トレスが運転する自動車が、サンタ・マリア・クローチェ教会の前で停車する。
 プログラム「スクラクト」によると、どうやら探し人がここにいるらしい。




「あいつ、本気で全部見るつもりでいるのか?」

「今のアベルなら、なりかねないわね」

「まぁとりあえず、先に止めてみるしかねぇ。それからだ」

「了解」




 自動車を出て、修道院のベルを鳴らす。
 男子禁制の場所だが、女性聖職員であるがいることと、
 先ほどずかずかと入っていった神父を連れ返すことで条件を打った。



 奥から男の声と、修道院院長らしき初老の女性の声がする。
 3人は階段を登り、2つの声
が聞こえるところまで進んでいく。




「時間がない。時間がないんだ。まだ調べていない鐘がこんなにある。……早く調べないと、ここもあの街みたいに
ある! そこを通して!」

「きゃあ!」




 荒々しく突き飛ばされ、床が倒れた院長の姿を見つけ、が急いで登ろうとした。
 が、レオンが彼女の肩に手を置き、それを阻止した。




「レオン!」

「ここは、俺とトレスで何とかする。行くぞ」

「了解」




 をその場に残して、2人はアベルを追って上へ登る。
 相手は目の前のことしか見えていないらしく、どんどん先に進んでいった。



 レオンとトレスが追いつくと、レオンがアベルの襟元を後ろからつかみ、そのまま後ろに引っ張った。
 アベルは1回転し、そのまま床に叩きつけられ、その間には、先ほど突き飛ばされた院長のもとへ行った。




「修道院長様、大丈夫ですか!?」

「え、ええ。私は大丈夫です」

「すぐに彼を追い出します。本当、ごめんなさい」




 が精一杯に彼女へ謝罪すると、彼女の手を取り、立ち上がらせた。
 一方、アベルを突き落としたレオンは、トレスとともに彼を見下ろしていた。
 
そこに、も合流する。




「ここで何をしている、ナイトロード神父?」

「おいおい、しばらく見ねぇ間に随分とやさくれちまったなぁ、アベル」

「お願いだから、もうこれ以上、他人に迷惑を賭けないで欲しいものね」




 何も感情も籠らない氷のような声と、嗄れたダミ声よ、透明感のある声とが、無慈悲に響いた。

















「おほ、来た来た♪」




 レストランの一番奥ばった席に、百科事典なみの巨大なステーキとボウルに山盛りのサラダ、
 普通のサイズのカルボナーラが運び込まれて来ると、レオンはサラダボウルを隣に譲り、
 勢いよくステーキを食べ始めた。




「レオン、あなた、サラダ食べないっていうんじゃないわよね?」

「俺ぁ、昔から神父と生野菜は死ぬほど嫌いでね。食ってもいいぜ」

「体のバランスのため、食物繊維を取ることを要求する、ガルシア神父」

「トレスの言う通りよ。糖尿病になってもいいの?」

「肉食ったら、その分エネルギーで燃やしゃあいいんだよ。ちょろいもんだぜ」




 ナイフで切り分けたステーキをほおばりながら、レオンがそう言い捨てる。
 それを見た時、の目が光った。




「トレス、レオンの額と顎をつかんで、おもいっきり口開けさせて」

「了解した」

「はっ? お前、一体何す……、うがっ!」




 トレスがガッシリ額と顎をおさえられ、なおかつそのまま掴まれ、レオンは1人あたふたする。
 それを見ながら、はフォークでキュウリとレタス数枚をぶっ刺し、無理矢理レオンの口の中へ突っ込んだ。




「は〜い、レオンく〜ん。大人しくお野菜食べましょうねぇ〜」

「はひふんはよ、ふれあ、ほい(何すんだよ、、オイ)!」




 口に野菜が入ったのを確認すると、トレスは手を離し、は満足して、自分で注文したカルボナーラを食べ始めた。
 レオンは口に入ったものを出すわけにもいかず、気合で口の中を空にした。




「……は〜、苦しかったぜ〜。、今度何かあったら……」

「私、負けないわよ」

「うっ……」




 の不適な笑みを見た瞬間、レオンは反抗出来なくなり、大人しく、
 しかし相変わらず豪快にステーキをほおばり出した。
 これで一応、お相子になった。



 こんなことが繰り広げられているのにも関わらず、アベルはずっと沈黙を続けていた。
 俯き加減の彼の目はテーブルに向けられていたが、何も見えてないようだ。
 周りも彼を半分笑わせようとやったことだっただけに、見かねたレオンは興ざめたように肩をすくめた。




