シュピルベルク城に向かって走っている最中、はアベルのことが気になって仕方がなかった。



 彼女と離れていた間、彼はたくさんハヴェルと話す時間があったはずだ。
 そしてその経緯があるから、アベルをアレッサンドロのもとへ向かわせた。
 その理由は具体的には分からなくても、推測でなら考えられることはない。
 問題はそれを、アベルがどれぐらい信じているかだった。




「……さん、例の噴進爆弾のことはご存知ですか?」

「……ええ。昨日、スクルーから聞いたわ」

「なら、どんな効果があるかもご存知ですね?」

「ええ。だから、そのことは気にしないで。あなたはとにかく、ヴァーツラフを止めることだけを考えて欲しい。
……待って、アベル!」




 突然その場に足を止めたを、アベルが真剣な眼差しで見つめている。



 先ほど、大聖堂にいたのはフィリポ1人だ。
 パウラの姿が見えなかった。
 となると、考えられるのはただ1つ……。




「大変……、ヴァーツラフが危ない!!」

「え! 一体、どういうことですか!?」

「昨日、スクルーから緊急情報が入ったの。異端審問局が、噴進爆弾をここで爆発させようとしているのよ!」

「それは、先ほどブラザー・フィリポから聞きました。だから、こうやって急いで……!」




 途中まで言いかけ、アベルが思い出したかのように目を見開き、の顔を見つめる。
 どうやら、彼女が言いたいことが理解出来たようだ。




「まさか……、ヴァーツラフさん!」

「そういうことよ! 何とかして、早く彼のところまで行かなくちゃいけないわ!」




 はすぐに腕時計指揮リストバンドの円盤を動かして「5」に合わせると、横のボタンを押す。
 円盤が紫色に光ると、が指示を出す前に、呼び出された「もの」から声を出した。




『行き場所は分かっているから、2人とも、しっかり捕まってて!』

「ありがとう、ヴォルファー! 頼んだわよ!!」

『了解。座標確認、目標、シュピルベルク城地下広間。――移動開始(ムーブ)!』




 プログラム『ヴォルファイ』の声と同時に、を抱えたアベルの姿に時空の亀裂が走り、
 一気にその場から姿を消した。






 そして次に姿を現した時には――、目の前でシスター・パウラが、噴進爆弾の制御卓を破壊する寸前だった。














「ご無事ですか、ヴァーツラフさん!」




 アベルとがそれぞれ銃口をパウラに向けると、彼女はゆっくりと振り返り、2人の姿を見つめた。
 いや、正確にいるなら、アベルの横にいるの姿を見つめていたのだが。




「……お久しぶりですね、

「本当、久しぶりね、パウラ。相変わらず、とてつもなく酷いことしているじゃないの?」

「私はただ、異端どもの始末をしているだけです。それ以外の理由で、こんなことはしません」

「それが、『相変わらず』って言っているのよ!」




 が引き金を引いたが、すでにパウラの姿はそこからなくなっていた。
 どこに行ったのか確認していると、後ろに違和感を感じ、はすぐその場に屈むと、
 パウラの手刀が華麗にその上を舞ったのだった。



 屈んだ体制を維持しつつ、は左足を旋回させるが、それをうまくかわされてしまう。
 しかしそのまま後ろ向きになると、今度は右足を高々と旋回させ、パウラの首元に入れようとした。
 しかしそれもあと少しというところでそれてしまい、お互いの間に少しだが空間が空いた。




「……異端審問局の邪魔をして、ただで済むと思っているのですか?」

「大丈夫よ。こっちには、十分すぎる証拠があるからね。あなた達がやろうとしていることなんて、すでにお見通し
よ。本当、メディチ猊下も懲りない方ね。そんなことして苦しむのは、ご自分だということにお気づきになっていら
っしゃらないのかしら?」

「なるほど、そこまでご承知でしたか……」




 パウラの口調が和み、表情をやや穏やかにして、に問い始める。




「それで、あなたの目的は何です、? この背教者の命を救うことですか?」

「彼を含めた、この街の人間全ての命です」




 の変わりに、ハヴェルに近寄っているアベルが答える。
 その目はいつも以上に鋭く、相手の顔を睨みつけていた。




「ブルノの無血降伏を軍に認めて下さい。メディチ枢機卿の権限なら、十分に可能なはずです」

「残念ながら、それは無理です、神父アベル。あなたがここから生きて帰ることは、叶いませんもの」




 その言葉と同時に、パウラの姿はいつの間にかその場からなくなっていた。
 が急いで彼女の居場所を探すと、アベルの右側から手刀を繰り出しており、
 彼が持っていた
旧式回転拳銃(パーカッション・リボルバー)が真っ二つに切断されてしまった




「アベル!」

「この街の人間は1人残らず殲滅する。……それが、我らの方針です」




 声とは裏腹に、必殺の手刀は機械的な正確さでアベルを捉え、離そうとしない。




「そしてナイトロード神父、シスター・。青酸ガスの存在を知るあなた達も、生かして返すわけには参りません」

「!」




 ははっとなったまま、すぐに銃口をパウラに向ける。
 しかし引き金を引く前に、彼女の姿はの目の前にいて、高々と足を上げ、彼女の踵がのの肩を直撃した。




「くあっ!!」




 がその場に倒れかかろうとしたのと同時に、今度は腹部を思い切り蹴られ、そのまま後ろに吹き飛んでしまう。
 立ち上がろうと思っても、体が言うことを聞かず、逆に口から鮮血を吐き出してしまう。




