数分後、“教授”と僧服を着たシスター・ロレッタは、異端審問局の車を“剣の館”から引き離すために、
 “教授”の黒のセダンに乗って先行した。
 それを予想通りに、異端審問局の車が追いかけるのを確認し、
自動二輪車(モーターサイクル)と、
 トレスの運転する車が一気に走り出した。



 一応、交通規則を守って走らせているのだが、なぜかのスピードが速く感じる。
 最高速度ギリギリで走っているからかもしれないが、他の走行車からして見れば仰天ものであろう。
 ちなみに、これは車の場合でも同じである。



 数分後、は他の者よりも先にローマ国際空港へ到着すると、 “アイアンメイデン”の近くにいる、
 ローマ国際空港チーフであるモーフィス・ライマンに近づいた。
 どうやら、無事に許可が下りたらしい。




「ありがとうございます、モーフィス。本当、緊急でごめんなさい」

「気にすることありません、シスター・。これは、昔からのお約束ですしね。いつでも離陸可能ですので、すぐに
搭乗して下さい」

「分かりました。本当に、ありがとうございます」




 はモーフィスにお礼を言うと、すぐに“アイアンメイデン”に搭乗し、ケイトに進行状況を聞こうとした。



 中では緊急ということもあり、シスター・ケイトがてきぱきと出発準備をしていた。




「ごめんさい、ケイト。急に仕事を頼んでしまって」

<気にすることはありませんわ、さん。私もカテリーナ様のことを助けたい者の1人です。少しでもお役に立てて
嬉しいんですのよ>




 準備をしながら言うケイトの表情は、に対して、心の底からお礼を言っているようにも感じられた。彼女も、とアベル、トレスと“教授”と同じ、カテリーナの部下で、それ以上に、長年苦楽を共にした「友」でもある。救い出したい気持ちは同じだ。



 は早速、ケイトの手助けをするために“アイアンメイデン”の離陸プログラムを作成し始めると、
 数分後、遅れていたアベル達が搭乗をして来た。
 少し疲れているようだが、今はそんなことを言っている場合ではない。




「離陸許可は下りてますか?」

「バッチリよ。あともう少しで……って、えっ!!」




 離陸準備をしているの手が、ある信号を捕らえたことによって止まった。
 その様子に、ケイトが何事かといったように歩み寄った。




<どうかなさいましたか、さん?>

「やばいわ……。空に、監視用の空中戦艦がある!」

「何ですって!?」




 の言葉に、アベルが驚いたように彼女のもとへ向かった。
 彼女の視線の方向へ見ると、そこには敵戦艦を現す信号が、まるで警告しているかのように光っていた。




「よりによって、こんなところまで監視されているとは思ってもいなかったわ」

「しかしここまで来たら、これを突破するしか方法がありません。予定通り、離陸しましょう」

「そうね。ケイト、すぐに出せるかしら?」

<大丈夫ですわ、さん。行きます!>




 ケイトの合図と共に、“アイアンメイデン”がゆっくりと動き出し、そのまま滑走路に向かって走り出す。
 一気に上昇した時には、もう地面は見えなくなってしまっていた。



 上昇を続けながら、アベルは相手の戦艦に交信許可を得るために、通信文を作成し始める。
 その間に、とトレス、そしてアントニオは新しい作戦を練り始めた。




「相手と通信が取れたとしても、そのあと、どうやって逃れればいいのかが問題ね」

「それなら、簡単だヨ、君。ボクを人質に取ればいいんだ」

「解答を要求する。それはどういう意味だ、ボルジア司教?」

「ボクを殺してしまえば、ことはヒスパニアとの外交問題に発展するでショ? そうなれば、教皇庁との繋がりが
不安定なものになってしまう。そこで一番困るのは誰だと思う?」

「なるほど、メディチ猊下の立場があやふやになる、ということですね」

「そういうこと。やっぱ、君は理解が早くて嬉しいヨ。ボクの目に狂いはなかったね、うん!」




 誉めてくれるのは嬉しいが、この男には誉めてもらいたくない。
 そんなことをふと思いながらも、はアベルに事を説明した。




「なるほど。アントニオさんも、なかなか考えましたね。分かりました。それで行きましょう」

「で、通信文は送ったの?」

「今、送りました。ケイトさん、すぐに相手に繋げて下さい」

<了解。異端審問局空中戦艦“ジャオエル”と交信します>




 ケイトが指示を出すと、コックピットの映像画面から、敵戦艦にいるブラザー・マタイの映像が流れた。
 相手もこちらの様子が見えているようで、こちらから声をかける前に話し掛けてきた。




<……回線は繋がっていますよ、派遣執行官。お互いに忙しい身です。無駄なお喋りはさっさと終わらせて、殺し合
いを始めました>

「……随分と残酷なことを言うのね、この人は」




 少し離れた位置でマタイの発言を聞いていたが、少し顔をしかめて言う。
 どうやら相手は、地上にいるローマ市民のことはどうでもいいらしい。




「そのことなんですがね……、実はこっちには人質さんがいらっしゃいます。マタイさん、人質さんの命が惜しいな
ら、ここはひとつ、私達を見逃してもらえませんかね?」

<人質ですって? 人質とはどなたです? 派遣執行官シスター・ケイトに関しては、残念ながら、あなた達の徒党
とみなして攻撃するよう命令が出ています。人質にはなりませんよ>

