「ん? あの人、誰?」




 はす向かいにカフェに座っている男の1人が、レストランから出てきた女性を指差して言う。
 それを、向かいにいるケンプファーが答えた。




「ああ、彼女が例の人だよ、“人形使い(マリオネッテン・シュピーラー)”。綺麗な人だろう?」

「本当だね。でも、イザークが忘れるだなんて珍しいね。ついにボケが始まったんじゃないの?」

「私はまだ、そんなに年ではない。だがなぜか、彼女の名前だけは思い出せないのだよ」




 ヴェネツィアの時、彼は確かに伝言を預かった。
 ちゃんと覚えていたにも関わらず、当の本人の前に出ると、なぜか思い出せなかった。
 それどころか、目の前にいる若者にすらいうことが出来ない。




「何か、気になるね。『あの方』のこと、知っているんでしょ?」

「そうみたいだが、『あの方』は特に気になる人はいないとおっしゃっていた。あまり真剣に考えることではない」

「だといいけど……」




 心配しているかのように聞こえる発言だが、本人は真剣に心配などしていない。
 自分も彼女に絶対に会わないわけではないのだから、その時にでも聞けばいいだけのこと。
 そのため、彼自身はあまり気にしていなかった。
 逆に、彼は向かいのレストランで起こったことの方が気になるようだ。




「それより……、彼はかわいいね。君がいじめたくなるのも分かるよ、イザーク。顔は煮ていても、性格は『あの
方』と大違い……。だからムカつくんだろ?」

「“人生の半分はしごとであるが、残りの半分も仕事である”――ケストナー。私は仕事をしているだけだよ、
“人形使い”。私は私情で仕事はやらない。――仕事に私情を挟むことはあるかもしれないがね」

「というか、私情抜きのところはまだ見たことがないんだけど?」




 しばらくして、向かいのレストランから、背の高い銀髪の神父が出て来て、
 力ない目でしばらくその場に突っ立っていた。
 背中を丸めて人込みの中を歩き始めたが、早足の通行人に足を引っ掛けられたり、
 罵声をあびせかけられながら、何とか前へと進んでいっていた。
 それを見た若者が、ケンプファーに呆れたように言う。




「あ〜あ、あんなに落ち込んじゃって……。イザーク、君、ちょっと苛め過ぎじゃないかい? あれじゃあ覚醒(めざ)
めるどころか、手首でも切りかねないよ」

「この仕事は私の仕事だ。オブサーバーの君にとやかく言われる筋合はない。……それに、彼を舐めることはお奨め
出来ないね。ああ見えても、彼は“神”だ。有史以来、我々人類が始めて接触する“神”の1人だ。……油断すれば、
滅ぼされるのは我々の方だよ」

「あれが、“神”ね……。貧乏神かい? 僕にはただの人間か、それ以下に見えるんだけど?」

「人間には700万もの命は奪えない。世界を敵に回し、同肪を敵に回し、そして己すら敵に回すことは出来ない。
そう、彼は……、彼は殺戮の神だ」




 細葉巻(シガリオ)を灰皿に押し付けたケンプファーの手がかすかに震えていることに、“人形使い”は気づいた。
 そしてそれが、今後起こることを、歓喜と狂気をはらんでいることにも気づいていた。






 しかしこの時、“殺戮の神”よりも強い“天使”の存在に、
 2人はまだ気づいていなかった。

















……名前変換がなくてすみません(汗)。
でも、名前が出なくても、誰の話なのか分かるので、それで見逃して下さい。

この2人のやり取り、実は好きだったりします。
何かを探り合っている感じが、読んでて楽しいですね。
書きませんでしたが、「RADIO HEAD」もすごく楽しかったし。
また機会があったら書いてみたいものです。
機会があれば(汗)。





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