結局、予定通りに目は覚めたもの、後遺症の頭痛は治まることがなく、ベッドの上から起き上がれないでいた。
思った以上に長引きそうな気がして、知らない間に不安な表情へと変わっていく。
『まだ辛いですか、わが主よ?』
「何か、頭が変に重いの。フェリー、悪いんだけど鎮痛剤打ってくれる? この分だと、きっとミルクティ何十杯
飲んでも治まりそうもないから」
『了解しました。No.035、脳内鎮静剤を投与します』
腕時計式リストバンドの文字盤の裏から、1本の針が出され、手首に差し込まれる。
そこから液状のものが流れ、の体内へ流れていく。
徐々にだが、の表情に見えていた青白さがなくなり、赤みが戻っていくのが分かる。
『完全に戻るまでは時間がかかりますが、薬が効いてくれば大丈夫なはずです』
「あまり無理な行動はしないようにするわ。ありがとう、フェリー」
寝転がっていた体を起こすと、その場で1つ大きく伸びをする。
目の前のカーテンまで行き、おもいっきり左右に開けると、窓から一斉に太陽の光が部屋の中に入っていった。
「んー! 今日もいい天気ねー!!」
再び大きく伸びをして、外に輝く木々を眺める。鎮痛剤が効いてきたのか、
先ほどより身が軽くなったのを感じて胸を撫で下ろした。
『そう言えば、“クルースニク02”が謝っておいて欲しいと、プログラム[ザイン]経由で通信がありました。心配
しているようでしたが……』
「私もどうしてあんな態度を取ってしまったのかと思うと、彼に謝りたい気持ちで一杯よ。あとで会ったら、ちゃんと
言わなきゃいけないわね。全く、馬鹿なのは私の方だわ」
『自分を責めるのはよくありません、わが主よ。……おや』
「ん? どうしたの?」
『ただ今、プログラム[スクラクト]から連絡が入りました。“ダンディライオン”がミラノ空港に到着し、こちら
に向かっているようです』
「レオンが? ……ああ、今日、ファナちゃんの誕生日だったわね。確か、カテリーナがアレクを通して、外出許可
をもらっていたんだったわ」
先日アベルを通して、レオンの外出許可を出したことを思い出しながら、
はクローゼットの中にある服を取り出した。
薄紫のハイネックのロングコートに、同じ色のパンツ、黒の皮靴を身に付け、相棒である2挺の銃を懐に収める。
ロングコートの裾には、濃紫の糸で花の刺繍が施されている。
ここに来たばかりの時、彼女は毎日軍服で過ごしていた。
しかしそれでは硬すぎると、カテリーナの父であるジョヴァンニ・スフォルツァが彼女に提供した護衛服が
これらである。
あれからもう10年以上立っているもの、服は染み1つなく、清潔感に溢れているのは一目瞭然である。
鏡の前に立ち、近くにある櫛で髪をとかし始める。
随分と長くなった髪を見て、ふと何かを思ったかのように手を止める。
そして鏡の先に、彼女にしか見えない光景が広がっていく。
光が差し込む部屋に、赤い光が混じる。
中央に立つ人間が何かを拾い上げ、満弁の笑みを浮かべている。
その持ち上げたものは……。
「様、お目覚めでしょうか?」
扉越しからノックされた音で、はすぐに我に返る。
何かを吹っ切らせようとするように頭を左右に振り、櫛を置いて、扉の方へ向かい、ノブを掴んで奥に押した。
「どうしましたか、フィーネさん? 朝食の時間はまだですよね?」
「はい。実は猊下から、これを様に渡すようにと言われまして」
メイド達の長であるフィーネ・シュトレインが持っているのは、1つの小さな箱だった。
箱に書かれている言葉を見た瞬間、は驚いた顔を見せたが、
相手に知られては困ると思い、必死になって堪えた。
「――具合でも悪いのですか?」
「いいえ、別に……。……ありがとうございます、フィーネさん」
「朝食は、いつも通りの時間で大丈夫でしょうか? もしご無理でしたら、時間をずらしますが」
「その必要はありません。カテリーナに、私は大丈夫だから心配しないよう伝えて下さい」
「畏まりました。失礼いたします」
メイド長が頭を下げて、スタスタとその場を離れると、は堪えていたため息を大きくして、
ゆっくりと扉を閉めた。
確かに前日、メンテナンスにつき合わなくてはいけないことはカテリーナに伝えてあった。
しかし、それによる後遺症のことまでは言っていなかったはずだ。
どうやって事情を飲み込んだのかは定かではないが、たぶんプログラム「スクラクト」の後遺症の話を以前聞いて、
きっと今回も同じ目にあっているだろうと思ったに違いない。
「……全く、変な時に心配性になるんだから、カテリーナは」
ポツリと呟き、手渡された頭痛薬を鏡の前に置くと、再び櫛で髪をとかし、
いつも通り、黒のリボンで上に縛ったのだった。
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