2人が空港に到着した時には、カテリーナはアベルとトレスと共に外にいて、
セダンで迎えに来た“教授”の車に乗り込もうとしたところだった。
「――カテリーナ様! よかった! まだ無事だったんですネ!」
アントニオはすぐに下車すると、カテリーナに抱きつくかのように大きく手を広げたが、
直前でトレスの銃口に阻まれて叶うことがなかった。
その姿を見ながら、は後ろからどっ突きたい衝動を抑えつつ、彼の後ろについて行った。
「……銃を下ろしなさい、神父トレス。一体何事ですの、ボルジア司教? それに、シスター・まで。お出迎えに
しては、少々、慌しいですわね。それに、“まだ無事だった”とは?」
「実は、スフォルツァ猊下。どうしてもあなたにお伝えしなくてはならないことがありまして……」
「そ、それですヨ! カテリーナ様……、僕と一緒に逃げましょう!」
「「……はあっ?」」
がカテリーナに事情を説明しようとしたが、アントニオが不可解な発言で止められてしまった。
カテリーナは驚いたように相手を見ると、はその顔を見て冷汗が出そうになった。
長年付き合ってきた彼女でも、こんな彼女の顔を見たのは初めてだ。
「司教! 急にそんなこと言ったら、スフォルツァ猊下がお困りになります!!」
「事情はあとでいくらでも説明できるよ、君! さあ、早く! 嗚呼、貴方と一緒なら、たとえ絶滅地帯
だろうと帝国だろうと、ボクは……」
「何、人の上司を口説いているんですか、あなたは!!」
こうなってしまうと、例え相手の身分が上だろうが関係ない。
は容赦なく相手に言葉で突っ込みながら、突然の発言で困惑するカテリーナの顔を見た。
(この顔、写真で収めたいなぁ……って、そんなことを考えている場合じゃない!)
が首を左右に振り、余計な思考を排除しようとした時、そばにいたカテリーナが口を開き、
発言した本人に理由を聞こうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい。逃げるとは、一体どういうことです、ボルジア司教? 私は別に―――」
答えを求めようとしたその時、道の向こうから2輌の重6輪装甲車が、
10メートルと離れていない路面をふさぐように急停車し、そこにいる全員が顔を強張らせた。
なぜなら車体に描かれたマークが、異端審問局傘下の特務聖省の紋章、“神の鉄槌”だったからだ。
「特警!?」
「そんな! 来るの、早すぎる!」
「、これは一体どういう意味ですか!? なぜ、特警がこんなところに!?」
「それが……、!」
がようやく事情を話せると思った時、再び邪魔が入るように、装甲車から特務警官達に囲まれてしまった。
それに反応して、アベルとトレス、が各々の銃に手をかけようとしたが、
集団の中からのどかな声が聞こえて来て、動きが止まった。
その声に真っ先に反応したのはだった。
「こらこら、君達、やめたまえ。いきなり銃なんてかまえるもんじゃない」
「ブラザー・マタイ……、あなたなのね?」
「これは、お久しぶりですね、シスター・。お元気そうで何よりです」
異端審問官、ブラザー・マタイとの面識は以前からあった。
Ax結成してすぐ、カテリーナの命で、
フランチェスコに必要資料を提出しに行った時に会ったのが最初だったはずだ。
それ以来、会うたびにしつこくつきまとってくるため、アントニオ以上の嫌悪感を覚える人物として、
彼女の脳裏にインプットされている人物でもあった。
「スフォルツァ枢機卿は初めましてですね。私、異端審問局から参りましたブラザー・マタイと申します。メディチ
枢機卿の命を受け、猊下をお迎えにあたりました者です。どうぞよろしく」
彼はめったなことがない限り表情を変えないので、はマタイの表情を観察しつつ、
いつでも反抗出来る準備をしていた。
多少混乱はするかもしれないが、発砲することも、もちろん踏まえている。
「……ちょっと待ちなさい、マタイ。あなた、ちゃんとリストに目を通したのよね?」
「もちろん。そうでなければ、僕はここにいないですよ、シスター・」
「リストとは、何のことですか、シスター・?」
「先日、ブルノの新教皇庁の本拠地であるシュピルベルク城より、新教皇庁参加者リストの原本が発見され、その中
に猊下のお名前と拇印があったのだそうです」
「私の名前と拇印が!? なぜ!?」
「分かりません。そのことについては、今、プログラム達に調べさせています」
ようやく事情を話せたは少し安心すると、目の前にいるマタイに再び話し始めた。
彼とは出来ることならあまり接触したくないが、今はそんなことを行っている場合ではない。
疑う部分は、未だにたくさん残っている。
「リストをちゃんと見た上で質問するわ、マタイ。確かに、スフォルツァ猊下の名前がそこにあったの? 何か、
証拠でもあるわけ?」
「証拠ならありますよ、シスター・。血判状の血液をDNAに鑑定させたところ、間違いなく、スフォルツァ枢機卿
のものと一致したそうです。明確な証拠になると思いませんか?」
「そんな……! そんなこと、あるはずない……!!」
「何なら、ご自分で確認してみますか? メディチ猊下にお願いして、用意いたしますけど」
マタイのこの自信からすると、否定することも出来ないぐらいの証拠物件であるのには間違いと見えた。
こうなってしまうと、さすがのも反抗が出来なくなってしまう。
本当はもっと反抗したいし、言いたいことがたくさんある。
しかしここは悔しいが、1歩下がるしかない。
「どうやら、僕の勝ちみたいですね、シスター・。なら早速ですが、スフォルツァ猊下。我が異端審問局は、
新教皇庁への通敵容疑で猊下を拘束いたします―――」
何も反撃することが出来なくなってしまった自分を恨みつつ、はマタイに手錠をかけられ、
連れられていくカテリーナの姿を追い続けていたのだった。
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