「あんた、見ない顔だな。新入りかい?」




 3人分のサンドイッチをに渡しながら、店主が何気なく彼女に聞いてみる。
 常連客しか来ない店だったため、他人が珍しかったようだ。




「ええ。昨日の夕方頃に到着して、今日から任務に入るんです」

「そうかい。ま、せいぜい頑張ってくれよ。よかったら、うちの店の常連客になりなよ。安くするぜ」

「ありがとうございます」




 「任務」の意味は違うにしろ、とりあえず、うまくごまかして店を出ると、
 買ったサンドイッチを
自動二輪車(モーターサイクル)のシートの中にしまい、仲間がいるところまで戻り始めた。



 新教皇庁(ノイエ・ヴァチカーン)の蜂起以来、ローマに反旗を翻した近隣の教皇庁軍や聖職者、
 属性貴族らが次々とブルノに入場していったため、こうした買い物もスムーズに出来てよかったとは思った。
 これでも一応敵地にいることには変わらないが、誰1人としてそのことを知る者はいない。
 こんなに動きやすい敵地も珍しくないぐらいだ。



 城門前広場に到着すると、横に見える無数の炭と化したものが映し出され、思わず視界を反らしてしまう。
 それは3日前、新教皇庁によって執り行われた公開火刑の跡だった。




(確かに、相手は悪いことをしたかもしれないけど、あまりにも酷すぎる)




 背きながらも、心の中で呟いたは、斜め前にいる2人の神父を確認した。
 どうやら、彼らも同じ光景を見ていたらしい。




「お待たせ、お2人さん。何か、見つけた?」

「ええ。あれ、見て下さい。誰だかお分かりになりますか?」

「あれ? ……ああ、確か、ブルノ司教よね? 彼も対象になったの?」

「ブルノ司教は、生態拝領の儀式の際、聖体(パン)を市民にちらつかせて金銭を要求し、支払いがなければ、聖体を聖壇に投げ
返したという報告が以前あった。よって、今回の公開火刑の対象になったのは当然のことだと推測される」

「確かに、司教を含め、彼らは聖職者失格だったかもしれません。でも、焼き殺したりしなくたって――」




 食事をするのに、この光景を見ながらは美味しいものもまずくなってしまうので、とりあえず反対側の歩道へ移ると、ちょうど見つけたベンチの上にアベルとが座り、の横にトレスが立っていた。




「あなたも座りなさい、トレス。いくら機械(マシン)だからって、ずっと立っているのは疲れるでしょ?」

「否定。俺は別に疲れない上、何があった時にすぐに動けないこともある。よって、このまま立っている」

「……ま、いっか。はい、アベル」

「おっ、ありがとうございます〜! これって、経費で落ちるんですよね?」

「アベルが心配することじゃないわ。私のお金で買ったんだもの。……あと、これ。13杯入っているから、大丈夫
よ」




 が自動二輪車から取り出したサンドイッチと紅茶をアベルに渡すと、彼は我武者羅になって食べ始めた。
 それを呆れたように身ながら、も自分のサンドイッチを食べ始めた。
 相変わらず、食欲旺盛なアベルである。




「それより、この公開火刑って、ブルノ市民に新教皇庁の正統性をアピールするためのプロパガンダなんでしょ?」

肯定(ポジティブ)。よって、この結果も予期されていたものとなる」

「……聖下は大丈夫なのですかね? ブルノ教会軍に包囲されて、今日で丸1週間になります。新教皇庁の人達、
相当、焦っているはずですよ」

「聖下を殺害する意図があるなら、プラークで実行していたはずだ。人質としての価値がある限り、聖下が殺害される
可能性は極めて低い」

「確かに、それは一理あるわね」




 がサンドイッチを左手に持ち、ケープの奥にある小型電脳情報機(サブクロスケイグス)を取り出して電源を入れると、
 画面にアレッサンドロがいると思われるシュピルベルク城の設計図が映し出された。
 彼の位置を頷ける緑の点滅部分は、城の最上階にある独房だ。




「相手はたぶん、彼を殺そうとは思っていないわ。むしろ彼の目的は、メディチ、スフォルツァ両猊下よ。たぶん、
彼らに何かの圧力をかけるために彼を誘拐させたんだと思うの」

