<早く……、早く火を消せ!>
煙を吸い込んでしまい、激しく咳き込むアルフォンソの姿が、地下広間に現れると、
プログラム「セフィリア」がその姿を追った。
中には失敗作のものもあったようだが、どうやらほぼすべてのコンパクトが爆破したらしい。
「アベル、トレス! すぐに中に入って!」
<分かりました! トレス君、気をつけて!>
<了解>
「レオンもすぐに、作業場へ! 異端審問官に気をつけて!」
<おうっ!>
はすぐに3人に伝えると、彼らは一斉に中へと入っていった。
レオンは作業場までの道のりが長かったが、ブラザー・フィリポによって兵士達がすでにやられていたため、
思った以上に早く目的地に到着していた。
これに関して言えば、相手にお礼を言わなくてはいけないのかもしれない。
一方、アベルとトレスは何とか修道士の格好をしていたお蔭で、目的地である地下広間までは何らく進み、
中にいるアルフォンソに接近することが出来た。
問題は、ここからだ。
<恐れながら申し上げます。噴進爆弾を移動させながら、例の人質めも、場所を移した方がよろしいのではありま
せんか? 混乱に乗じて、敵が潜入する恐れがあります>
<ん? ああ、そうだな。どこか適当なところに移しておけ。ただし、見張りはしっかりつけておくのだ>
<はっ、直ちに!>
ここまでは、予定通りに進んでいる。
トレスが噴進爆弾の場所まで行ってレオンと合流して解体作業をして、
その間にアベルがアレッサンドロの元まで行き、彼を救出する。
それが、が考え出した作戦だった。もし誰も邪魔が入ることがなければ、確実に彼女の計画は成功する
――はずだった。
<――派遣執行官の戦術は正面対決を避ける傾向にあります>
すべてがうまくいっているのを邪魔したのは、今まで彼らと共に戦ってきた元派遣執行官だった。
<アレッサンドロ聖下はご無事です。――君達2人さえ近づかなければね、アベル、トレス>
(やばい、気づかれたか!)
は心の中でそう叫ぶと、指を鳴らし、その場にいる2人の執行官に向かって叫んだ。
「2人とも、作戦変更よ!」
<了解。ナイトロード神父、卿はアルフォンソ・デステを人質に取れ。“ノーフェイス”は俺が対処する!>
修道衣を素早く脱ぎ捨て、2挺のM13をしっかり握った手がハヴェルに向けられている。
その間に、アベルはすぐにアルフォンソを人質に取ろうとする。
<大人しくしてください、アルフォンソ元大司教!>
しかしそれよりも速いスピードで、アルフォンソを庇うようにハヴェルが脚力で床を蹴り、アベルの前へ現れた。
これでは人質にするどころか、彼に触れることすら出来ない。
<どいてください、ヴァーツラフさん!>
<どけ、ナイトロード神父!>
アベルとトレスの言葉が重なり、お互い矛盾したことを発する。
それを聞いたが、少し焦ったように見つめる。
「トレス、あなた、少しは彼に……!」
<黙れ、シスター・。俺はハヴェルを……>
<待ってください、トレス君! ヴァーツラフさん、お願いですから―>
<どけと言っている、ナイトロード!>
トレスがアベルを突き飛ばした時には、すでにハヴェルの姿はなくなっている。
しかし今のトレスには、“教授”によってつけられた対動体レーダーがある。
それを利用して、彼は何とかハヴェルの攻撃を避けていった。
<0.22秒遅い>
相手の攻撃を避けつつ、何とか銃を相手に向けて発射し始めると、それが何らかに弾ける気配を感じた。
――どうやら、相手に当たったらしい。
再びトレスが銃の引き金を引く。
彼の目には、しっかい相手の姿が見えているのは確かだから、その2つも、何らかの形で当たるはずだ。
しかしその弾は相手に弾かれる前に、石壁に弾丸が埋め込まれたのだ。
レーダーがうまく反応しなかったのか?
(違う、レーダーの弱点をついている!)
