再び姿を現した時には、目の前にたくさんの担架によって、誰かが運ばれていくところだった。
 その中には、集中治療室で敵の吸血鬼に倒されたフェデリコ・アルバレス少佐の姿もあった。
 見た感じ、命の別状はないらしいが、赤く染まった体からして、かなりの重症なのは一目同然だった。




「……!」




 聞き慣れた声が耳に入り、は主を探すように周りを見回す。
 人が思った以上に多くて、なかなか目的の人物の姿を発見することが出来ず、
 は人々を掻き分けながら前へと進んでいった。
 そして視界の障害がなくなった先に佇む麗人を見つけると、の顔が一気に晴れ渡っていった。




「カテリーナ! あなた、大丈夫だったの!?」

「ええ。少し、膝が内出血を起こしてしまいましたけど、歩けないほどではないし、シスター・カーヤもタイミング
よく来ましてたしね。“教授”も縫合したところが開いてしまいましたが、命に別状はありません。爆弾の解体は無
事に終わりましたか?」

「いろいろあったけど、設置されているものはすべて解体したわ」



 大したことはないとは言えど、その症状からは精神的にも肉体的にも使い切ってしまったからであろうか、
 かなりの疲労の色が伺える。
 しかし特に大きなこともなく、安堵の表情を見せているカテリーナの姿を見て、
 は思わずその場にしゃがみ込んでしまいそうになるぐらい、一気に力が抜けた。




「よかった……。……本当に無事で……、よかった……」

……」




 ガレアッツォからの通信を聞いた時はどうなってしまうかと思っていたが、
 その後、どういう展開が彼女と“教授”に襲い掛かったかは分からないが、
 こうして彼女の元気な姿を確認出来ただけで満足だった。



 あとはこのまま、ゆっくりと休んで欲しい。
 そう願っていると、ちょうど目の前を通りかかったベッドにいる人物を見て、カテリーナがすぐに声をかけた。




「具合はどうです? 傷は痛みますか?」

「そうですな、まあ一言で表現するなら、まさに“天にも昇りそうな心地”といったところでしょうか……」

「そんな、冗談にならないジョーク言ってどうするのよ、ウィル」




 は少々呆れながら言うと、“教授”はかすかに笑いながらも、
 彼女の任務も無事に片付いたことを案じたかのように、だがどことなく申し訳なさそうに微笑んだ。




「すまない、君。折角傷口を塞いでもらったのに、また開いてしまったよ」

「そんなこと、気にすることないわよ。それより、あなたとまたこうして話せる方が嬉しいわ」

「そう言ってくれると、僕も嬉しいよ。……それより、猊下。もう夜も遅いです。僕のことはいいので、あなたはク
レア君と一緒にお帰り下さい。子供じゃあるまいし、付き添いは無用です」

「変わりませんね、あなたも。分かりました。では帰ります」




 思い出したかのように、携えていたステッキを“教授”の手に握らせると、大事そうに受け取った“教授”が、
 何やら看護師達を怖い顔にさせるような発言をしたようだが、
 の目線は、事件が起こったと思われるエレベーターに釘付けにされていた。
 カテリーナ付きのSP達が担架で運ばれていくのは目撃したが、
 ガレアッツォと“騎士団”の吸血鬼の姿を見かけていないからだった。




「カテリーナ、ヴィスコンティ大尉は?」

「彼はエレベーターで私達に襲い掛かっている途中、“薔薇十字騎士団(ローゼンクロイツ・オルデン)”の吸血鬼によって殺害されま
した」

「“騎士団”に!?」

「ええ。こんな結果は望んでいませんでしたけどね……」




 出来れば、ガレアッツォの心を救いたかった。
 そして、カテリーナとの間に入って和解させたかった。
 お互いにちゃんと理解し合えば、こんな醜い争い事をする必要もなかった。
 お互いにちゃんと話し合えば、こんな結果を生み出すこともなかった。
 は思わず唇をかみ締めそうになったが、そんな姿をカテリーナに見せるわけもいかず、
 必死になって感情を奥底に押し込んだ。




「カテリーナ様、シスター・ロレッタから連絡が入ってまーす」




 緊張感の欠片もない声が遠くからして、カテリーナとがその方向に視線を移す。
 軽やかなステップを踏んで戻って来ているカーヤ様子を見て、
 “騎士団”の吸血鬼は彼女が倒したのだということを認めざるを得ないことに顔をしかめそうになった。
 しかし、それもすべて飲み込んだ上で彼女をここまで来るように言ったのだから、
 今回は少し大目に見ることで納得することにした。




「すぐに、“剣の館”に戻って欲しいって。ヴィエナのシスター・ケイトから長距離通信が入っているんだって。
だから……」




「……分かりました。出来るだけ早く帰還します。シスター・カーヤ、シスター・ロレッタにはそのように伝えて」

「あい。……あ、でもいいの、カテリーナ様? “教授”に付き添ってなくても?」

「……構いません。私がここにいても、彼にしてあげられることは何もありません。だったらせめて、私は私の仕事
をしましょう。、あなたは先に“剣の館”に戻り、プログラム“セフィリア”の協力を得て、シスター・ケイ
トの通信を確保して下さい」

「承知いたしました、猊下」




 力強く、迷いなど1つもないように言う声は、まるで、何かを決心したかのように感じられる。
 カテリーナの真意が伝わったも、また同じ考えを持っていた。



 ここで手術が終わるまで待っていてもいいかもしれないが、終わって目を覚ました時、彼は間違いなく、
 なぜここにいるのかを強く問い、叱りつけるであろう。
 ならば今、自分が出来る精一杯なことをして、彼を安心させた方がいい。






(“騎士団”の
(トゥルム)は、絶対に仕留めてみせる。だから、何も心配しないで、ゆっくり休んで)






 カテリーナに一礼をして振り返った先にある担架に視線を向ける。
 そして心の底から、彼に笑顔を向けたのだった。

















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