「そして、そのための“切り札”として用意されたのが、例の噴進爆弾(ミサイル)、ということですね?」

「ご名答」




 いつの間にかサンドイッチを食べ終わり、隣においてあった紅茶を手に取りながら言うアベルに、
 がすぐに答える。
 相変わらず、食べ終わるのが早い。



 昨日までの段階で、噴進爆弾のことについてはある程度の情報は手に入っている。
 その情報は、爆弾の回収を担当するレオンに一通り説明はしていあるもの、
 ここにいる2人の神父には言っていない。
 本当は言った方がいいのかもしれないが、事実、このデータも正確なものじゃないため、
 まだ伝えるべきではないと判断したからだ。




「何とか、今夜中に聖下を救出させましょう。ついでに、その噴進爆弾も、無力化させるのがベストですね」

「ええ。切り札さえなくなれば、相手は何も動けなくなるはずだしね」

「よう、待ったか、へっぽこ、拳銃屋、?」




 近くで聞き覚えのあるダミ声が聞こえ、3人はその相手に視線を動かした。
 そこにはグレーの作業服に身をまとったレオンがにやにやと笑っている。

「いやあ、今日は参ったぜ。クソ坊主どもが無茶苦茶な工期押し付けてくるもんだから、どこの現場もてんやわんや
でよ。……お、ありがとよ、

「どういたしまして」




 とトレスの間に座ると、レオンはからサンドイッチと紅茶を手渡すと、
 よっぽどお腹が空いていたのか、一気に食べ始めた。




「で、仕掛けの具合はどうです、レオンさん?」

「おう、バッチリよ。そうだな、もう2時間もすりゃ、大騒ぎが始まるぜ。の指示通り、こいつと同じものを取水
口に放り込んでやったからな」




 レオンがポケットから、女性用のコンパクトに似た平たい円盤を取り出す。
 これは2日前、“タクティクス”を彼に見せた日に用意してもらうように頼んだ小型爆弾だった。




「うまく工事のドサクサに紛れたんで、兵態どもも気づいてねえ。――ただ、何せ急の仕事だ。どこまで時間が稼げる
か、俺にも分からん」

「そのあたりは、私の方で調節するわ。……ところで、例のもつけてくれたかしら?」

「そっちもバッチリだぜ。ちゃんと、映像もちゃんと出るはずだ」

「そう? テストしても大丈夫?」

「もちろん」




 はレオンに了解を取ると、小型電脳情報機のキーボードを一気に叩き始めた。
 片手にサンドイッチを持っているというのにも関らず、片手で弾くスピードは普段と変わりない。



 リターンキーを押すと、目の前に4つの動画が流れ出す。
 その映像は間違いなく、シュピルベルク城周辺のものだった。




「よし、ちゃんと動いているわね。ありがとう、レオン。これでだいぶ楽になったわ」

「これぐらい、お安い御用だ」




 ようやくがサンドイッチを食べ終わったのと同時に、あとから食べ始めたレオンも食べ終わり、
 小型電脳情報機の映像を確認する。
 そんなレオンを横目に、は画像を再び、もとのシュピルベルク城の設計図に戻した。
 赤い点滅は、レオンが仕掛けた小型爆弾、白に点滅しているのは、隠し
撮影機(カメラ)である。




「それじゃ、これからのことを順に話すわね。レオンが仕掛けた爆弾が爆発した後、まずアベルとトレスが修道士の
格好をして城内に突入して、聖下のところまで行く。で、その間に、レオンが噴進爆弾の処理にあたって欲しいの」

「もし、すべてがうまく進行しなかった場合は?」

「その場の判断次第では、やむを得ず退散することあるかもしれないけど、もしそうだとしても、作戦を考え直して、
明日の戴冠式までにはすべて終わらせる方向で行くから、そのつもりで」

