『ガレアッツォ・ヴィスコンテゥイ元大尉が設置した爆弾は全部で10個。そのうち3個は“ジプシークイーン”に
よって解体されている』
「了解。カーヤに少しだけ解体方法を教えておいてよかったわ」
プログラム「ヴォルファイ」によって飛ばされた場所は、小児科の個室病棟が並ぶ階だった。
それより下の階は、カーヤが解体したと思われる3つの爆弾以外は設置されていないからだ。
『前方、小児科病棟301号室前に爆弾発見。……ん?』
「どうしたの、スクルー?」
『……急げ、わが主よ。男児が爆弾に触ろうとしている』
「何ですって!?」
何も知らない子供が触れて、その影響で爆発してしまってからでは遅すぎる。
それを止めるには、たとえ禁じられていることであろうと構わない。
は猛スピードで走り続け、プログラム「スクラクト」が指示する病棟へ向かったのだった。
視界に目的の病棟が映し出されると、7歳ぐらいの少年がしゃがみ込み、筒型をしたものに触れようとした。
その筒型のものには、何らかボタンらしきものがついているようで、彼はそれを押そうとしているのだ。
「待って……、それを押さないで!!!」
が押し倒すかのように少年へ飛び掛ると、そのまましっかりと抱きしめ、1回転してその場から離れさせた。
その反動で、少年は手元に持っていたもの1回転したことで落ちた音がした。見た感じ、通信機のようだ。
「もしかして……、脅されてこんなことを!?」
頭の中にいろいろな疑惑が浮かび、思わず混乱しそうになる。
もし通信相手が予想通りの人物だとしたら、何らかの脅迫めいたことをこの幼い少年にして、
行動を起こさせたに違いない。
は少年を後ろに追いやるように背後に下ろすと、転がっていた通信機を手に取り、
右側にあるボタンを押した。
するとそこから、聞き覚えのある声が流れ始めたのだ。
『指示通り、ボタンを押してくれたかい? 何も変化がないようだけど?』
こういう時の勘だけ当たってしまうのは、にとっては不服で仕方がなかった。
確かに任務中に適したものなのかもしれないが、彼女自身としてはあまりいい想いはしない。
逆に自分の首を締め付けるだけだ。
「やはりあなただったのですね、ヴィスコンティ大尉?」
『その声は……、ほほお、あなたも一緒だったんですねえ、様?』
相手は酒を大量に摂取しているのか、呂律が回っていないようではっきり聞こえない。
いや、それだけにしてはおかしすぎる。どうやら一緒に薬も体内に取り込んでいるようにも思える。
その証拠に、通信機の奥で震えるような歯軋りらしき音が響いている。
「子供を利用して爆弾の起動ボタンを押させようとするなんて、何て卑怯なことをするの!?」
『卑怯? 僕は何も卑怯なことなんてしていませんよ。それを望んだのは、彼ら自身ですって』
「彼ら自身? それ、どういう意味ですか?」
『そのまんまの意味ですよ、様。――いや、薄汚い野良猫め!』
挑発でも繰り出すかのように、壁を強く殴りつける音が鳴り響く。
どうやら、どこかの個室らしき中にいるらしい。
『一族から見放され、地位も名誉も失った気持ちなど、お前みたいな下郎に何が分かるって言うんだ! 幼い頃から
のスフォルツァ家直属の護衛官だったかどうだか知らんが、地位も名誉もない野郎が偉そうな面かましてるんじゃね
えよ、この泥棒猫めがっ!!』
一気に吐き出した言葉に、の中で、音を立てて何かが切れた。
大人しく聞いていれば、何でも分かったかのように喋り散らす相手に、
今まで溜まっていた不満や怒りが一気に爆発しそうになっていたからだ。
しかしそれを表に出してしまえば、逆に相手を刺激してしまう材料を生み出してしまうため、
何とか怒りを閉じ込め、冷静を装ったように話し始めた。
「あの時……、あなたは猊下の……、カテリーナの『大事な人』を撃とうとした。しかし逆に彼女に止められ、逆上
して銃口を向けた。このことに嘘偽りなど、何1つないはずです」
『あの時? ああ、あの変な怪物のことか? それもそうだろう。あの目狐は、そこらへんにいる蛆虫とは違うエリ
ートな俺より、あの薄汚い化け物の方が命より大事だと言ったのだからな。当然のことをしたまでだ』
