カサブランカの花束を置き、十字に切って祈りを捧げる。そんな日々を、は毎日続けていた。



 一昨日、低派数兵器“沈黙の声(サイレント・ノイズ)”によって、彼女は大切な人を失った。今でも遺体の回収が進められているが、彼女が最後に発見した“切り札”が見つかっていない。早く見つけて、ローマの襲撃を食い止めなくては……。




お姉様、発見〜!」




 祈りを捧げ終えた時、後ろから聞き覚えのある声がして、後ろに振り返る。そこには1人の白い尼僧服を来た少女が、満弁の笑みでこっちにやって来た。




「……カーヤ! どうして、ここに!?」

「カテリーナ様に言われて来たの! お姉様、また休みなしで働いているから、代わって来なさいって」




 “ジプシークイーン”カーヤ・ショーカは嬉しそうに言うが、はちっとも嬉しくなかった。こんな時だからこそ、動かなくてはいけないのに。こんな時だからこそ、休んでなんていちゃいけないのに。の中で、いくつものことが頭を横切った。




「あ、でもね、カテリーナ様が、アルフォンソ大司教様のローマ帰還の準備もしなきゃいけないから、戻って来てって言ってたよ」

「アルフォンソ大司教様の? ……なるほど、そういうことね」




 まだ少し引っかかることはあるが、今は少しでもローマにいる者を助けなくてはならない。ただでさえ、トレスとユーグがブリュッセルに行ってしまっていて、ローマにいるのは、帰還したであろうアベルとレオンだけだ。これでは人手が足らなくて、またここと同じようになってしまう。




「……分かった。ローマに戻るように、ケイトを経由して伝えておくわ」

「は〜い。でも、カーヤ、淋しいな。せっかくお姉様に会えたのに」

「私もよ、カーヤ。でも、きっとまた会えるわ」

「うん! 私、それまでに、たーくさん吸血鬼を殺して、お姉様に神様へお願いしてもらえるように頑張る!」




 “フローリスト”という名を持つは、カーヤにとって、自分のことを神に伝えてもらう「手段」だと思っているらしく、彼女に対してはカテリーナ並みの待遇をする。もちろん、にはそんな力はないし、神と仲がいいわけでもない。もし仮にそうだとしたら、こんなことになる前に止めていた。




(私には、誰かの死を止めるような力なんてない)




 心の中で呟くと、再び花束に目を落とす。



 カサブランカ。彼女によく似た花だ。次第に彼女の顔が浮かんでいき、ゆっくりと消えていく。




(私はまた、約束を果たせなかった……)






 瞳の中にある涙が、一瞬光ったように見えた。

















「ユーグが剥奪された?」

<ええ。なので今、トレスさんもローマに戻っている最中なんです>




 イヤーカフスから聞こえる声に、は窓から覗かせる風景を見ながら、疑問の声を投げかけた。



 サンツ駅が崩壊され、ローマ直行便がなくなってしまったため、はバロセロナ市外にある国際空港からローマへ戻ることにした。タイミングよくキャンセルが出たため、予定よりも早く着きそうだ。




「いくら人が足らないからって、剥奪まですることあるの?」

<私もそう思いましたが、今回の事件はカテリーナ様が別途で手を打つ予定になっているので、何らかの考えがあってだと思います>

「だと、いいんだけど……」




 ユーグが“四伯爵(カウント・フォー)”を追いかけ始め、3ヶ月が立とうとしている。彼はすでに、アムステルダム伯カレル・ファン・デルヴェルフと、アントワープ伯ハンス・メルリンクを殺している。次の標的がブリュッセル伯ティエリー・ダルザスだとしたら、彼は必ずここに現れるだろう。そう推測して、ミラノ滞在中にトレスにブリュッセル行きを決断させたのは、今ケイトと話している本人だ。




「まさかこんなことになってるとは思ってもなかったけど、スフォルツァ猊下のことだから、何か考えていることを願って……。……ローマの方は、枢機卿会議をやっている最中だってカーヤから聞いたけど、どうなの?」

