結局その夜の夕食時になっても、は部屋に篭ったまま出て来なかった。
いつもだったら、どんなことがあっても姿を現す彼女だっただけに、その場にいた者全員が心配を隠せないでいた。
特にアベルに関して言えば、自分の発言が彼女の心に深い溝を追ってしまったのではと思うと、
いても立ってもいられなくなっていたのだった。
何と言って謝罪すればいいのか分からなかったが、それでも何もしないでじっとしているよりもいい。
アベルは夕食後、彼女へ謝ろうと決意し、部屋に向かって歩き出した。
部屋の近くまで行くと、1人のメイドが扉の前にいるのを発見した。
少し困ったような顔で佇んでいる彼女の横にはワゴンらしきものがあって、
そこには卵とハムとレタスのベーグルサンドとグリーンサラダ、コンソメスープ、
紅茶が入ったポットとティーセットが置かれていた。
「どうなさいましたか、フィーネさん?」
「ああ、アベル様。様にお夜食をお持ちしたのですが、ノックしても反応がなくて……」
やはり、体調が優れないのであろうか。メイド長の言葉にアベルの心に不安が襲い掛かったが、
相手にそれを察しされるわけにはいかない。
彼は必死に平然を装い、彼女に笑顔を向けた。
「きっと、疲れて眠ってしまったのかもしれませんね。――もしよろしければ、私が彼女に渡しましょうか?」
「えっ、よろしいのですか?」
「はい。――あ、でもカテリーナさんには内緒にしておいて下さいね。知らせたら、後先いろいろ大変ですから」
「……はい。畏まりました、アベル様」
カテリーナがアベルに向けられた顔が想像出来たのか、フィーネはかすかに笑うと、
彼の前で一礼し、その場から離れて行った。
その姿を見送った後、アベルは大きく安堵のため息をつくと、
目の前のある扉と横にあるワゴンを交互に見つめながら作戦を練り始めた。
「さて、どうやって中に入りましょうかね……」
フィーネ同様ノックしたとしても、同じ反応が返ってくるだけだ。
プログラム「ヴォルファイ」が誰にでも使用可能なプログラムなのであれば、
呼び出して中に入ることは出来るかもしれないが、そういうわけにもいかない。
「……仕方ない、あの方法を使いましょうか」
観念したかのようにアベルが大きくため息をつくと、扉の前から離れ、1階へ続く階段まで走り出した。
下を覗けば、まだフィーネが下に下りる途中で、後ろ姿がはっきりと見えていた。
「フィーネさん! あの、1つお願いがあるんですけど……」
アベルが上から声をかけて言った言葉に、フィーネは少し驚いた顔をしたが、
すぐに何かを理解したかのように微笑み、1つ頷いたのだった。
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