「卿はどうする、シスター・?」

「私はスクルーの『中』から、あなた達にそれぞれ情報を提供するわ。そのための映像だからね」

「ま、聖下はアベルとトレスで何とかしろ。噴進爆弾は俺で何とかしてやる。だけどよ、時間よりもっと厄介なこと
があるぜ」

「ヴァーツラフの存在、よね? 確かに、それが問題なのよ……」




 アベルは声に出さなかったにしろ、レオンとと同じことを考えていたらしく、2人の顔を見つめる。
 その様子を伺いながらレオンが話し始めた。




「もし、奴と出くわした場合はどうする? 腐っても元派遣執行官だ。手強いぜ?」

「あの、それは――」

排除(デリート)する」




 アベルの言葉を横切るかのように、トレスが急に口を挟む。
 彼の言葉に、は予想的中したかのように、彼の顔を見上げた。




「ハヴェルについては俺が処理する。卿らは作戦目標に集中しろ」

「奴を倒せるのかい、拳銃屋?」

問題ない(ノー・プロブレム)。対抗手段を準備してある」




 トレスが両腕の袖口からわずかに覗く棒状の物体を見せると、はすぐ、
 その効果を把握したようにトレスに聞いてみる。どうやら、“教授”につけてもらったらしい。




「なるほど、対動体(ドップラー)レーダーね」

「肯定。これなら、たとえ対象が透明化しても、その動きそのものを補足出来る」

「さすが“教授”。よく考えたものね」




 一昨日会った時には何も聞いていなかったが、まさかトレスにこんなものをつけるとは思ってもいなかった。
 どうやら、彼は本気でハヴェルを消去するらしい。




「……あ、あのぅ、トレス君? 出来れば戦闘の前に、あの、穏便に説得を――」

「警告しておく、ナイトロード神父。今回は、俺の妨害をするな」

「そうだぜ。もう、ハヴェルの旦那のことは考えるな」

「し、しかしですね、まだ説得の余地が……」

「んなもんはねえよ」




 レオンの声は、とても温かかく、説得力があるものだった。
 それに反応するかのように、がアベルに言った。




「……ヴァーツラフのことは、今回は敵として見て欲しいの。そうするしかないわ」

さん! それじゃ、一昨日おっしゃったことと……」

「違うと言われてもいいわ。今の私達は、聖下を助け、ミサイルをどうにかしなくてはいけない。その間にヴァーツ
ラフに会ったら、その時は本気でやるしかないわ」




 の言葉に、アベルは疑問の顔をし続けた。
 確かに彼女は、一昨日の時点では、彼を正しい道に戻したいと言っていた。
 それはつまり、彼を説得して、
こちら側(Ax)に戻すということだとずっと思っていたからだ。
 そうでは、なかったのだろうか?




「俺たちゃ、この世に数え切れねえほど選択肢を持ってやってきて、あとは死ぬまで、1秒ごとにとんでもねえ数の
それを削って過ごしていくんだ。その中で、奴は
向こう(新教皇庁)を選んじまったんだ。でもって、俺たちはこっち(Ax)を選ん
だ。――あとは、覚悟を決めるだけさ」




 レオンの声には、すでに迷いなどはなく、ただ1つのことしか考えていないように聞こえる。
 そんな彼の言葉を、アベルはどう受け止めたのだろうか。
 は少し、心配そうにアベルを見ると、彼は地面の敷石に視線が注がれていた。




「……レオンさんは迷わないんですか?」

「俺には、もう選択肢がねえからな」




 その言葉に、ははっとして、レオンの顔を見つめた。
 彼の目線は、どこか遠くを見つめているようにも見え、彼女は行き場をすぐに把握した。




「……さ、そろそろ時間よ。3人とも、配置について。アベルとトレスは、これね。少し歩きにくいかもしれないけ
ど、しばらくの間は我慢して。レオンは僧衣に着替えて、そのまま噴進爆弾がある作業場に向かって」

「おう、任せておけ」

「了解した」




 アベルとトレスが修道士の服を、レオンが自分の僧衣を受け取ると、3人はそれぞれの方向に散らばり始めた。
 それぞれの行く方向を確認しから、は静かに立ち上がり、3人のうちの1人を見つめていた。



 アベルの後ろ姿はまだどことなく力がなく、何かが喉に引っかかっているようにも伺えた。
 その姿を見ていたら、自分が彼を裏切るような発言をしたことに、少し後悔してしまう。



