「調子よさそうじゃない、ユーグ」
「ああ。これも、君の看病のお陰だ。ありがとう」
ユーグが四都市同盟の事件を解決させ、ローマの病院に入院して早5ヶ月が立とうとしていた。
は時間があるとユーグの様子を見に来ては、こうして看病したりしていた。
完治に半年はかかると言われていたが、見た感じ、すぐにでも動けそうなぐらいに回復も早かった。
「ブルノの件は、先日師匠から聞いた。俺もハヴェル神父にはいろいろお世話になった身だから、事の真相を聞いて
驚いたが……。……大丈夫か?」
「何とかね。それにクヨクヨしていたら、それこそヴァーツラフに怒られるわ」
「そうだな。……」
「ん?」
「もし辛かったら……、俺に話してくれ。アベルほどのことが出来るかどうかは分からないが、俺なりに君を励まし
たい」
「ユーグ……。……ありがと。けど、大丈夫。もう、平気だから」
「……そうか……」
ユーグは何とかして、の力になりたかった。
暇な時間を使って看病してくれたり、話し相手になってくれたりしていたのに、
肝心な自分は何もすることが出来ない。
それが彼に、息苦しさを感じていたからだった。
「さ、そろそろ私、“剣の館“に戻らないと。もうじき、スフォルツァ猊下が極秘でローマにお戻りになられるの。
その準備しないといけないのよ」
「分かった。いつもありがとう、」
「どういたしまして。お大事にね」
ユーグに笑顔を見せ、ゆっくりと病室を出て行くと、そのまま出入口まで向かって、
自動二輪車が止まっているところへ向かって歩き出した。
愛車に到着した時、腕時計式リストバンドが振動し、緑色に光り始めた。
それを見たは急いで円盤を「3」に合わせ、ボタンを押すと、文字盤が緑色に光り出し、
彼女が声をかける前に相手から話し始めた。
『わが主よ、緊急事態が発生した』
「どうしたの、スクルー? 珍しく慌てているじゃない」
『先ほど、異端審問局が新教皇庁への通敵容疑で、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿を拘束することを発表。
今、ローマ国際空港に向かっている』
プログラム「スクラクト」の言葉に、の思考が一瞬止まってしまったかのように言葉を失ってしまった。
カテリーナが拘束? 一体、どういう意味だ?
「……嘘よ。何で、カテリーナが拘束されなきゃいけないの?」
『80時間前、新教皇長の本拠地だったブルノのシュピルベルク城にて、新教皇庁参加者リストの原文が発見された。
そのリストに、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿の名前と拇印があったということらしい』
「そんな、おかしいじゃない。だって、ボルジア司教の見たリストには、彼女の名前はなかったはずよ。それに、
もしそれが事実だったら、彼女はちゃんと話してくれるわ」
とカテリーナは、お互いに秘密事を作らないという暗黙の了解を交わしている。
そのため、お互いのことはお互いにちゃんと報告し合い、何かあったときにすぐ動ける状態にしていたのだ。
隠し事をしていても、お互いにすぐにばれてしまうからというのが大きな理由だ。
『こちらは引き続き情報を揃える。その間に、汝はすぐにローマ国際空港へ行き、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿
に事の説明をするのだ。――異端審問局に捕まる前にだ』
「分かった。とにかく、ほんの些細なことでもいいから教えてね」
『了解した。――プログラム[スクラクト]完全終了、――クリア』
緑の光が消えると、はすぐに自動二輪車に乗り、猛スピードで大通りを走り始めた。
カテリーナの到着まで、もう時間がない。
早く言って、彼女に事情を説明して、すぐに保護しなくてはいけないからだ。
愛車を走らせながら、は例のリストについて考え始めた。
リストは間違いなく偽物だ。しかしそれを証明出来るのはだけだし、周りを納得させる証拠も何もない。
それに、見えないところでサインやら拇印やら押して、それを利用している確率もある。
だがそれにも、勿論証拠などあるわけもなく、その状況でカテリーナの無罪を表明するのは困難な話である。
しかし、それでも、自分には阻止しなくてはいけない義務がある。
はアクセルを踏み、ローマ国際空港に向かってひたすら走り続けた。すると―――。
「君!」
どこからか声が聞こえ、は我に返って、周りを見渡した。
すると、横を走行していた車の窓ガラスが開き、茶髪のロン毛の青年が顔を覗かせた。
それはまさに、バレンシア司教アントニオ・ボルジアだったのだ。
「やっぱり、君だ。そんなに急いで、デートでもあるのかい?」
「あなたは……、ボルジア司教!!」
彼の声に拒否反応を起こしそうになったが、ふとあることを思い出し、は相手に食いかかることにした。
「ボルジア司教、あなた、あれは嘘だったんですか!?」
「あれって何? ああ、デートのこと? デートだったら、いつでも喜んで……」
「そんなことじゃありません!!」
こんな非常事態なのに、相手はそれを知ってか知らずか、
イライラしているをさらにイラつかせる発言をして来た。
これだから、どうも彼を好ましく思えない。
「そうじゃなくて、例の新教皇庁参加者リストのことです!」
「ああ、そのことか。もう知っているんだね」
少しうんざりした顔をしたところを見ると、どうやらすでにあちこちから疑われているようだ。
それもそうだ。リストの内容を知っているのはアントニオであって、
そのリストと違う内容のものが原本とやらに記されているのであれば、誰だって冷たい視線を彼に注ぐだろう。
「先ほど、情報がこちらにも届いて、今、ローマ国際空港に向かっている途中です」
「何だ、君も向かっている途中だったのか。ちょうどいい。ボク今、向かっている途中なんだ。よかったら一緒に
……」
「乗りません! でも、後ろから追っかけてもいいですか?」
「そんな、断言しなくても……。ま、いいよ。2人で何とかして、カテリーナを助けよう!」
事実、彼の後ろを走るのも抵抗感はあったが、今はそんなことを言っている場合ではない。
中に乗らなかっただけいいとして、は彼の乗る車の後ろを追いかけることにした。
何とかして、カテリーナと接触しなくては。
はそれだけを思い、再びアクセルを踏み込んだのだった。
|