「うわー、懐かしー」




 が指差したところは昔と変わらず、温かい光に照らされていた。



 ここは、ローマ大学内の中庭に設置されている、別名「ローズガーデン」と呼ばれる庭園だ。

 今回、“教授”の許可を得て、10年ぶりに訪れることとなったのだった。




「本当、ウィルには頭が上がらないわ」

「そうですよ。私、もう“教授”に頭を向けて寝れませんよ」

「そんな、2人ともやめたまえ。僕はただ、君の案に賛成しただけだし。逆にお礼をいわないといけないのはこっち
の方だよ」




 “教授”がお礼を言うと、園内にあるテラスに入り、昔よく座っていたところに腰掛け、
 まだ火がついていなかったパイプに火をつけ、煙を喉に通した。
 考えれば彼も、愛煙家になって10年が立とうとしていた。




「そのパイプも、年季が入ってきたわね」

「猊下からいただいてから、ずっと使っているからね。今となっては、手離せられないよ」

「何かそれ、よく分かるような気がします。私も昔に買った缶詰とか、ずっと取っておいてあってですね。

今じゃ食べるのがすごく惜しくて……」

「それとこれとは、話が違――う!!」

「ウゴッ!!」

「……その突っ込みにも、だいぶ見慣れてきたよ」




 アベルの発見に突っ込むを、“教授”は微笑ましく眺めていた。
 確かに10年前から、はアベルに軽快などっ突きしていたのには変わりない。




「それはともかく……、セフィー、いる?」

『ここにいます、わが主よ』




 が右掌を上にして差し出すと、その上に小さな光が現れ、ゆっくりと 人型に変形していった。
  2つの羽がついているところからして、まるで「天使」のようにも見える。




「ケイトには、もう繋がっているの?」

『〔ザイン〕を経由して、接続完了しています。お呼び出ししますか?』

「ええ、お願い」

『了解。画像転送ファイル、開封(オープン)』




 プログラム「セフィリア」が言うと、「彼女」の周りを包み込んでいた光が前に照らされ、
 そこからケイトの姿が浮かび上がった。
 どうやら今回の役割は、ケイトの援護らしい。




<ありがとうございます、さん。本当に助かります>

「そんな、私は当然のことをしただけよ、ケイト。ここには、あなたにもいてもらわないと困るんだから。さ、早速
だけど、支度しちゃいましょう」

<はいっ!>

「アベル、荷物、ここに置いてね」

「はいはい」




 アベルは手にしていた大きな籠バックを“教授”の目の前にあるテーブルに置くと、
 はプログラム「セフィリア」を天井に飛ばし、すぐに鞄を開ける。
 中には、今日のお茶会に必要なものが、ぎっしり詰まっていた。




「今回は、レアチーズにしてみました!」

<紅茶は、レアチーズケーキにぴったりなアールグレイにしてみましたわ>

「おっ、いい組み合わせだね」

「アベル、このポットに水を入れてきて」

「はい。以前、使っていたところって、まだ使えるんですかね?」

「あそこなら、まだ使用可能だよ。どうやら生徒達の間で紅茶を囲む習慣があるらしくてね。

このテラスもよく使われているのだよ」

「伝統は引き継がれている、ってことね」




 とアベル、ケイトとカテリーナが学生時代、ここで講義の教科書などを広げて、
 紅茶を飲みながら勉強会をしていた。
 そこに “教授”とヴェルも合流して、6人は時間も忘れ、話に没頭していたものだった。



 アベルが水をポットに入れに行っている間に、とケイトがてきぱきと準備を進めた。
 携帯用のコンロの火がつくかを確認し、5人分のティーセットを用意する。
 今回は秋らしく、紅葉の絵が描かれたものだ。