 一昨日言ったことは、今でもしっかり残っているし、実行させる気でいるのは確かだ。
 しかしあの場で言えば、消去する方向で進んでいるトレスが確実に自分のもとから離れ、
 1人で単独行動に出てしまうことになりかねないと予測していた。
 そのためにもは、多少の嘘をついても、彼を引き止めることを選んだのだ。
 これも、1つの選択肢だ。



 だとしても、アベルを傷つけたのには変わりない。
 どうにかして、彼に謝らなくてはならない。
 は頭を抱え、手段を選び始めた。




「……使いたくないけど、使うしかないわね」




 静かに目を閉じ、大きく呼吸をする。
 何度か続けているうちに、自然と周りの音が聞こえなくなっていく。




(アベル……)




 意識のどこかで、「繋がって」いる者の名前を呼ぶ。




(アベル……)




 閉じた目の奥に現れた湖の上にある雫が、どんどん大きくなっていく。




(アベル……)




 何度も呼びかけていく間にも、雫はどんどん大きくなっていき、そして……。









 ……そして雫が湖に落ちた時、目の前に交信をしたかった相手の顔が浮かび上がり、ゆっくりと目を開けた。









「よかった……。ちゃんと、気づいてくれたわね」

(当たり前ですよ。本当、大掛かりなことしますね)

「通信機を使うと、他の2人に聞こえちゃうからね。こうするしか、方法がなかったの」




 目の前には、先ほどのブルノの町並みが広がっているのだが、周りにいる聖職者や兵士の動きが止まっている。
 音も、全く聞こえない。まるで、時間が停止しているようん感覚だ。



 そしてその中に、トレスと一緒に行ったと思われる、アベルの姿がはっきりと見えていた。




(で、どうしたんですか? トレス君やレオンさんに言えないようなこととは?)

「さっきのこと……、謝りたかったの」




 の言葉に、アベルの顔が少し驚いたように見える。
 しかしすぐに理解したかのように、彼は優しく、彼女を安心させるように言う。




(……大丈夫ですよ、さん)

「え?」

さんが言いたいことぐらい、分かりますから)




 アベルの言葉に、は安心したのと同時に、謝罪の気持ちがより一層強くなっていく。
 そして自然と口から、その気持ちを言葉に出した。




「……ごめんなさい、アベル。本当、あんなことを言うつもりなんてなかったの」

(分かってます。確かに最初はショックでしたが、今はもう大丈夫です。それに、そうでもしないと、トレス君に
逃げられちゃいますもんね)

「そんなことまで……、分かっていたのね」




 やはり、彼には敵わない。
 普段は自分の方がしっかりしているはずなのに、こういう時になると、いつも彼にリードされてしまう。
 そんな自分にイライラする時もあるが、今は逆に力が抜けている。




さん、私は私なりに、ヴァーツラフさんを説得するつもりです。きっとトレス君がそれを許してくれないと思い
ますが、それでもやっぱり、ちゃんと彼の意見を聞きたいんです)

「分かっている。だからあなたに、ある任務を与えるわ」




 すべて丸く収まっていることを感じたは、目の前にいる相手に向かって命令する。
 それは確かに、彼の希望に合った命令だ。




「あなたの言う通り、確実にトレスが邪魔をするかもしれないけど、出来るだけヴァーツラフの側から離れないでい
て欲しいの。そして少しでもいいから、彼が新教皇庁に入った理由や噴進爆弾のことを聞き出して。もちろん……、
彼自身の気持ちもよ」

(分かりました。やってみます。……さん)

「ん?」

(……私の意見を聞いてくれて、ありがとう)

「こちらこそ、許してくれてありがとう。お陰で、スッキリしたわ」




 はそれだけ言うと、再び目を閉じ、大きく深呼吸をした。
 目の前に再び湖が現れると、逆回転のように雫が上に上がり、そして元の暗闇に戻って行った。






 そしてが再び目を開けた時には、街はもとの賑わいを取り戻し、アベルの姿も消えていた。

















「KNOW FAITH」です。

にとって、ヴァーツラフは大切な人なので、アベルには彼を説得して欲しいと、
誰よりも強く願っていたことでしょう。
だからこそ、トレスとレオンの前で演技をして、真意をアベルにだけ伝えたのかもしれません。

さて、次からはひたすら見守り役なので、大した変動はありませんが、
よかったら読んでやって下さい。





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