負傷しているトレス1人に任せるのはあまりにもリスクが大きすぎる。
 はそう予想して、トレスと共に鉱山へ向かうことを決めたのだ。
 もう1つ理由を上げるのであれば、本来、この市民達と共に行動するはずだったアントニオが、
 急にアベルと共に城に乗り組むと言い出したから、というのもあるのだが。




「ここにいたか、イクス神父、シスター・!」




 先頭を歩くユリウスが、最後尾にいるトレスとに向かって走って来る。
 この吹雪の中、転ばずにここまで来れるのは、やはり長年、ここに住んでいるからこそ可能なのであろう。




「先頭は無事に到着されたのですか、エストニア伯?」

「ああ。今、順番に無事にベルトコンベアに乗って、鉱山に向かっている。私は1人ずつ、安全にコンベアに乗せる
から、2人は全員が乗り終わるまで、前進しながらも外の様子を見張っていて欲しい」

「了解した」




 ユリウスの姿は先ほどと違い、どこか一本筋が入ったように、しっかりと立っている。
 これも、彼を支えている住民の力があるからなのであろう。
 つくづく羨ましい人だと、はふと思った。




「……人に信用されるって、いいことね」

「どういう意味だ、シスター・?」

「市民が全員、エストニア伯を信じて、同じ目標に向かって歩いている。……彼には、人を動かす力があるんだな
って、そう思ったのよ。私には……、出来ないことだなぁってね」




 目の前で1人1人援助しながらベルトコンベアに乗せていくユリウスを見ながら、は少し俯き加減で言う。
 その姿は、少しだけ寂しそうにも見える。




「……それは
否定(ネガティブ)だ、シスター・

「えっ?」




 予想外の言葉に、は驚きの表情を見せる。




「卿には、人を動かす力がある。その力は前回のブルノ戦役で、すでに証明されている」

「でも結局、私はヴァーツラフを助けられなかった。絶対に助け出そうと思っていたのに、何も出来ず、彼を死なせ
てしまった」

「それは卿の責任ではない。そもそも、最初に違反行為をしたのはハヴェルの方だ。それなりの天罰を受けるのは
当然ことだった」

「そうだったかもしれないけど―――」

「卿は聖下を救い、墳進爆弾に設置されていたタイマーを解除させ、当初の任務を成功させた。それは卿が、俺達を
うまく動かし、無事に任務を遂行させたことの結果だ」




 確かに当初の指示通り、聖下奪回と墳進爆弾の無力化に成功し、指揮官としての任務をしっかり果たした。
 しかしそれだけでは意味がない。
 本来、彼女が目的としていたハヴェルの再生に関しては、何1つなし得ることが出来なかった。



「確かに、ハヴェルは命を落とした。しかし、それは本人が望んでしたことだ。それでも卿は、ハヴェルを生かそう
と思ったのか?」

「……いいえ。そんなこと……、望んでいなかった」

「ならば、卿はハヴェルの意思に従ったということではないのか?」




 トレスの言葉に、ははっとして、何かを思い出したかのように目を見開いた。
 以前、がトレスに訴えた時と同じように、トレスの手がの右肩に置かれ、
 思わず横を振り向き、彼の顔を見つめる。
 無表情なのには変わりないが、少しだけ、彼女の心を安心させるかのように見えた。




「ハヴェルは天に上ることを希望し、それに従ったのは卿なのではないのか?」

「……そうよ。私が彼の希望を叶えた。それはもう、これ以上苦しんで欲しくなかったから……」




 の中に、あの時のハヴェルの姿が浮かび上がった。
 そしてあの時の言葉が、1つ1つ蘇って行く。






『それは違います、。あなたはもっと、その声に自信を持ちなさい。そして死者のために、歌って下さい。きっと
皆、心を清らかにして、上に昇れるでしょう』






「……そうね。私は私なりに、ちゃんと任務を遂行したってことになるのよね」

肯定(ポジティブ)。それが分かったのであれば、もうこの話は終わりだ。先を急ぐぞ」

「そうね。……ありがとう、トレス」

無用(ネガティブ)。俺はただ、本当のことを告げたまでだ」




 トレスはそれだけ言うと、自分もベルトコンベアに乗り込もうと、
 先ほどまでたくさんの市民達がいたところへ進み始めた。
 もその後を追うように進み出した時、イヤーカフスから何やら男の声が聞こえ始め、思わず足を止めた。




「? どうした、シスター・?」

「無線の奥から、誰かの声が聞こえるの。おかしいわ、ケイトは接近中の異端審問局に探知されないように、沖合に
離脱しているはずなのに」




 イヤーカフスを押し当てながら、何とかして声を聞き取ろうとする。
 しかし、声がはっきり聞こえない。一種の電波障害なのか?



