<今現在、“クルースニク”、ならび、“ソードダンサー”両者の居場所は未だ判明しておりません。“ダンディラ
イオン”と“ガンスリンガー”も、そのまま待機状態になっております>
“剣の館”内にある執務室には、
プログラム“セフィリア”経由で転送されたシスター・ケイトの立体映像が映し出されている。
その表情は、行方不明の仲間達を心配してか、心配しているように見える。
「あなたの方でも、2人の居所は探しているのかしら、?」
「アベルはセフィーの一片が追っている。今、どこにいるのか分かる?」
『未だ、ヴィエナしないに向かって走っているのですが、行き先までは判明しておりません。それと……』
ケイトの映像を流しているプログラム「セフィリア」が急に戸惑い始める。
今までそんなことがなかったため、も思わず首をかしげ、
そして最悪な状況になっているのではと相手に問い質す。
「どうしたの、セフィー? ……まさか、アベルの身に何かあったの!?」
『いいえ、隣に座っていると思われる“薔薇十字騎士団”の幹部、イザーク・フェルナルド・フォン・ケン
プファーの方は、今のところ、何も変化はありません。私が言いたいのは、“ソードダンサー”のことについてです』
少し躊躇しながら言う「彼女」を、とカテリーナ、そしてケイトが不思議そうに見つめている。
プログラムに表情があることは、から聞かされていたことはある。
だが、これほど困惑な顔をしたのは、これが初めてだった。
「ヴァトー神父がどうかしたのですか、プログラム『セフィリア』?」
『本来、わが主からは、“クルースニク02”を追うことだけを命じられていました。しかしその途中、反ゲルマニ
クスを掲げるレジスタンス組織、“エーデルワイス”に囚われる“ソードダンサー”の姿を目撃しました』
「レジスタンスに!?」
の目が思わず大きく広がり、状況を把握しようとする。
確か彼は、ずっとレオンと一緒にいたはずだ。
そこからどうやって、ユーグはレオンの側から離れたのであろうか。
「私の記憶が正しければ、ユーグはレオンと一緒にいたはずよね?」
<さすが、さん。スクラクトさんから聞いたのですね?>
「現地に向かう前に、状況が何も把握出来ていない私なんて、みんなに子馬鹿にされるだけよ」
本当は別の理由があったのだが、ここで話してしまえば、この場にいる同僚と上司に心配をかけてしまう。
はそれを押さえるかのように、嘘のようで、少しだけ本当のことを彼女に告げた。
<確かに、レオンさんはユーグさんと共にいました。しかしレオンさんが言うには、別ルートで観客を非難させてい
るであろうアベルさんを捜して連れて来ると言って、その場を離れたそうです>
「その間に、そのレジスタンスとかいう組織に囚われた、ということになるわけですね」
<恐らく>
すべての筋がうまく通ると、は再び、ケイトを映し出しながら、
まだ少し戸惑っているプログラム『セフィリア』に視線を移動し、先ほどの続きを聞き出そうとする。
「で、それがどうかしたの、セフィー?」
『はい……。……囚われた“ソードダンサー”がレジスタンスの車に乗られていくのを目撃した私は、何とかしてあ
なた様にお伝えしようと思いました。しかしそのせいで、大事な睡眠時間を邪魔するわけにもいかず、起こすことが
出来なかったのです』
「つまり、無断でユーグも一緒に追跡した、ということ?」
『その通りです、わが主よ。本当に、勝手なことをしてしまって申し訳……』
「……何だ、そんなことだったのね」
小さいながらも、申し訳ないように頭を下げるプログラム「セフィリア」に対して、
の感想は呆気ないものだった。
頭を上げて見れば、まるで拍子抜けしたかのような顔をしている主に、
思わず硬い表情が取っ払われてしまうほどだった。
「そんなこと、スクルーなんて日常茶飯事よ。頼んでないこと、勝手に調べて、勝手に報告して来るんだから」
