「まだだ……。まだ儂は終わらん!」




 “智天使”と短機関銃を提げた護衛役の修道士と共に、アルフォンソは昇降機の天井を睨んで呻いた。




「まだ儂は戦える……。ローマに不満を持つ者がいる限り、儂は諦めんぞ!」

「……いいえ、あなたはここで終わりですヨ、教皇陛下」




 昇降機が停止したのとほぼ同時に、
 横にいた修道士が格子戸を開けながら愉快げに肩を震わせながら含み笑いをする。
 フードを外して現れた顔は、先ほどまでアベルとのもとにいたアントニオだった。




「ここまで長いことご苦労サマ。……これからは聖天使城の牢獄でのんびり余生を送られて下さいヨ」

「ボ、ボルジア! 貴様か!」

「お久しぶりですネ、大司教」

「こちらもお久しぶりですわ、アルフォンソ様。……もう、こうやってお目にかかれないと思いました」




 開かれた格子戸の先から聞こえる声に、アルフォンソだけでなく、含み笑いをしていたアントニオもビクッとした。
 そして、ゆっくりとそちらに視界を向けてみると……。




「貴様は……、・キース!!」

「あら、まだ名前を覚えていて下さったんですね。光栄ですわ」

「そんな……、どうしてここに!?」

「私のことはあとです。先に彼と“智天使”を……!」




 戸惑っているアントニオに指示を出した時、後ろから何らかの足音が聞こえ、はすぐに後ろを振り返った。



 地下室の扉が蹴られ、そこから5人の修道士がなだれ込み、とアントニオを囲む。
 まだ他にも修道士がいたのか!?




「聖下から離れろ、異端者ども!!」

「やばいよ、君! これは……!」




 アントニオが何か言おうとしたが、そこで意識が飛んでしまった。
 力を失ったのように床に倒れると、後ろで同じように何かが倒れる音がした。




「せ、聖下! いかがなされましたか!?」




 開かれた昇降機の中で倒れたアルフォンソのそばに駆け寄ろうとしたが、なぜか体が思うように動いてくれない。
 鉛のように重く、足が一歩も前に出ないのだ。




「な、何をした、異端者――!」




 修道士の1人が何かを言おうとしたが、の体を包み込む白いオーラを見てすぐに止まってしまった。
 目が赤くなり、そして唇から、鋭い牙が姿を見せる。






[ナノマシン“フローリスト” 10パーセント限定起動――承認]






 気がついた時には、その場にの姿がなかった。



 その代わり、中央にいた修道士から、知らない間に鮮血が飛び散り出したのだった。




「き、貴様、まさか吸血鬼――!?」




 相手に問い質そうとした時には、すでに華麗に舞う大剣の犠牲になっていた。
 体が四肢に分かれ、勢いよく血が噴出していく。
 それを見た残りの修道士が後退しながら逃げていこうとした。




「……逃げるのが遅すぎよ」

「!!」




 扉の方へ向かっていった4人の修道士は、
 先ほどまで反対側の位置にいたはずの「人間だった者」によって塞がれてしまう。
 これではまるで、“
加速(ヘイスト)”ではないか!




「大丈夫、あなた達は死なないわ。――たとえ、体がバラバラになってもね」




 この言葉を合図に、は持っていた大剣を数回振り下ろしていく。
 修道士達は身動きが取れないまま、それを直に受けて、先ほどの修道士同様に四肢へと変化していった。



 たくさんの血が、床を流れている。大剣をしまい、水溜りのごとく溜まっている中を歩きながら、
 倒れているアントニオの前まで来て、その場にしゃがみ込む。




「……ヴォルファー、中に入るわ。手伝って」

『了解、わが主よ。――気をつけて』




 腕時計式リストバンドを設置していないのにも関わらず、どこからかプログラム「ヴォルファイ」の声が響き渡る。
 しかし当の本人は気にすることなく、アントニオの額に手を触れると、ゆっくりと目を閉じた。



 体が宙に浮いたように軽くなり、頭を何かが横切っていくのが分かる。
 そして次第に、地面らしきところに足が着くのを感じ、ゆっくり目を開けると――。






 目の前に、大量の資料らしきものが保管されている棚が姿を現したのだった。






『お久しぶりです、様。本日はどうなさいましょうか?』

「至急、検索プログラムを起動して。調べて欲しいことがある」

『了解。これより、検索プログラムを起動します。検索内容を提示して下さい』

「『神のプログラム』に関する全データを検索して欲しい。時間はどんなにかかっても構わないわ」

『了解』




 どこからともなく聞こえる声に、は必要事項を提示する。
 目の前に大きな画面が出現し、管理されている全データ番号が表示され、検索内容に該当するものを探していく。
 検索内容に該当するものの番号が赤くなっていくのを見て、は予想通りの展開に、思わず大きくため息をついた。