「おいおい、何不幸の国から不幸を広めに来たようなツラしやがる……。遠慮するこたねえ、お前の奢りだ。
とっとと食え」

「今夜は厳重体制で行くんだから、力を蓄えなきゃ」

「ガルシア神父とシスター・の言う通りだ。法王宮への出頭時間まで、1800秒を切っている。補給は可及速や
かに済ませろ、ナイトロード神父」

は大丈夫なのか? 準備しなきゃいけないんだろ?」

「少し遅れても平気よ。メディチ猊下がいらっしゃるんなら、急いで行く必要ないもの」




 都市警と特警がいるのであれば、急いで彼の護衛に行く必要もない。
 その上、今回は護衛とは言えど、アルフォンソから普通に招待されているのだから、客とあまり変わりない。
 多少遅れても、さして何か言われる心配もないだろう。




「法王宮には24時間態勢で任務につく。栄養補給は、可能な限り行っておくことを推奨する」

「……きません」

「何?」

「私は行きません。私にはやらなきゃいけないことがたくさんある。……まだ調べてない鐘が、ほら、こんなにある
んです。全部調べるまで、行けません!」

「馬鹿か、てめえ。ローマに、一体いくつ教会があると思ってんだ? 金持ちの個人礼拝堂まで勘定したら、300
や400じゃきかねえぞ」

「市内の金に関しては都市警と特警の合同調査がすでに実施されている。結果は全て陰性(ネガティブ)だった」

「それに、もし何かあったら、私のプログラム達がすぐに教えてくれるし、メディチ猊下だって、そのために都市警
と特警を用意しているのだから」




 3人がそれぞれに言っても、アベルにとっては関係のないことらしい。
 聞いているようで聞いていないといった感じだ。




「以上を踏まえれば、ナイトロード神父、卿の調査は違法であるうえに、無駄だ。――なお補足しておく。法王宮の
出頭はミラノ公の要請ではない。命令だ。卿に拒否権はない」

「だったら、やめますよ」

「やめる? 意味不明だ。街道の再入力を」

「やめますよ、Axも派遣執行官も……。それなら、いいでしょ?」

「……何ですって?」

「……それ以上の抗命発言は敵前逃亡とみなすぞ、ナイトロード神父」

「やめなさい、トレス」




 服のホルダーに手を伸ばしたトレスを、横に座っていたが止めに入った。しかも、かなり冷静に。




「こんなことで、そんな大きなの撃ち込んだら、周りの警官、全員を敵に回すことになるわよ」




 1/3のカルボナーラを残し、布巾で口元を拭くと、彼女はアベルに静かに言い出した。




「アベル。あなたがAxをやめるのであるなら、私もAxを、やめなくてはならない」

「……え?」




 の言葉に、アベルはもちろんのこと、レオンもトレスも驚いたような顔をする。




「おい、どうしてへっぽこがやめるのに、お前がやめないきゃいけないんだ!?」

「ガルシア神父の言う通りだ、シスター・。卿がナイトロード神父と一緒に止める確率は、0.01パーセント。
よって、卿はAxをやめる必要はない」

「でも、私は彼の“フローリスト”。アベルが残るのであれば残るし、やめるのであればやめる。それが、私と彼と
の関係よ」




 “クルースニク”と“フローリスト”。
 はたから見れば、単なる恋人同士のようにしか見えないかもしれないが、それとはまた違う、
 強い「繋がり」がある。
 そのことが分からないレオンとトレスには、きっと理解するのが難しいことだろう。




「……でも、今の私は、やめるわけにはいかない。レオンやトレス、ケイト、それにスフォルツァ猊下を見捨てるこ
とは出来ない。それにアベルだって、絶対にここでやめたら悔いが残る」




 真剣な目つきで、アベルに言い放つ。まるでアベルが、なぜやめるのか、分かっているかのように。




「とりあえず、私は先に自動車に戻って、今夜の予定の再確認をしてるわ。出来るだけ、早く戻って来て」

「お、おう。……

「何?」

「おもいっきりやっていいか?」

「……ほどほどにね」




 レオンが何を言いたいのか分かったらしく、は1つ溜息をついて彼に許可を出すと、
 トレスから自動車の鍵を受け取り、その場に立ち上がって、店を出て行った。
 その姿は、どことなく辛そうに見えたのは、気のせいだったであろうか。




 しかし自動車の後部座席に乗り込もうとした時、それは一気に殺気へと変わっていった。




「……高見の見物ってやつ? ムカつくわ」






 店内に、何かが転倒する音が響き渡ったのは、それから数分後のことだった。


















が辞めるという発言は、彼女としては当然の発言です。
それが当たり前だと思っているので。
これも、「繋がり」の関係なのですが、これも詳しくは過去編にて。

そして遠くで高見の見物をしている人達については次のお話で。





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