<そうですわ、セフィリアさん。さん、何度もそれで驚かされてますものね>
「『あの人』はそれが好きなのよ。ま、今は少し慣れたけどね」
『……本当に、怒っていらっしゃらないのですか?』
「どうして怒らなきゃいけないのよ? 逆に、手間が省けて助かったわ。ありがとう、セフィー」
安心させるかのように笑顔を向けるに、
プログラム「セフィリア」はホッと胸元を撫で下ろすかのような表情になり、落ち着きを取り戻そうとしていた。
その様子を見ていたカテリーナが、思わず心の中にあった言葉を口に出してしまう。
「プログラムにも……、ちゃんと心があるのね」
「何か言ったかしら、カテリーナ?」
「ああ、いいえ、何も」
本当は耳に入っていたのだが、ここはあえて答えることをしないで、わざと聞こえなかったふりをする。
しかしもし答えるのであれば、きっとこう答えるであろう。
プログラムにも意思がある。
だから人を信じたり、助けたりするのだ、と。
「……それで今、“ソードダンサー”はどこにいるのです、プログラム『セフィリア』?」
『ただ今、“ソードダンサー”を乗せたレジスタンスは、ヴィエナ市内に向かって走っています。……しかも、
“クルースニク02”が向かっている方向と同じなのです』
<ということは、レジスタンスはあの、“沈黙の声”がある場所へ向かって走っている、ということになる
わけですか?>
『恐らく。そしてそこが、彼らの本拠地だと思われます。到着地点の推測は、ただ今スクラクトが調査中です』
プログラム「スクラクト」がすでに動き出しているということは、
どうやらからの許可をもらいにくいと判断し、代わりに「彼」が引き受けたのかもしれない。
はそう思いながら、ゆっくりと目を閉じ、ヴィエナにいるであろう仲間達のことを考え始めた。
ユーグは捕えられたとしても、そこから逃げ出す方法はしっかり心得ているから、
タイミングを見つけて脱出することも可能だと思われる。
そのために“教授”が彼の両手首に、チタンにダイヤモンドの微粒子を蒸着したスチールカッター
――銅版でも楽々と切断出来るダイヤモンドブレードを取り付けたぐらいだ。
それさえあれば、どんな牢獄に入れられても、無事に脱出できることは可能だろう。
しかし、問題はアベルだ。
彼の隣には、あのバルセロナの悲劇を招いた魔術師、イザーク・フェルナルド・フォン・ケンプファーがいる。
そんな男と同行しているのであるから、何も攻撃を仕掛けて来ないとは限らない。
それにもしかしたら、あの低周波兵器の居場所を教えると伝えておきながら、全く違う場所に来て、
予想外な行動に出ることも考えられなくはない。
の脳裏に、いくつもの不審点が浮かんで来て、収集不可能になってしまいそうになった。
「……分かりました。シスター・ケイト、あなたは神父トレスと共に、上空で待機して下さい。それとガルシア神父
に、明日、ユーバー・ベルリンの国際空港まで来るように伝えて。……そこから、運んで欲しいものがあります」
カテリーナの最後の言葉に、は我に返るように目を開き、横にいる上司の横顔を見つめた。
その視線の先に何かが見えているようで、鋭く突き刺さっている。
「シスター・、あなたは翌朝、輸送物を持って、すぐにユーバー・ベルリンにいるガルシア神父と合流し、
ヴィエナへ向かって下さい」
「ちょっと待って、カテリーナ。輸送物って何なの? 何を持って行かせようと……」
「詳しいことは、後ほど説明します。ケイト、ガルシア神父に、そのことを伝えて下さい」
<了解しました、カテリーナ様。セフィリアさん、転送して下さって、ありがとうございました>
『いいえ、これぐらいのことはお気になさらずに。――プログラム[セフィリア]完全終了、クリア』
プログラム「セフィリア」の声と共に、目の前からケイトの立体映像が消えていく。
それを見届けると、はカテリーナの前まで行き、先ほどの発言の中にあった疑問点を彼女にぶつけた。