 数分後、アベルがポットに水を入れて戻ってくると、コンロの上に置き、茶葉とともに沸騰させる。
 その間に、ケーキを切り分けていく。




「さすがに、今日は仕事を持ち込んでないわね、ウィル」

「そりゃ、当然だとも。それじゃ、あまりにも失礼だしね」

「“教授”も、たまにはこういったお休みも必要ですしね。もうそんな若くないのですからね」

<そうですわよ、“教授”。なんなら今度、リラックス効果のある紅茶のレシピ、お教えしましょうか?>

「それは助かるよ。ありがとう、ケイト君」




 話しながらも、5人分の紅茶とケーキを分けると、がアベルの横に腰を下ろし、

ケイトはアベルと“教授”の間に腰を降ろした。




「おっと、こいつを忘れちゃいかんな。君、持って来たかね?」

「ええ、もちろん」




 “教授”がケープから取り出したのは、1つの写真立てだった。
 そこには、いつも彼らと共におちゃを楽しんでいたハヴェルの顔が映し出されている。
 その前に、はレアチーズと紅茶、そして彼が生前までつけていたロザリオを置いた。




「ヴァーツラフの遺品でみつかったのがこれだけっていうのも悲しい話ね」

<でも、見つかっただけでもいい方です。あとはもう……、灰の中ですから>

「そう、ですよね……」




 ブルノを離れる前日、レオンが降伏している子供達のうちの1人が握っているのを見つけ、

 無理を言って譲り受けてもらったのがこのロザリオだった。
 他は当初の予定通り、他の死者達と共に処分されてしまった。



 カテリーナはいつもと変わらず、淡々と話していたが、影では涙していたと聞いている。

それを聞いたが、思わずため息をついてしまうのも無理はない。




「猊下はあまり、自分の苦しい顔を見せたがらない方だからね。

僕も本当はいろいろ話したかったのだが、やはり無理だったかもしれんな」

「彼女はいつもそう。10年前のあの事件があってからは特にね」

「でも10年前のあの事件がなかったら、私達はこうやって集まることがなかったわけですし、

暗いことばかりではありませんでしたよ」

<そうですわね。……あら?>




 ケイトが何かを見つけたように、“教授”のケープを見つめた。

 そこには、何やら紙のようなものが見えていた。




<“教授”、それは何ですの?>

「ああ、これかね。ヴァーツラフの写真を探していたら、ちょうど出てきてね」




 “教授”は胸元から取り出すと、3人は覗き込むようにして見つめる。

 それは10年前、まさにここで撮影されたものだった。




「うわ〜っ、懐かしいのを見つけましたね、“教授”〜!」

「本当、よく残っていたわね。ウィルって、密かに物持ちいいとか?」

「こういうことに関しては、ね」

<カテリーナ様、かわいらしいですわね>

「でも、当時から尖ってたのよね、彼女」

「確かに。……カテリーナさんも、連れて来たかったですね」

<仕方ないですわ。今回のこと……、一番辛いのはカテリーナ様でしょうから>

「そうね……」




 はカテリーナに、多少無理してでもここに来れるか聞いた時のことを思い出した。

 しかしどこか遠慮しがちに断る姿が、どことなく辛そうに見え、胸が苦しくなったのを覚えていた。
 はやり、ハヴェルの一言が、カテリーナの心に強く残っているのだろう。






『あなたには誰も救えない。……あなたに、人の弱さが分かるはずがない。

現に、弟君の苦しみにさえ、目を向けなかったあなたに』






「……それより、そろそろ頂いてもよろしいでしょうか? もう、我慢の限界なんですけどお……」

「……ハァ〜、相変わらず、食い意地張ってるんだから」

<ま、いいじゃありませんか。頂きましょう>

「それもそうだね。僕も、久々のお茶会だ。アルビオン人にとっては、一番大事な時間だからね」

「そら来たっ! そんじゃ、いただきま〜す! ……うん、やっぱさんが作るケーキは最高です!」

「ありがとう、アベル。今日はいつも以上に気合入れて作ったからね」

「う〜ん、このアールグレイの香りもいいね。今年の新作かね?」

<はい。昨日、さんが手に入れたばかりで、振舞うのも今日が初めてなんです>

「……さん、紅茶ありすぎですよ」

「あら、それでも1週間に1つのペースでなくなっているのよ」

「紅茶好きな君らしいね」

<ですわね>