対動体レーダーの弱点、それは微妙な揺らぎに同調してしまえば補足出来ないことだ。
それをすぐに実行することが出来るもの。
それは……。
「……トレス! 彼は、炎の中にいる!!」
が見つけた時には、トレスの前に炎に包まれたハヴェルの腕が彼の腕を捕らえ、
そのまま体を壁に叩きつけられてしまった。
<しまった……、トレス君!>
「フェリー、トレスに修復プログラムをロードして!」
『了解しました、わが主よ』
アベル1人でハヴェルに退行できるわけがないし、彼の目的である説得すら出来ない。
最悪の事態が起きる前に回復させ、すぐにアベルのサポートについてもらわなくてはならないと思ったは、
プログラム「フェリス」に頼み、すぐに修整プログラムをトレスにロードさせるように指示を出したのだった。
そんな中、別の画面から大きな水しぶきが聞こえ、それに反応するように、
はすぐに、レオンがいる作業場の映像を移している第2映像を見た。
この場所には、危険な液体燃料の漏出に備えて、深いプールが備えられており、中にはすでに水が溜まっていた。
そこに、レオンのものと思われる僧衣が浮いていたのだ。
だとしたら、さっきの水しぶきは敵を騙すためのものだったのだろうか?
そう思った時、プログラム「セフィリア」が向きを変え、プールのちょうど横辺りを映し出した。
そこには異端審問官の格好をした、小さくて丸い人物(?)と、半裸で立っている大男が映し出されたのだ。
その半裸な男の体を見て、の顔が赤くなっていくのが分かった。
それもそのはず、その格好をしているのは彼女の同僚だからだ。
「レオンの馬鹿!! 何て格好しているのよ!!?」
<それは俺じゃなく、このダルマウナギに言え!!!>
顔を隠しながらも怒鳴るに、レオンもそれに退行するかのように怒鳴りつける。
彼だって、好きでこんな格好になったわけではないのだが、これは女性に見せるようなものではないことも事実だ。
その場にがいたら、レオンの腹部に彼女の怒りの鉄拳が入ったに違いない。
この映像を消すことが可能なら即行消したいのだが、任務を成功させるのには仕方がない。
とりあえず、目で隠しながら、彼の映像を見ることにしたのだった。
(うう〜、早く終わりたいよ〜!)
心の中で泣きながらも、早く画像が変わってくれることを願いながら見つめる。
本当にこんなの、早く終わって欲しい。
<こうなったのも、すべてお前のせいだ、ダルマウナギ。返事次第じゃ、おめえ、死ぬぞ?>
<すんませんっ! 許して下さい! 自分、超チョーシこいとりましたですっ!>
「本当よ! 本気で殺すわよ!!」
相手には聞こえていないのだが、も思わず反撃してしまう。
それぐらい、ダメージが大きかった、ということだ。
相手は土下座して謝っているようだが、レオンもも、思わず睨みつきながら、相手の顔を見つめている。
本当、その場にいたら、本気で相手を殴りたい気分だ。
<消えな。――二度と、その醜い顔を見せるんじゃねえ>
<はっ! ありがとうございます!!>
レオンはとりあえず相手を許すと、目の前にある噴進爆弾に向かって歩き出した。
これで、ようやく解体作業が実行できると安心していた時……。
後ろで気絶した修練女が、後退したフィリポによって投げ出されてしまったのだった。
<て、てめえ、何しやがる!>
「すぐに彼女を救出して! 早く!」
<分かってらあ!>
レオンはの指示に答えると、慌ててプールに飛びんだ。
すると、それを待っていたかのように、フィリポが彼に目掛けて一直線に飛来したのだった。
しかしそれを裏拳で弾くと、修道女を床に上げた。
<ちょーしこきやがって、このダルマウナギ! やっぱ、てめえは殺す!>
<殺すだあっ?>
フィリポが勝ち誇った表情のままワイヤーを握ったままなのを見て、はあることを思い出した。
先ほど、プログラム「スクラクト」が彼の説明をしている時、
「電撃攻撃を仕掛けてくる可能性もある」と言っていた。
そしてその電撃は水を振動して、他人に害を与えることが出来る。