「さ、説明してもらうわよ、カテリーナ。何を運ばせようとしているの?」
「……“アイアンメイデンU”は、もういつでも動かすことが出来ますか?」
逆に質問され、は少し首をかしげたが、すぐに言いたいことを把握したかのように、
おもいっきり執務卓に手を叩きつけた。
「まさか、あなた、“アイアンメイデンU”を起動させろと言いたいの!?」
「私の質問に答えなさい、シスター・。もういつでも動かせれるのですね?」
一向に答えてくれないことに、もどかしいさを感じながら、は何とかして状況を把握しようとする。
しかし返って来る言葉に、再び塞がれてしまう。
「飛行に問題はないけど、まだ戦闘プログラムのテストが終わっていないわ。ここじゃ狭くて、そんな大きなことが
出来ないもの」
「しかし、プログラム作成時に確認したのではないのですか?」
「それと実践でやるのは違うのよ。確かに、ケイトが使い慣れているものを使用しているから、実践テストは必要
ないかもしれないけど、それでも30分ぐらいは……」
「30分あれば、テストが終わるのですね?」
思わず口に出してしまった言葉を、カテリーナが聞き逃すことなどなかった。
は言葉を発した口を手で覆い隠し、心の中で舌打ちをしてしまった。
「いいでしょう。それなら今夜中にミラノに飛びなさい。あそこに、“アイアンメイデン”で使用した敷地が残って
いるはずです。そこで、じっくりテストをしなさい」
「……どうしても使いたいの、カテリーナ?」
「あら、あなたにしては珍しく弱気ね。いつもなら自信たっぷりに言うのに、どうしたものかしら?」
「そんな、別に弱気なんかじゃ……」
「だったら、いつものように、胸を張って了解してくれてもいいのではなくて?」
「だから、そういう意味じゃなくて……」
まるでからかうかのようなカテリーナの顔が苦手なのを知ってか知らずか、
彼女は何かを企んだような笑みをに送る。
この表情を見せられると、なぜかは逆らうことが出来なくなってしまい、大人しく指示に従ってしまう。
「……分かったわ、カテリーナ。私の負けよ」
「よろしい。それでは早速、ミラノに飛びなさい。敷地の方は、こちらから許可を戴きますから」
「了解。……どうしてこの人は、私の盲点をうまくついて来るんだか……」
カテリーナに背を向け、いろいろとブツブツいいながら扉に向かうと、取っ手に手をかけて開けようとした。
が、後ろから聞こえてくる声に、すぐ阻止されてしまった。
「。……どうか、ご無事で」
いつもなら言わない発言だっただけに、は思わず動きを止めてしまった。
そしてカテリーナ自身も、どうしてこのような発言をしたのか分からず、思わず顔を伏せてしまいそうになった。
「……私が誰かに負けるような人間に見えて、カテリーナ?」
何かを吹っ切るかのように言う声が少し辛そうにも聞こえたが、それを気づかせないように振り返り、
執務卓に座る麗人に笑顔を見せる。
「私が誰かに負けて、泣くような人間に見える? 少なくとも今まで、そう思ったことはないはずよ」
「……そうね。あなたなら、大丈夫ですね」
「ええ。だから、そんな心配そうな顔をしないで。あなたらしくないわよ」
「……分かりました、」
「それでは、行って来るわね、カテリーナ。あの消息不明な愚か者神父とシスターが見つかったら、すぐに伝えるわ」
「よろしくお願いします」
不安を取り除いたように笑顔を見せたカテリーナに、は笑顔で返し、扉の奥へと消えていく。
1人残ったカテリーナが執務卓から立ち上がり、窓際まで行くと、空に輝く月を見ながら、
1つ、ため息をつきながら呟いた。
「私はいつでも、アベルと同じぐらい、あなたのことが心配よ、」
その言葉がに届いたか届かないかは、当人同士しか知らないことであった。
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