「さん、そんな怖い顔しないで下さいよ〜」
<そうですわよ。ほら、ここにさんの大好きなバリーのダージリンとフルーツタルトがあるじゃないですか>
「お前、紅茶とケーキには目がないじゃねえか。ほら、いつまでも気落とさないで、こいつ食って元気になれや」
あれから3日立ってからも、の表情に変化はなかった。
その結果、アベルとケイト、そして報告した張本人であるレオンが慰め役になるはめになったのだった。
「大体、レオンさんが余計なことを言うからいけないんですよ? さんだって、言って欲しくないことの1つ
や2つ、あるんですから」
「だ〜か〜ら〜、まさかあんなことになるとは思ってもいなかったんだって」
<でもさん、本当に大丈夫なんですの? あまり倒れたことありませんでしたし……>
「ただ単に、仕事馬鹿になりすぎただけなんじゃねえの?」
<「そんな無責任なことを言わないで下さい、レオンさん!」>
アベルとケイトの攻撃をもろに受けたのか、レオンが大きくのけぞり、思わず椅子から落ちそうになったが、
それもには通用しないらしい。
相変わらずな表情に、周りが少し焦りながらも、同じことを思ってしまう。
(これは、相当厄介なことになった……)
「……おや? さん、どちらへ?」
立ち上がって歩き出したを見たアベルが、慌てたようにへ問い掛ける。
目の前にある紅茶もケーキに一口も手をつけていない席を立ったことなど、今まで一度もなかっただけに、
この行動は容易ではなかった。
「もしかして、体調、また優れなくなりましたか?」
「そりゃ、大変だ。急いで部屋に戻った方が……!」
レオンが何かを言いかけた時、中庭の芝生が一瞬ゆがんだように見え、一同の動きが一瞬止まった。
そして何かを察知したのか、は自分が立っていた場所から飛び跳ねるように後退した。
するとそこから、何かが浮上したような影が見え、は急いで右懐に収められ銃を取り出し、
その先に現れたものへ銃口を向けた。
「相変わらず鋭いねえ、シスター・?」
いつの間にか首元に向けられた2本の幅広の剣――五指剣の先を見て、の目がさっきよりも鋭く向けられた。
しかし向けられている方は、特に気にしていないように含み笑いをしている。
「本当にあんた、体調悪いのかい? あたしから見れば、何も変わってないように見えるんだけど」
「モニカ……、あなた、何でここにいるの!?」
「何って、我らが上司、カテリーナ・スフォルツァ猊下の勅命を受けるために決まっているじゃないか。何ボケたことを言っているんだい?」
目の前にいる黒髪の女性――教皇庁国務聖省特務分室派遣執行官“ブラックウィドウ”、シスター・モニカ・アンジェントは五指剣を下ろすことなく、自分の眉間に銃口を向けているを小馬鹿にするように言い捨てる。その言葉に、驚きの顔に変わったが、相手に確認するように問い質す
「まさか、猊下は私の代わりにあなたを選んだってことなの!?」
「そういうことになるみたいだね。ま、あんたが何をしたかったかよく分からないけど、心配せずにここで大人しく
してな。その間に、ちゃちゃっとやって来るからさ」
一体、彼女は何を考えているのだろか。
に更なる疑問が横切りながらも、とりあえず向けていた銃を下ろし、懐に収めた。
「……そこで何をしている、シスター・モニカ・アンジェント?」
中庭に通じる道から聞こえる声に、は視線を移動させる。
その先にいるのは、いつもと変わらず哨戒に勤めるトレスの姿があった。
「シスター・モニカ・アンジェント、今の卿の“力”をシスター・に向けて発動するのは危険行為に等しい。
中へ入るのであれば、城の入り口から入ることを要求する」
「そんな、固いこと言うなよ、イクス神父。見た感じ、どこも悪くなさそうじゃないか」
同じくして五指剣を下ろして懐にしまったモニカが、横にいるトレスに向きを変えて呆れたように両手を上げる。
しかしその表情には、これといった変化は見られなかった。
「仕事馬鹿なシスターが倒れたって言うから着てみたもの、特に変化がなさそうだが、本当に具合が悪いのかい?」
「前回の事件でシスター・が倒れたのは、ガルシア神父の目撃で明らかにされている」
「ふ〜ん。それじゃ、大人しくベッドでおねんねしてりゃいいじゃない。何でこんなところで、呑気にお茶会なんて
しているのさ?」
「あ〜、モニカさん、これには理由がありましてね……」
仲を取り持つかのようにアベルが駆け出すと、のとモニカの間に入り、焦ったように両方の顔を見る。
そして慎重になりながら、両者を理解させるようとする。
「さん、日ごろの疲れが溜まってしまっていて、それで倒れてしまったんですよ。ほら、モニカさんだって、
病気の1つや2つ、するじゃないですか。さんもそれと同じで――」
「……勝手に人を病人扱いしないで、アベル」
言葉を中断させるかのように口を開いたの声は、
今まで溜まっていたものを吐き出すかのように鋭く、針のように尖っていた。
「私だって、好きで倒れたわけじゃないし、好きであんなに苦しんだわけじゃない。出来ることなら、今からすぐに
でも猊下にもう1度交渉したいぐらいよ」
彼女の口から毀れる言葉達が、少しずつ弱く聞こえ出している。
悔しがるように歯を食いしばり、何かを堪えるかのように目を強く閉じる。
「でも、きっと猊下は聞いてくれないし、この前と同じようなことを言って諦めさせようとするに決まっている。
だって今の私には、それに反論することも、説得することも出来ないもの。だから大人しく、彼女の言いなりにな
るしか、方法がないのよ」
どんなに自分の体が壊れようが、最大の敵が倒せるのであれば、そんなことなんてどうでもよかった。
しかしそれは、あくまでも自分1人の責任ですめばの話だ。
今の彼女は、昔のように1人ですべてを決断するわけには行かない。
自分勝手な行動をするわけにはいかないのだ。
「お願いだから、何でも知っているかのように言うの、やめなさいよ……」
誰に向かって放たれた言葉なのか分からない。
しかし目の前にいる銀髪の神父には、まるで自分に向けられたことのように、
何かが胸に突き刺さったような感覚に襲われていった。
何かを必死になって隠すかのように走り出したを追っかけようともしたが、行動を起こすことなく、
ただ見つめているだけしか出来なかった。
テーブルに置いてある手付かずの紅茶とフルーツタルトが、主を失って淋しそうに取り残されていた。
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