と、言うことは……。
「フェリー! すぐに“ダンディライオン”に、半抵抗バリアを!!」
『承知しました、わが主よ。プログラムコード:0537、ファイル:0357。半抵抗バリア作動』
がプログラム「フェリス」に伝えたのと同時に、
プールに落ちていたものから凄まじい電流がレオンの全身を襲ったのだった。
「もしかして彼は……、強化人間?」
『その通りだ、わが主よ。ブラザー・フィリポは最大30万Vの高電圧放電が可能な強化人間だ』
プログラム「スクラクト」がに答えるように言うと、彼女は彼の周りにバリアを貼ったのは正解だと思った。
相手がなら、完全にバリアを貼ることが可能なのだが、他人にはそういうわけにもいかない。
そのため、彼女以外にも対応可能な半抵抗バリアを発動させ、彼の心拍数を停止させないようにした。
多少の痙攣は仕方ないにしろ、何もしていなかったら、今頃彼は即死状態だった。
<おお、まだ生きてやがる。まさにゴキブリ並みの生命力! すんばらすぃ〜!>
「……だんだん、この言葉使いがムカついて来たのは私だけ?」
彼女のムカつきがすぐに押さえられるのもではない。
しかしそれでも、思わず口にして言ってしまうのは、やはり主人想いだからであろうか。
はフィリポをイライラしたように見つめていると、
彼が傍らのコンソールから見える電気器具の間にあったボタンを押し込み、
プールの栓をしていた鎖が引っ張られ、緊急用の排水口に水が吸い込まれていったのだった。
「まさか、このまま排水口に流すつもりじゃ……!」
<ひゃ、ひゃべえ……>
「え〜い、こうなったら、レオン、相手も道連れにしなさいっ!」
<ひわれらるれも、ひょうひゅりゃあ!>
電流を浴びたことによって、口がうまく回らないが、何とか相手の言うことは理解出来る。
あのバリアも、ここまではさすがに防げなかったらしい。
レオンはに言った通り、相手を道連れにするかのように、痙攣した手で先ほどフィリポが投じたものを握った。
相手は手首にしっかりと鋼線を撒きつけてあるから、このまま引っ張れば彼も一緒に水の中に沈む。
<な、何だあ、これは!?>
<へ、れめえもみちるれら、このらるまうらり>
<こッ、このクタバリ損な……イィィィィッ!>
フィリポの叫び声と共に、2人の体が排水口に吸い込まれ、その姿はじきに見えなくなっていった。
その後を、プログラム「セフィリア」が追いかけるように進むのを見て、は場所が転じるまで、
「彼女」に任せるとして、アベルとトレス、ヴァーツラフがいる地下広間へと目線を戻した。
<……異端審問局に、天才的な暗殺者がいると聞いたことがあります>
肩に刺さっている峨嵋針を引き抜きながら、ハヴェルは相手に語りかける。
その相手とは……。
「……来たわね、パウラ……」
そう、の宿敵、シスター・パウラの姿があったのだった。
<……異端審問局副局長のシスター・パウラです。本日はアルフォンソ・デステ元大司教の異端審問に関する判断の
朗読と卿の執行に参りました>
強化歩兵用の戦闘補助システムである装甲戦闘服相を身にまとったシスター・パウラの変わらない穏やかな声に、
は逆に警戒心を強めていく。
冷静になればなるほど、彼女の持つ力は大きくなっていくのを知っているからだ。
<判決。元ケルン大司教アルフォンソ・デステは異端にして、改宗の余地なし。よって、これを即時死刑に処するも
の也――以上。これより、刑の執行に移ります>
パウラがそう言うと、すぐに動きを転じ、アルフォンソに目掛けて動き出す。
しかしアルフォンソを襲う前に、ハヴェルが彼女の前に踊り出て、峨嵋針をへし折っていた。
しかし、パウラの武器はこれだけではない。
背後から新しい武器――鴛鴦鉞を2つ取り出し、それぞれ左右に構えた。
そんな彼女にハヴェルは必死になって抵抗する。
がパウラと退行した時も、彼女が使用していたのはこの暗器だった。遠接攻撃を専門とすると、
近接攻撃を専門とするパウラ。
確実に有利だったのはパウラだったが、そこはも負けてはいられまいと、周りの道具をいろいろ使って、