 そう思った時、腕時計型リストバンドの文字盤が黄色に点滅し、
 は慌てて円盤を「6」にセットして、ボタンを押した。
 黄色い光と共に聞こえた声は、プログラム「ザイン」だ。




『わが主よ、“ダンディライオン”と“ソードダンサー”から緊急交信要請が入った。繋げていいか?』

「レオンとユーグが!? 来てくれたんだ!!」




 の顔が、希望の光を発見したかのように一気に晴れ渡る。
 その様子を見ていたトレスが、不思議そうに彼女へ問い掛ける。




「どういう意味だ、シスター・?」

「昨晩、トレスとアベルが町の様子を見に行っている時に、“教授”に2人をここに呼んでもらうように頼んでおい
たの。なかなか連絡が入らなかったから、心配だったのよ。――ザグリー、すぐに繋げて」

『了解。交信許可成立、発信者:“ダンディライオン”レオン・ガルシア・デ・アストゥリアス、ならび、“ソード
ダンサー”ユーグ・ド・ヴァトー』




 プログラム「ザイン」が起動開始すると、文字盤の上に、2人の男の立体映像が映し出される。
 その顔は、まさに彼らがよく知っている顔に間違いなかった。




『よう! 待たせたな、、拳銃屋! 準備に手間とって、遅れちまったぜい』

「いいのよ、そんなの。それより、来てくれて助かったわ! 今、どこにいるの?」

『ちょうど、タリン市街を抜けたところだ。異端審問局の奴らが、こっちの方に向かってきるって聞いたからな』

「その情報はもう届いているのね。なら、私が言いたいことも、何なのか分かっているわね」

『もちろんさ。な、サムライ?』

『ああ。心配はない、




 2人の表情を見て、再びは胸を撫で下ろした。
 不安だった心が、少しだけ解されたように見える。




「傷の方は大丈夫なのか、ヴァトー神父?」

『ああ、この通り、問題ない。君にも迷惑をかけた、神父トレス』

「無用。俺は当初の任務を遂行しただけだ」




 トレスも表情は変わらないが、彼らの出現に歓迎しているようだ。
 これで1つ、心配要素が排除された。




「それじゃ、早速なんだけど、2人はこのまま、私達がいる所まで来て欲しいの。場所はスクルーを経由して、
そっちに送り込むわ。ザグリー、あなたは交信をイヤーカフスで出来るように設定した後、2人のサポートにあた
って」

『了解、わが主よ』

「それじゃ、今後の交信は、ザグリーからで。私とトレスは、そのまま目的地である、この先の鉱山にいるから、
何かあったら、すぐに連絡して」

『おう! そこで、待ってろや!!』

『2人とも、気をつけて』

「卿らの協力、感謝する」

「ありがとう、2人とも。――プログラム『ザイン』一時停止、……クリア」




 プログラム「ザイン」を停止させたの顔に、先ほどまでの不安な顔はなかった。
 レオンとユーグが合流した今、確実に勝利が見えてきている。
 ここまで来たら、あとはすべての住民の移動を終わらせ、明朝まで待てばいいだけだ。



 早くユリウスに伝えなくてはならない。
 はそう思うと、雪道を猛スピードで走り出した。
 何度も雪に足を奪われ、吹雪も真っ向からぶつかって来る。
 そのせいで―――。




「……きゃあっ!」




 ……思いっきり正面から雪に埋もれてしまった。




「慣れない雪道で走るのは禁物だ、シスター・

「ご、ごめん、トレス……、ありがとう」




 トレスに腕を引っ張られ、何とかその場に立ち上がると、髪や顔、外套についた雪を払い落とす。
 これでは、アベルのことを言える立場ではない。
 の中に、あまり嬉しくない結論が出てしまっていた。




「大丈夫か、シスター・?」

「あ、はい。何とか大丈夫です、エストニア伯」




 ちょうどパイプラインの入り口付近だったため、ユリウスにもこの光景が丸見えだった。
 こうなると、本当に恥ずかしくて、思わず赤面してしまいそうだ。




「で、何かあったのか?」

「ああ、そうそう。先ほど、私達の仲間の派遣執行官2名が、タリンに到着したという連絡が入りました」

「他の派遣執行官が! 本当か、それは!?」

「肯定。たった今、ガルシア神父とヴァトー神父からの交信が、シスター・が作った交信プログラムを経由して
連絡があった。今、こちらに向かっているとのことだ」

「それは助かった! ありがとう、イクス神父! シスター・!」

「俺は礼を言われる理由はない。これはすべて、シスター・が手配したものだ」

「私はただ、当然のことをしただけよ。……さ、私達も下に下りましょう」

「はい!」




 ユリウスの目に、同様、希望の光が見え始める。
 そしてベルトコンベアに乗り込んだあと、トレスとを乗せ、ゆっくりと鉱山に向かって動き始めたのだった。






 これでもう大丈夫だ。

 もトレスも、そう確信しているはずだった。

















がはしゃぐのは、これが最初で最後だと思います。
本当に嬉しかったんでしょうね。
そうじゃなかったら、こんなへまはしません。
たぶん(え)。

レオンとユーグも無事に合流したこともあり、
次にすごい行動に移るですが、それは次にて。





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