<今のところ、まだ結果が出ていません。たぶん、さんがこちらに戻った時には出るとは思うのですが……。報告書のこともあるので、アルフォンソ大司教がお見えになる当日は、都市警と特務警察から警戒が入るそうです>

「メディチ猊下がやりそうなことね。全く、あの方も、昔から変わってないのだから」




 教理聖省長官であるフランチェスコ・ディ・メディチ枢機卿とは、昔、前聖下に仕えてた時からの顔見知りだった。当時から傲慢の正確だったが、それが今でも継続中なところがたまに傷だ。いい人なのには、代わりはないのだが……。




<ああ、さん。アルフォンソ大司教からケルンより報告があって、教皇庁に送られた新しい鐘の終?式に、さんも参加して欲しいとの報告がありました>

「大司教が? 私を?」

<ええ。あと、もし良かったら、護衛の時の制服でという申し出がありましたが、どうなさいます?>

「制服ならまだあるからいいけど、あれ、着るのが面倒なのよね。ネクタイ締めなきゃいけないし、無駄にボタンとかが多いし」

<私も、先ほど写真を拝見させていただきましたが、あれはかなり厄介な構造になってますわね>

「本当よ、全く。すぐにでもデザイナーを恨みたくなったわよ」




 が少し呆れたように言うと、イヤーカフスからかすかにケイトの笑い声が聞こえた。それだけ着るのが大変でも、動きやすかったという利点があるため、ものすごく嫌いというわけではないのだが。




「とりあえず、参加させてもらうようにスフォルツァ猊下に伝えて。アルフォンソ大司教には、私も昔、常日頃お世話になっていた方だし」




 前聖下であるグレゴリオ30世に仕えていた時、何度かアルフォンソ大司教に対面したことがあり、いろんなことを教わった時があった。もう、かなり前の話にはなるが、あの頃は気立てのいい、優しい方だった。……彼の考え方までは、慕っていなかったのだが。




(……昔のことを考えても仕方ない、か)




 は心の中でそう思い、ケイトにローマに到着する時間を告げると、イヤーカフスを弾いて止めた。



 目の前の紅茶を一口飲み、いろいろなことを頭に巡らせた。ヴェネツィアの可動堰事件、バルセロナ全市壊滅事件、そして今回のローマへの襲撃予告。“騎士団”の考えていることは、テロ行為だと言われているが、実際はどうなのかと考えてみる。いや、考えざるを得ない状態に陥っている。



 単なるテロなら、ここまで考えることはない。手段はいくつだってある。相手の逆転を狙えば、それで何とかなるものだ。



 しかし、あのケンプファーという男に会って、事態が一変した。これは、ただ単に相手を仕留めるだけにはいかなさそうだ。第一、相手には「あの男」がいる。




(今、「彼」の前に出ることは出来ない。出てしまえば、「彼」はすぐに……)

「お客様、紅茶のお替りはいかがですか?」




 心の中で、何か言おうとした時、客室業務員が彼女に声をかけたため、言葉が途中で途切れてしまった。




「あ、はい。頂きます」




 相手は紅茶を淹れると、一礼して、その場を離れて行く。



淹れた紅茶に、珍しくミルクを垂らし、ほんの少しの甘味を加えて、口に運ぶ。今は少しでもリラックスして、すぐにでも動ける状態にしなくてはいけない。ローマに戻ったら、またいろいろゴタゴタしたことが続く。今のうちに休んでおかなくては、体力が持たない。




ミルクティーを飲み終え、そのままゆっくり目を閉じる。
 ローマに到着するまで、彼女は眠りの世界へ留まることにしたのだった。

















カーヤが登場した理由は、「OVERCOUNT」にて、
ケイトが「ジプシークイーン」の名前が出てきたのが大きな理由です。
ならば、早くから出してしまった方がいいと思ったんです。

ちなみにクレアは、ミルクティはあまり飲みません。
本当にリラックスしたい時に飲むことはありますがね。
何故かミルクティを飲むシーンばかりがクローズアップしているので、最初に言っておきます(笑)。





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