 自然と笑い声が溢れ出し、どうでもいい話を続ける。

 それだけで、時間というのはすぐに立ってしまう。
 今も昔も、それだけは変わっていない。



 一通りお茶を済ませると、とケイトで片づけをして、

 アベルの“教授”はテラスから出て、近くにある木の前に、十字に切られた薄い白板を埋め込んだ。




「ロザリオ、どうしますか?」

「う〜ん。本当は十字にかけようと思ったのだが、中に埋めた方が、彼にとってはいいのかもしれないねえ」

「私も今、そう思ったのですが……」




 アベルと“教授”が悩んでいる時、片づけが終わったは、籠バックに入れておいた小さなリースを取り出した。

 ハヴェルの好きな白とが入った、手作り感を感じさせるものだった。




<それ、さんがお作りになられたのですか?>

「ええ。久し振りにつくったから、ちょっと崩れちゃったけど」

<でもきっと、ハヴェルさん、喜んでくれますわ>

「喜んでくれなかったら、いくら相手がヴァーツラフでも許さないわよ」

<ま、さんたら。……どうやら、出来上がったみたいですね>




 ケイトがアベルと“教授”の状況をに報告すると、

 はリースを持って、二人のところへ向かった。
 その後を、プログラム「セフィリア」に映されたケイトが続く。




「あら、ロザリオは?」

「土の下に埋めることにしたんです。その方が、ヴァーツラフさんに届くと思って」

「なるほど。確かに、その方がいいかもしれないわね」

「おや、なかなかかわいいリースじゃないか。こういうことも出来たとはね」

「昔、ちょこっとやっててね」

「そう言えば、いつも扉につけてましたね」

「季節ごとに、こまめに変えて、ね」




 リースを十字の先からつるしかけ、その場にしゃがんだ。
 その場にいる全員が、各々の目の前十字を切り、祈りを捧げると、横から爽やかな風が吹き始めた。
 それはまるで、天に登ったハヴェルが、彼らに何かを語りかけているようだった。



 しばらくして、が静かに歌い始め、庭園中に広がり始めた。

 その声はとても透き通っていて、心が自然と和らいでいくような、そんな雰囲気を作り上げていった。




「……さて、行きましょうか。ケイトも、そろそろ戻った方がいいしね」

<そうですわね。本当、今日はありがとうございました。お陰で、久し振りに楽しませていただきましたわ>

「どういたしまして。また、一緒にお茶会しましょう。その時は、スフォルツァ猊下、――いいえ、カテリーナも
一緒ね」

<はい。セフィリアさんも、ありがとうございました>

『いえ、私はわが主の指示に従ったまでのこと。お礼を言われる立場ではありません』

「まあまあ、セフィー。お礼ははちゃんと受けるのが礼儀よ」

『――分かりました、わが主よ。――画像転送ファイル、閉鎖(クローズ)』




 プログラム「セフィリア」の声と共に、ケイトの立体映像が消え、それと同時に「彼女」も姿を消した。

 はそれを確認すると、籠バックをアベルに渡した。




「はい、帰りもよろしく!」

「え、え〜! 何でまた私なんですか!?」

「ま、せいぜい頑張りたまえ」

「“教授”までそんなぁ〜!!」




 2人の会話を聞きながら、は振り返り、先ほどの十字の刺さった木を見つめた。






 あの木はよく、ハヴェルが寄りかかって本を読んでいたところだった。

 授業が終わると、は彼がいつもいるこの木に来てはいろいろなことを質問して、時に彼を困らせたりもした。
 それも、今ではいい思い出の1つになって、の中に残っている。






(ヴァーツラフ……、また、逢いに来ても、いいよね?)






 の心に反応するかのように、風に触れて木の葉が鳴った。

















前回は短編集に収録していましたが、今回からは本編の続き、といった感じで、
こういう形で掲載しようと思いますので、よろしくお願いします。

この庭園の設定は、Canonに収録されているものを参考にしています。
幼いカテリーナを囲むように、教授、ヴァーツラフ、ケイト、そしてアベルがいる、あれです。
それにプラスしてがいた、という設定になっています。
そのイラストを見ながら読んでいただけると、さらに臨場感が出るのではないかと思います。
もしよろしかったら、是非。





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