アベルとレオンが肩をガックシして出て行った後も、はなかなか笑いを止めることが出来ず、
 思わず吹き出しそうになった。




「あ、ごめんなさい、猊下。つい、思い出してしまって」

「いいえ。そもそも、このことを報告してくれたのは貴方でしたね。感謝します、シスター・

「私はただ、当然のことをしただけですから」




 来客用の席に座りなおし、ケイトが新しい紅茶を持って来た。
 それを一口飲むと、はハッとしたように、ケイトに言った。




「これ、確かアップルティーよね? どこから手に入れたの?」

<さすが、さん。気づくと思いましたわ。ロンディニウムに、この茶葉を作っている工場があって、
そこから手に入れましたの>

「これって、なかなか手に入らないことで有名なのよ。よく手に入れたわね」

<がんばって、待って購入したんです。もしよろしければ、少し持っていかれますか? 量を大目に購入したので、
分けられますが>

「本当に? じゃ、お言葉に甘えていただこうかしら?」

<はい。それでは、すぐに準備してきますわね>




 ケイトの立体映像が、の紅茶の準備をするために消える。
 こうやって、いつも紅茶の交換をするのが、2人の間で密かに楽しみになっていた。




「さて、次はあなたの報告を聞きましょう」




 カテリーナが自分の席から離れると、先ほどケイトが入れたアップルティーを持って、
 の前にあるソファーに腰掛けた。
 いつの間にか、の報告を聞く時は、一人でない限り、こうして聞くことが当たり前になっていた。




「神父トレスの様態はどうですか? 感染しているところはないというのは、“教授”からお伺いしているけど」

「ええ。そのおかげで、修整プログラムも無事にロードしたわ。あともう少しで終わりそうだから、
そうしたらすぐに任務に向かわせるように、本人にすでに伝達済みよ」

「そうですか」




 トレスの次の任務、それはアムステルダムでの任務を終えても戻って来ないユーグ・ドヴァトー神父の追跡だ。
 も“教授”も、そのためにトレスの修理を早急に進めていたのだった。




「でも、思った以上に時間がかからなくてよかったわ。これも、あなたと“教授”のお陰ね。ありがとう」

「お礼は私より、ウィルにして欲しいわね。私はいつでも動ける身だけど、彼はそういうわけにはいかないのだから」

「そうですね。今度会った時にでも、お礼を言っておきましょう」




 カテリーナが安心したように言うと、は紅茶を一口飲み、ゆっくりとテーブルに置いた。



 そう言えば、言わなくてはいけないことがあったのだ。




「カテリーナ、私、1つだけお願いがあるの」

「シスター・ノエルの件でしたら、先日、ノエル本人から聞いています」

「……さすがだわ、ノエル。手際が早いのは相変わらずね」




 ミラノでトレスの修整プログラムを作成中、元Ax派遣執行官“ミストレス”であるノエル・ボウから、
 今彼女がいる聖メルセデス女子修道会にて、毎週末に行われているミサに欠員が出たため、
 急遽に参加してもらいたいという連絡が入ったのだ。
 その時は、とりあえずカテリーナの許可を貰わないと分からないと言って終わったのだが、
 どうやら自ら彼女に許可を貰おうと思ったらしい。
 このあたりは、昔と変わっていない。




「で、許可はもらえるのかしら?」

「勿論。第一、あのヴェネツィアの事件から、あなた、一度も休んでいないはずよ。今回も、本当は“教授”だけ
がミラノに行くはずだったのに、一緒に修理を手伝うと言い出すものだから、こっちとしては少し困ったわ」

「今後のこともあるから、新しいデータを入れておかなくちゃと思ってね。いいのよ、私は大丈夫だから。
ボランティアだと思えば、どうってことないわ」

「あなたの場合、近郊だったら、交通費を払わなくてもすむから楽よ」




 ローマからあまり離れていなければ、
 自動二輪車
(モーターサイクル)
で勝手に走っていってしまうだから、ハイウェイを通らない限り、交通費の請求はない。
 その分、経理としても非常に助かっている。




<お待たせしました、さん。――あら、カテリーナ様、ここで大丈夫ですか?>

「ええ、平気よ。シスター・とこうやって、話がしたかっただけですから」

「私も、久し振りに猊下とこうやって話せて、嬉しかったところよ」




 急に話し方を変えるのも大変だが、お互いに約束をしていることなので、
 大きなことがない限り、普段の喋り方に戻ることはない。
 その辺は2人とも、しっかりと仮面をかぶれるようだ。




「ああ、そうそう。猊下、先ほどのアベルとレオンの件で、1つお願いがあるのです」

「お願い、ですか? 何でしょう?」

「実は……」






 の発言は、実に驚く内容だった。
 それを聞くなり、カテリーナも、横にいたケイトも、思わず動きを止めてしまうような発言だったのだ。




「……それ、本気で言っているのですか、シスター・?」

「ええ。私、こう見えても、貯金ありますから」

<でも、もしそうされたとしても、レオン神父の方はどうなさるんですか? これじゃ少し、不公平になるのでは
……>

「レオンはいいのよ。囚人だし、これも反省の1つにしておけばいいのだから」




 ここまで話を聞いた時点で、カテリーナはが何を言いたいのか、検討がついたようだった。
 そのことに気づいたのか、がカテリーナに、勝利の笑みを浮かべたのだった。




「……いいでしょう。あなたがそこまで言うのであれば、今回の件はなかったことにします。しかし、
今回だけですよ」

「ありがとうございます。では、早速2人に報告してきます。ケイト、アップルティー、ありがとね。
今夜にでも楽しく飲ませていただくわ」




 はその場から立ち上がると、嬉しそうな顔をして、執務室を出て行った。
 そんな彼女の後姿を、カテリーナとケイトは呆気に取られたように見つめていた。




<全く、シスター・の仕事馬鹿にもほどがありますわね>

「いいえ、ケイト。今のは『仕事馬鹿』ではないわ」

<え?>




 ケイトの不思議そうな顔を見て、カテリーナがクスリと笑う。
 そして、何もかも見抜いたような顔をして、彼女に言ったのだった。






「あれは、『仕事馬鹿』じゃなくて、『アベル馬鹿』よ」

















いいんだよ、カテリーナ、彼女はアベル馬鹿で(笑)。
馬鹿じゃないじゃないような気がするので。
これはこれでOKなんじゃないでしょうか。

で、の提案がどんなものなのかは、ご想像にお任せします。
まあ彼女のことなので、ひと癖あるものだったかもしれませんね。





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