ミラノのスフォルツァ城に帰還したのは、予定時間より2時間早い午後5時だった。
が主であるカテリーナの執務室へ行くと、
彼女はアベル、トレス、レオン、そしてケイトと共にお茶を楽しみながら作戦会議をしている最中だった。
事前に聞いた時には今夜行うと言われていたは、不思議そうな顔をしてカテリーナに問い掛けた。
「スフォルツァ猊下、作戦会議は今夜行うのではなかったのですか?」
「いいえ、もとからこの時間でしたよ、さん。ちょうど私も疑問に思って、カテリーナさんに聞こうとしてい
たところだったんですよ」
アベルの言葉を聞いたところによると、どうやらこの場にいる派遣執行官全員がその理由を知らないようだった。
5つの視線が全て、目の前のソファに座っている上司に向けられると、彼女は少し黙った後、
の顔を見て答えた。
「……シスター・、あなたを今回の任務から外します」
沈黙のあとに出た言葉は、部下達の予想を大きく崩す結果を招いた。
を外すということは、大きな戦力を失うことと同じ意味を齎しているからだ。
「……それは、本気でおっしゃっているのですか、猊下?」
「私はいつだって冷静に答えているつもりです。それより、ここにお座りなさい。ケイト、彼女に紅茶を」
<あ、は、はい……>
声もに向けている目も、確かに普段のカテリーナと何の変わりもなかった。
しかし上司の命令を聞いたは、言っていることが理解出来ないように、カテリーナに鋭い視線を送っていた。
とりあえず進められた場所に座ると、ケイトが出された紅茶を受け取り、それに口を運んだ。
若干落ち着いたとは言えど、そんなことで疑惑が晴れるわけもなく、目は相変わらず鋭くなったままだ。
「理由があるのか、ミラノ公?」
「なかったら、こんなこと言いませんよ」
「その理由って、一体何なんですか?」
アベルの目は、他の派遣執行官より驚きの表情を表しており、
それは逆に、の心を少しでも静めようという気遣いが感じられている。
普段だったらそれにすぐ気づくでも、今はそれ以上に疑問の方が多くて気づいていないようだった。
「先日、ここに“騎士団”との乱闘騒ぎがあった時のあなたの状況を、ガルシア神父から聞きました。――本館の警備室の
前で、倒れていたそうですね」
カテリーナの口から出た理由に、アベルは勿論のこと、ケイトとトレスも驚きの表情を見せた。
は釘を刺されたように顔をしかめると、報告した張本人の顔を睨みつけると、
相手は掌を上に向けた状態で両手を上に上げた。
「レオン、あなた、何余計なことを……」
「余計なこと? 俺はちゃんと猊下に事の状況を説明しただけだぜ?」
「それが余計なことと言っているのよ。どうしてそう、勝手なことを……」
「ガルシア神父の行動は正しい、シスター・」
カテリーナの横に立っていたトレスの視線がに向けられ、レオンへ向けられた視線が移動する。
相変わらずな無表情な顔の機械歩行兵が、その目を見つめたまま言葉を続ける。
「その場の状況を上司であるミラノ公に伝えることは当然の行動であり、ガルシア神父はただそれを実行しただけだ。
よって、シスター・がそれに対して反対の意を言う資格はない」
「だけど、トレス。これはちょっとした事件で――」
「事件? 一体、それはどういう事件だ?」
「それは……」
ここで言っても、信じるどころか、理解してくれる者など1人もいない。
いや、1人は確実にいるが、気がついたら気がついたで、相手は自分をおもいっきり責めてしまうだろう。
は何も言えず、ただ視線をトレスから外すしかなかった。
「――まま、そんなこたあいいじゃねえか、拳銃屋」
を庇うように口を開いたのは、事を報告したレオンだった。
特に反省もしていないが、少し焦っている色が見え、2人の間に入ろうとする。
「俺だって、悪気があって報告したわけじゃねえし、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかったからビックリ
したさ。でも心配すんな、。お前の分も、ちゃんとヴィエナで……」
「……猊下、どうしても私を外したいのですか?」
レオンが弁解するも、の目は何1つ変わることはなかった。
再びカテリーナに向けると、何かを確認するかのように問い質した。
「その考えを変えてもらうわけには、いかないのですか?」
「これは、もう決定事項です、シスター・。もしそれに反発するようだったら――」
「謹慎だろうと何であろうと、お受けいたしますわ、スフォルツァ猊下――いえ、カテリーナ」
アベルはよく聞いていたが、初めて名指しで呼ぶ姿を見たレオンは驚きを隠せないような顔をし、
昔からの仲であるケイトや2人の関係を知っているトレスも一瞬顔色を変えた。
「たとえこの体が壊れてしまっても、それでも私は奴らの本拠地へ行く。その意見が変わることなんてないわ」
「そう……。……分かったわ、」
何かを納得したかのようにカテリーナは立ち上がると、ソファから離れ、扉の前まで歩き出した。
その後ろ姿は、どことなく辛そうに見える。
「そこまで言うのであれば行きなさい。でもあなたが壊れたら、真っ先に傷つく人のことも、忘れないで」
カテリーナの最後の言葉に、ははっとしたように、隣に座る銀髪の神父を見た。
その顔はまるで、を心底心配しているようで、湖色の瞳が悲しそうに向けられていた。
自分が壊れれば、隣にいる者も一緒に壊れる。
それは彼女が、一番犯してはいけない罪。
そしてそれと同時に、昔誓った約束を破ることになってしまう。
「……あなたの指示に従うわ、カテリーナ」
「よろしい。では、あなたは他の派遣執行官がヴィエナに出発するまで、ここでゆっくり休暇を取りなさい。その後、
すぐにローマに戻ってくること。いいですね」
「……分かった」
の答えに少し安心したのか、扉の奥へと消えていくカテリーナの表情が、少しだけ緩んだように見えていた。
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