ハヴェルがゆっくりと瞼を開けたのは、パウラが退散して5分ほど立ってからだった。
 トレスとレオンに頼み、気がついたアレッサンドロをここまで呼んでもらい、
 2人はそのまま無条件降伏の準備に取り掛かっていた。




「だ、だ、大丈夫ですか、ヴァーツラフ?」

「ああ、聖下……、ご無事でしたか……」




 優しく言うハヴェルの声も、今では痛々しく感じてしまう。
 出来ることなら、黙っていて欲しいのだが、本人はそれを望むわけがない。




「ご、ご、ごめんなさい、ヴァーツラフ。ぼ、僕が、もっとちゃんとしたきょう、教皇だったら、こんなことには
……」

「いいのですよ……、聖下……。本当にいいのです。お陰で、私は……、見失っていた神と再開できました。私は、
満足しています」

「か、神? じゃ、じゃあ、ヴァーツラフはしゅ、主と会ったの?」

「ええ。長いこと、見失ってしまっていた主なる神……、なんのことはない、私の神は、私の中にいらっしゃった」




 とても爽やかで、温かさを感じる顔に、は逆に胸が苦しくなる。
 本人が希望したことだとしても、はやり助けたかったという想いが大きく、彼女の目から涙として現れた。




……。ここに、来てくれますか?」




 それに気づいたのか、もうあまり視界がはっきりしていないヴァーツラフが呼びかけると、
 はアレッサンドロの反対側にひざまつき、彼の顔を見る。
 そっと頬に触れる手には、もう昔のような温もりは感じられなくなっていた。




「泣いてはいけません、。あなたは笑顔で、いなくてはいけません」

「こんな状態で、笑顔になれるわけないでしょう?」

「確かに、そうですけどね。……、最後に1つ、お願いしてもいいですか?」

「勿論よ。何?」




 自然と声が霞んでしまうの頬に流れる涙を、ハヴェルは優しく拭い、そして笑顔を見せる。
 その表情には、もう迷いがなかった。




「私は昔から……、ミサの時に聞こえるあなたの歌声が好きでした。繊細で、透き通っていて、まるで『天使』の
歌声のように聞こえたあなたの歌声が、私は大好きでした」

「そんな……、私の声なんて、大したものじゃない」

「それは違います、。あなたはもっと、その声に自信を持ちなさい。そして死者のために、歌って下さい。きっと
皆、心を清らかにして、上に昇れるでしょう」

「ヴァーツラフ……」




 今まで、自分の歌声を好きだという人に会ったことがなかったため、は少し慌てながらも、
 ハヴェルの言葉を素直に喜んだ。
 出来ることなら、彼が元気な時に聞きたかったが、時間を遡ることなど出来るわけもなく、
 の中に、再び悔しさが込みあがってきていた。




「聖下、確かに、今のあなたは非力です。あなたは我らをお救いになれなかった。……でも、あなたには志がある。
……そして、志ある限り、あなたの非力は非力ではない。あなたがそれを恥じる限り、あなたの中にいる神が、
いつかきっとあなたに力をお授けになる日がくる。その日を、私は楽しみに――」

「ヴァ、ヴァーツラフ?」




 声が途切れたのと同時に、の頬に触れていた掌が、ゆっくりと地面に落ちた。
 アレッサンドロは慌てて呼びかけたが、もうすでに、ヴァーツラフに届くことはなかった。




 何かを言おうとして、そのまま口を閉じてしまう。
 しかしこのままじゃ、彼の願いを叶えることが出来なくなってしまう。
 そう思ったが、ゆっくりと口を開いた。



 地下広間全体に、の歌声が静かに響き渡る。
 そしてそれは、まるで「天使」が死者を、天に届けるかのようにも聞こえた。



 頭の中に、ハヴェルと一緒にいた日々が思い出す。
 昔、立場は違えど、同じ任務につき、共に力を合わせて撃退した。
 大学時代、アベルと共に大学の中庭で勉強しているのを手伝ってくれたり、昔の神話などの本を貸してくれた。
 時に稽古の相手もしてくれたし、任務で嫌なことがあると、いつも優しく慰めてくれた。



 でも、もうそうしてもらうことが出来ない。お礼を言うことすら出来ない。




(ヴァーツラフ……。これからあなたの分もまとめて、死者をちゃんと送り届けるわ。だから……、しっかり見てい
て)






 心の誓いが、無事天に上っていたハヴェルに届いていることを願いながら、
 は静かに、歌い続けていたのだった。
















と、いうことで、無事に終了です。
編集に予想以上に時間がかかってしまってすみませんでした(汗)。

ヴァーツラフは大好きな人だっただけに、ここでいなくなってしまうのは非常に悲しいです。
出来ることなら、もっといろいろ書きたかった気持ちでいっぱいです。
いろいろなことを教えてくれてありがとう、ヴァーツラフ。
優しさもいっぱいくれて、ありがとう。





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