「ちょ、ちょっと待ってよ、ブラザー・マタイ!」




 アベルを押しのけるようにして、アントニオがモニターに張り付く。
 彼なりに、人質に扮しているらしい。




「ボクが人質なんだ。……撃たないでよ! ボクはまだ死にたくない!」

<……ボルジア司教? どうしてあなたがそんなところにいらっしゃられるのです?>

「それがだね――」

「ふっふっふー。実は私達、この方を拉致監禁させていただきました」




 だんだん乗ってきたのか、アベルが旧式回転拳銃(パーカッションリボルバー)の銃口をアントニオのこめかみに突きつけた。
 その姿が楽しんでいるように見え、は後ろから突っ込みたい衝動に駆られながら、同時に笑いも堪えていた。




「彼の命が惜しいのなら、このまま我々を見逃して下さい。……じゃない、見逃せ。ええっと、さもないと人質の命
はないぞ。詳しくはまた連絡する。警察には通報するな」

(それじゃ、脅迫になってないわよ、アベル……)

<……くだらない茶番は止めましょうよ、派遣執行官>




 の心を読んだように、マタイが半ば呆れたように言う。
 どうやら、考えていたことが同じだったらしい。




<我ら異端審問官は神の剣。その我らにそんな脅しが通用せぬことはご存知のはずです。……艦長、戦闘続行です。
主砲斉射準備。目標は敵船正面>

<し、しかし、あそこには司教猊下が――>

<艦長、あなたはさきほどのボルジア司教のお言葉が聞こえなかったのですか? 猊下はこうおっしゃったのです。
――“私のことは構わず、神敵を倒せ”と>

「は!? いや、ボクは全然そんなこと――」

「……やばい、本気で来る! ケイト、シールドはすぐに出せるの!?」

<出せなくはありませんが、少し弱いかもしれません!>




 ケイトが少し焦ったように言うと、は戦艦内にコックピットに向かい、一気にあるプログラムを入力し始めた。
 それは彼女の側近でもある、プログラム「フェリス」と同じものだった。
 どうやら、「彼女」をここで作動させるらしい。




「プログラム『フェリス』、私の声が聞こえますか?」

『聞こえています、わが主よ。防御シールド、いつでも起動可能です』

「助かるわ、フェリー。ケイト、とりあえずこちらで抑えるから、あなたは攻撃プログラムの準備をして。ローマ
市民へのシールドも、私の方で出す」

<了解。ありがとうございます、さん。助かります>




 あとは、相手の出方を待つだけだ。
 相手はマタイだ。何があろうと、容赦なく攻撃を仕掛けてくるであろう。
 こっちも、それなりの対応をしなくてはならない。




「フェリー、あまり頼みたくないんだけど……、『彼』に戦闘プログラムをロードしてもらって」

『しかし、わが主よ。[あの方]は今、静寂状態のまま。依頼するのは少し困難です』

「それを承知で頼んでいるの。お願い、フェリー。これは、緊急事態なの」

『……了解しました。交渉してみます』




 戦艦1隻なら、“アイアンメイデン”でも対抗する力は十分にある。
 しかし相手は、すぐにでも攻撃を開始してくる勢いだ。
 もたもたしているわけには行かない。
 そのため、あまり頼みたくないのだが、「彼」にお願いするしか方法がない。
 は少し辛い顔をしながら、マタイの反応に耳を傾けていた。




<照準完了。――いつでもいけます!>

<咎人地より消え、悪しき者絶滅ぼされるよう、我が霊魂よ、主を頌えよ。……ハレルヤ。射――>




 マタイの声は、ここで止まった。
 発射されたと思ったものも飛んでこない。
 その場が一気に、静まり返ったのだ。




「……助かったって、こと?」

「分かりません。とにかく、今のうちにここから離脱しましょう。ケイトさん、行けますね?」

<大丈夫ですわ、アベルさん。上昇再開します>




 再び高度を上げ、目と鼻の先に敵船を発見する。
 その姿は、まるで何かを断念したようにも見受けられる。




<――派遣執行官、メディチ枢機卿の命で、今回は見逃すこととなりました>




 数分後、マタイが少し悔しそうにアベルへ告げた。
 その声は先ほどとはあまり変わらないものだったが、明らかに憎悪らしきものを感じていた。




<しかし、我々は決して諦めたわけではありません。――覚悟を決めておいて下さい>




 その言葉と同時に、マタイの姿がモニターから消えると、その場にいたトレスを除く全員が一気に力が抜けた。
 とりあえず、第1難関突破である。




さん、ミルクティ淹れてくれませんか? 砂糖13杯で」

「ボクも頼むよ、君。まだ難関はあるのに、このままじゃ持たないヨ」

「そうですわね。私も何か、すごくリラックスしたい気分です。伯爵夫人も同じものでよろしいですか?」

「ええ。お願いしますわ、シスター・




 アベルの一言に全員が賛成したように言うと、は依頼されたものを淹れるためにその場を離れた。
 その姿は、本当に疲れて切っているように見える。






(お願い、マタイ。そのまま大人しくしててね)




 叶うはずもない願いを、は心の中で呟いたのだった。

















実はマタイの出番はこれで終わりだったりします(汗)
すまないね、マタイ。
話の都合上、ということで見逃して(汗)。

……この台詞、ROM4でも言ってたような気がする……(汗)。





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