何とか彼女を捕らえたのだった。
(あれは、そう簡単にかわせるものじゃない。それが例え、ヴァーツラフであろうと変わらない)
そう思っているうちにも、あとから仕掛けてきたパウラの鴛鴦鉞が、
長く伸びたヴァーツラフの右腕をくびれに捉え、そのまま一気にへし折ってしまった。
「…………ぐうっ!」
ハヴェルの叫び声を聞いたのと同時に、はすぐに回復プログラムを転送させようとしたが、
相手が「人間」の場合は、プログラム「ヴォルファイ」も起動させなくてはいけなくなる。
そんな時間は、今の彼女にはなかった。
(ごめん……、ヴァーツラフ)
の心の中で、彼に対する謝罪の言葉が鳴る。
彼の腕がありえない方向に捻じ曲がっているのを見るだけでも、彼女の心に悔しい気持ちが募るばかりだ。
そんなハヴェルを見つつも、パウラは相変わらず冷静さを保っていた。
そしてその彼に、最後の一撃を与えようとしたのを見て、はすぐにアベルに指示を出した。
「アベル! どんな手を使ってでもいいから、パウラを止めて!」
<勿論です!!>
どうやらすでにそのつもりだったのか、彼の手には旧式回転拳銃がしっかりと握られていて、
ハヴェルとパウラの間を打ち抜いた。
2人には当たらなかったにしろ、相手がヴァーツラフの命を奪わずにすんだため、
は思わず安堵のため息をついた。
「フェリー、トレスの回復まで、あとどれぐらいかかりそうなの?」
『あと、30秒ほどはかかります。“ガンスリンガー”の中にある修整プログラムの力もあり、通常の約3倍ほどの
時間で修復中です』
安心ばかりもしていられない。
今1人の派遣執行官であるトレスが普及しない間は、アベル1人で2人を止めなくてはならない。
いや、正確に言うのであれば、ハヴェルと共にパウラを止めなくてはならないのだ。
(お願い、トレス。――早く復旧して!)
が心の中で念じると、それが通じたのか、トレスの右目が赤く光り出した。
……どうやら、修復が完了したらしい。
「トレス! 大丈夫!?」
<問題ない。プログラム『フェリス』の協力もあり、通常の倍以上の早さで修復した。感謝する、シスター・>
「私にお礼を言う前に、先にアベルを……!」
床から立ち上がろうとするトレスに指示を出そうとした時、アベルの目の前には、すでにパウラの影があった。
的を失った銃口が探している隙に、彼女が手にしている鴛鴦鉞を振り下ろそうとしたその時、
トレスがタイミングよく横合いからM13の引き金を引いたのだった。
<――0.08遅い>
「よかった、間に合った……」
トレスの素早い動きに、が再び安堵のため息を漏らすと、地下広間に軍服を来た兵士達がようやく到着をして、
へたり込んだアルフォンソを救い出しに来たのだ。
こうなってしまっては、さすがのパウラも乗り切るのは不可能だ。
その上、アベルとトレスも、これ以上先に進むことは容易ではない。
パウラが小さな円盤を投げ、大音響と共に破裂する。
そこから吹き上がる煙幕に、盛んに咳き込む声が聞こえ、その場でうろたえ始めている。
この間に、撤収するしかない。
「アベル、トレス! 作戦は失敗よ! すぐに撤収しなさい!!」
<了解。――我々も撤収する、ナイトロード神父>
トレスがそう言うも、アベルは床に拳銃を置き、降伏するかのように両腕を上げた。
それを見たが何かを察したのか、彼にそっと言った。
「本当に……、それでいいのね?」
<ええ。……行って下さい、トレス君>
アベルの視線が、目の前にいるハヴェルに向けられている。
その視線は、まるで何かを望んでいるかのように真っ直ぐだった。
「……トレス。アベルをここに残して、あなたは撤収しなさい」
<……了解。作戦失敗。損失1名。――撤収する>
トレスがその場から離れ、画面には立ちつくすアベルの姿だけが残る。
その姿を、は何も言わず、訴えるような目で見つめているだけだった。
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