さん!」




 あまり見ることのないその光景に、アベルの目が赤く染まり、唇から牙を除かせる。






〔ナノマシン“クルースニク02” 40パーセント限定起動――〕






「遅いです」




 アベルが全てを言い終えようとしたとき、先ほどまでの側にいたはずのパウラが足を旋回させ、
 体ごと吹き飛んでしまう。




「アベル……、くっ!!」




 吹き飛ばされたアベルのもとへ行こうと体を動かそうとしても、すぐに動くことが出来ない。
 それでも何とかして、彼のそばまで行かなくてはいけないと、力を振り絞って立ち上がろうとする。
 その間にも、パウラはアベルの銀髪をつかみ、彼の体を楽々と持ち上げた。




「あなた方、派遣執行官については、全員、データを採取してあります。当然、その逆転も検討済みです。……ナイト
ロード神父、あなたは“クルースニク”化さえなければ、とるにたりません」

「や、やめて下さい!」




 弱々しいハヴェルの声が、をさらに辛くさせる。
 彼やアベル、そして自分をここまでさせてまで、
 パウラはこの場に存在する全てのものを排除しようとしていることに、だんだん怒りも募り始めていた。




「もう勝負はついています! シスター、無用な流血は神のご意志にもとる行為です!」

「無用ではありません。“神のご意志”というなら、なおのこと、あなた達を殺さねばなりません。神とは現世の
秩序、現実そのものです。それに逆らう輩を容赦なく絶滅させることこそ、主の御心に沿う行いです」

「そんなの……、間違ってる」




 パウラの言葉を切断するように、何とかその場に立ち上がったが彼女に言い始める。




「あなたの言っていることは間違っている。それは単なる現実逃避。力だけでこの世を変えられるという、単なる思い
込みだけよ」

さんの言う通りです。……あなたの言っているのは、負け犬の言い訳だ!」

「負け犬? 神父アベル、あなたは、私を負け犬と呼んだのですか? 神の信徒たるこの私を負け犬と?」

「そうです。……シスター、あなたは惨めな負け犬だ」




 一瞬苦しそうに見えるが、彼は頑固として繰り返す。
 そしてそれは、同時にの心に響き渡っていった。




「私も、かつてそうだったから分かる。勝手に世界に絶望して、愛した人が求めた理想を軽蔑した。いや、憎んで
すらいた。……でも今思えば、私は負け犬でした」




 自然と昔のことを思い出し、はアベルの顔を見ていた。
 その姿はまるで、もう1人の自分を見ているようだった。



 他人との接触を拒み、固定した人物としか一緒にいなかった
 それは他人と違う「力」を持っているからという簡単な理由で、周りから拒否されていたからだ。
 次第に人間と会うのを拒み、その結果として、極度の人見知りになってしまった自分を助けてくれたのが、
 アベルと同じぐらい大事にしていた人物だった。
 いや、アベルよりも大事にしていたと言っても過言ではない。




(もう、あの時の私に戻ってはいけない。もう、あの時と同じことを繰り返しちゃいけない!)




「いいでしょう。その首が跳ねられ、この街が全滅してもまだ、私を負け犬呼ばわりできるのなら、あなたや、
ハヴェル神父、の言い分を認めましょう。――滅びなさい、派遣執行官!」




 パウロの手刀が、アベルの頭部に向かって突進する。
 はすぐに銃を取ると、銃口をパウロの肩に合わせて引き金を引こうとした。



 しかし引き金にかかった手は、ある者の存在の前に動くことが出来なくなった。




「……ヴァ、ヴァーツラフ!!!」




 が目の先には、パウラの体を背後から素ざまじい力で押さえ込んでいるヴァーツラフがいた。
 まだ動けるとは思っていなかったは、その光景を唖然と見るだけだった。




「……馬鹿な! その体で何故動けるのです!?」

「アベル、私は先ほど、私の神を否定しました。……だが、やはり神はおわしましたよ」




 生命維持用のバックアップ回路すべてを転用してしまい、ヴァーツラフの顔色はどんどん悪くなっていくが、
 彼の言葉はとても温かく、そして何かを確信したようにも聞こえる。




「神は確かに存在しています。ただし、それは現実(ちから)でもない。理想(ゆめ)でもない。――それは、理想と現実の境を埋め
ようとする、人の意思そのものだ!」

「! ヴァーツラフ、よけて!!」

「ヴァーツラフさん!!」




 パウラの手刀がヴァーツラフに向かおうとして、とアベルが彼に向かって叫んだが、それは一歩遅かった。
 気づいた時には、彼の胴には、しっかりとパウラの手刀が串刺しにされてしまっていたのだ。




「何てことを……、ヴァーツラフ!!」

「アベル……、……。あとを……、人間達を……、頼みます」

「――この死に損ないが!!」




 勢いよく手刀を抜かれ、ヴァーツラフの体が地面に落ちる。
 その姿を見ていたの体が、ガクガクと震えだしていた。




(こんなの……、こんなことって!!!)




「余計な時間を取ってしまいましたね。さて、次は神父アベル、シスター・、あなた達の――」




 パウラの言葉が、途中で切断される。
 それは目の前で、アベルの目が赤く染まっていったからだった。






〔ナノマシン“クルースニク02” 40パーセント限定起動――承認!〕

















、今回もパウラに勝てず(汗)。
いや、前回は一応勝ったんですけどね。
言葉で勝てたようなので、とりあえず見逃して下さい。

そして次は、本編でも触れなかった部分です。
でも飽くまでも私の解釈なので、よろしくお願いします。





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