 ――やはり、あの男が告げたのか。




『検索終了。内容を表示しますか?』

「いいえ、結構よ。検索プログラム終了、引き続き、消去プログラム起動。検索該当データを全て消去(デリート)して」

『了解。消去プラグラムを起動、該当データをすべて消去します。他の記憶を埋めますか?』

「その必要はないわ。放っといて死ぬような人間じゃないし」

『了解』




 がてきぱきと指示を出すと、目の前に提示されたデータの文字の色が変わり、一気に削除されていく。
 まるで、
電脳知性障害(コンピューターウィルス)に感染したかのように、文字が雪崩のように崩れていく。



 数分後、画面上に映し出されていたデータがすべて消え、真っ黒な映像が流れていく。
 まるでそこだけ、空白になったかのように。




『消去終了』

「ありがとう。これより、離脱する。援護して」

『了解。離脱経路、解除(リリーフ)。――またのお越しをお待ちしております、様』




 再び目を閉じると、体が宙に行き、どこかに飛んでいくかのように動き出す。
 頭の中で、何かが走馬灯のごとく通り過ぎ、体の重力が戻っていくように重くなっていく。






 そして、再び目を覚ました時には……、目の前には気絶しているアントニオの顔があったのだった。













「う、うん……。……な、何なんだ、これは!?」




 昇降機の中で目を覚ましたアルフォンソが、重い頭を抱えながら、その場から上半身を起こした。



 目の前に広がる世界。それは、自分を助けに来た修道士が、
 もはや人間の姿としてそこにいず、血の水溜りにばら撒かれていた。
 もうすでに、原型すらとどめていない。




「そんなに怯えた顔をすることありませんよ、アルフォンソ様」




 声の聞こえる方向へ顔を向けようとしたその時、何者かに首をつかまれ、そのまま昇降機の壁へ激突する。
 目の前にある顔――赤い目に2つの牙を持った者が、少しずつ彼の首を締め付けていく。




「き、貴様、何者だ……!?」

「あら、先ほどまで覚えていらっしゃったのに、もうお忘れですか? いつの間に、そんなに物忘れが激しい方にな
られたのかしら?」




 女性の声だと思われる声は、確かに聞き覚えのある声だった。
 しかし彼女が、こんな顔のはずはない。
 いくらなんでも、これは―――。




「まさか……、これがっ!?」

「そう。お望みの姿に戻ってみました、アルフォンソ様。お気に召して下さいましたでしょうか?」

「そ、そんな、馬鹿な! 兄上が言われていたのと、全然違うではないかっ!!」

「グレゴリオ前聖下は、見たことがありませんでした。そもそも、あの方の前では“これ”を使おうとは思ってもい
ませんでしたしね。だから名前を聞いて、想像であなたにお教えしたのでしょう」




 唇を上げると、そこから2本の鋭い牙が顔を覗かせ、そのまま顔を近づけていく。
 その姿は、まさに“吸血鬼”そのものだ。




「や、や、やめてくれっ! 儂はまだ死にたくない!!」

「大丈夫です。死ぬことなんてありません。それに次に気がつかれた時には、この光景もきれいさっぱり忘れていま
すからご安心を」

「わ、儂が何をした!? 何か悪いことでもしたのか!?」

「『悪いこと』? それはもう、たくさんありますよ。しかし、今ここで懺悔して欲しいことは……、『彼』のこと
でしょうか? いつ、誰が他人に話してもいいとおっしゃいましたか?」

「な、何のことだか、さっぱり分からないな……くっ!」




 しらを切るアルフォンソの首を、さらに強く押し付ける。
 呼吸する空洞を狭まれ、手足をばたつかせ始める。




「相手がボルジア司教だったからまだよかったもの、“騎士団”に話されたら大変なことになってました。……まぁ、
彼らに密告することは、まず不可能ですが」

「どう…し、て……」

「どうして分かったか、ですか? ボルジア司教は私がプログラムを起動しても、顔色変えず、私の方を見続けていました。で、おかしいと思って、彼の思考プログラムに飛んで検索したら、案の定、該当データがたくさん出てきたのです」

「そ、それで……、どうして、儂が……?」

「疑われるか、ですか? このことを知っている人物が、ごく数人に限られているからですよ。その中でも、一番
ボルジア司教に接近していた人物は……、あなたしかいませんわ、アルフォンソ様」




 赤く光る目が、より一層光を帯び始める。――そろそろ時間のようだ。




「ま、詳しいことはこれからでも聞けます。とりあえず今は、軽くお仕置きでもしておきましょう」

「よ、よせ……。やめろ、……、やめろ――――!!!」






 アルフォンソの声が、昇降機中に響き渡ったが、それもすぐに止まってしまった。



 そして彼のもとに残されたのは……、首筋にくっきりと見える、2つの穴だけだった。

















“フローリスト”の10パーセントは、髪や目の色に変化はありますが、それ以外はあまり変わりありません。
プログラムなどに潜入しやすい、という利点があるぐらいです。

そして、牙を向くクレアは、ここだけだと思います。
それぐらい怒っていた、ということで。





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