まるであの時の様子を思い出すかのように震わせている空気が伝わってきそうになり、
は思わず顔をしかめてしまった。
それと一緒に、まとめてアルコールの匂いまで回ってきそうな勢いだ。
「よく聞きなさい、ヴィスコンティ大尉。……いえ、ガレアッツォ・ヴィスコンティ」
の声が、低く、冷たく響き渡る。
「私にとっても彼は、この世の中で最も必要な存在なの。そしてその彼が大事にしている人達は、私にとっても大事
な人達なの。それはもちろんカテリーナも含めてよ」
いつまでこの冷静さが保てるかは分からないが、とにかく相手の怒りを増幅させるのは危険行為だ。
慎重に言葉を選びながら、少しずつ相手を説得させる。
「確かにあの時、あんな光景を見た後だったから、気が動転してもおかしくなかった。今も信じたくない気持ちで
一杯でしょうけど、そのままじゃ、いつまで立っても前へ進むことなんて出来ない。だからちゃんと、お互いに話し
合って……」
『話し合って? 何を話せばいいって?』
今まで言葉を選びながら話してきたを阻止するかのように、
呂律が回っていない口調のガレアッツォが阻止する。
そして説得させようと努力するとは反対に、何かを宣言するような発言を繰り出し始める。
『そんなこと言ってももう遅い。……何せ俺は、カテリーナ様の居所を掴んでしまったからな』
その言葉の奥から、車輪の音らしきものとヒールの靴のような足音が聞こて来る。
何やら、その様子からして急いでいるようだ。
一旦、何の変哲もない音に聞こえるが、の耳はごまかされなかった。
この車輪の音は、先ほどまで自分が押していたものであり、
ヒールの音は、その真横から聞こえていたものと同じだったからだ。
そしてそれを決定づけるように、聞き覚えのある麗人の声が、通信機を通して流れ込んで来たのだった。
『乗りますわ! 乗せて下さい!』
「……カテリーナ! ウィル!」
名を呼ぶ声が、自然と大きくなって、廊下中に響き渡る。
そして、ガレアッツォがいる位置を把握して、その場から立ち上がろうとする。
『おおっと、ここに来ても、もう間に合わないよ』
移動しようとした矢先、通信機の先にいる人物がの動きを止める。
まるで、全てを把握しきっているような口調だ。
『案ずるな。彼女は無事に、天に送ってやる。その後、じっくり遊んであげるから、覚悟して待っているんだな』
「ガレアッツォ・ヴィスコンティ……、あなたって人は!!」
『ああ、爆弾のことだけど、そこにいる子供を嘗めてかからない方がいい。第一その子を含めた彼らは、
それを望んでやっているのだからな』
ガレアッツォの声は、ここで止まってしまった。
交信が切れる発信音と共に、物音1つ聞こえなくなってしまったからだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、ガレアッツォ! ……くそっ! 完璧にやられた!!」
思わず出てしまった言葉と共に、通信機を壁におもいっきり叩き落す。
どれだけの力を込めたのか、それとももとから安易に出来ていたからのか、簡単に周りのプラスチックが外れ、
通信機の中身が剥き出しになってしまった。
こうなるぐらいだったら、やはり2人の側から離れるべきではなかった。
は悔しさのあまり、唇を強くかみ締めていた。
もし彼らと共にいれば、ガレアッツォと会う前にらプログラム「ヴォルファイ」で移動し、
病院から一時的に脱出することが可能だったのに。
1人ですべての責任を背負うなと散々アベルに言っておきながら、
自分も同じような立場に立たされている状態の今では何も言えなくなってしまう。
(……こんなことでクヨクヨしている場合じゃない。私には、やらなくてはならないことがある)
カテリーナから下された命令。
それは、病院内に設置してあるダイナマイト型の爆弾を解体することだ。
放っておいてまでして上司を助けに行ったとしたら、それこそ相手に迷惑をかけてしまう。
とにかく今は、その危険物をすべて処分しなくてはならないのだ。
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